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指輪

メリルの部屋は、家出した当時のまま残されていた。いつでも帰ってきて良いようにと待ってくれていた両親の想いを感じた。


就寝前、ベッドに腰かけたメリルは、今日1日の嵐のような出来事を反芻した。

そしてそっと視線を左手の薬指に落とした。

夕食時に父親に指摘された指輪だ。


「何だ、そのみすぼらしい指輪は。もう外しなさい。ロイはもう他の女と結婚したんだ。いつまでも着けていても仕方ないだろう」


ロイが贈った指輪だと思い込んでの発言だった。

ロイに確かめるのを忘れたが、多分これはロイからの贈り物ではないとメリルは感じた。

あれほど「安っぽい指輪では駄目だ」と言って、買ってくれなかったのだから。

買うならこんな指輪がいいねと宝石屋のショーケースで眺めた指輪は、現在ロイが着けているようなピカピカの指輪だった。

今メリルが嵌めている指輪は、ロイの好みでもメリルの好みでもない。

みすぼらしい、銅製の指輪。


父の言葉に無言で従い、メリルはその指輪を外そうと指をかけた。

しかし指輪は外せなかった。きつくて肉に食い込んでいるという訳ではない。余裕はある。なのに、なぜかどうやっても指輪は外れなかった。


「外れないわ」と手助けを求め、父親が力ずくで外そうとしたが駄目で、母親が石鹸で滑らすと取れると言い、その通りにしてみたが駄目だった。


「駄目ね、外れない。まあいいわ、この指輪ロイからの物じゃないから」


メリルはそう言い、今度ロイドと話すときに確認してみようと思った。

予想通り、指輪はロイドからの贈り物ではなかった。翌日実家へロイドから電話があり、そのときに訊いてみたのだ。

見覚えのない指輪を嵌めているが、貴方からの贈り物じゃないわよね?と。


受話器の向こう側でロイドが眉をひそめる気配が伝わってきた。


「俺が贈った物じゃないよ。どんな指輪?」


どんなと訊かれて、メリルは言い淀んだ。

ロイドが妻へ贈った物に比べると、ひどく見劣りがする指輪だ。


「アンティークな透かし彫りデザインの銅の指輪よ。黒曜石かしら、小さな黒い石が埋め込み式で嵌まってる」


「見たことないな。……俺の記憶してる限り、メリルがそんな指輪を持っているのを見たこともない。ということは、失踪して以降に手に入れた物じゃないか? 失踪中の記憶を取り戻すヒントになるかもしれないね」


元婚約者の冷静な助言にメリルは頷いた。

メリルの具合を気遣うロイドに、今日病院へ行ってきたことを報告した。

身体に異常はなく、健康体だったことと、記憶障害については「心因性のものでしょう」と診断されたことを。

記憶喪失が一過性のものか、永遠に思い出せないかは、医者も分からないそうだ。


「あまり思い詰めず気楽にね、と言われたわ」

「そうか、まあ、それしかないね。体に異常がなくて本当に良かったよ。あ、ごめん、そろそろ仕事に出なくちゃ」

「うん、ありがとう。忙しいときに」


士官学校を出たロイドは晴れて士官となり、軍隊へ所属している。

グレーアッシュの髪は軍人カットで短く刈られていて、鍛え上げた身体つきをしている。

昨日の朝、ロイドの隣で目覚めたメリルが最初に感じた違和感は、今思えばそこにもあった。

髪型は士官学校の頃から変わらないが、5年前より体ががっちりしているのだ。軍人として仕上がった、という感じだ。


電話を切り、どうしても想いを馳せてしまう元婚約者の顔を打ち消した。

もうどうにも取り返せないのだ。5年という月日は。ロイドへの未練は絶ち切らなくてはいけない。もう他の女性と結婚しているのだから。子供も生まれたのだから。


ロイドのことを忘れてしまいたい、とメリルは願った。失踪中の記憶は全て失くしたというのに、ロイドとのことは何から何まで思い出せた。

初めて会った日のこと、初めてキスをした日のこと、初めての喧嘩、初めての仲直り、そして初めて2人で迎えた朝のこと。

そう、メリルにとってロイドは恋愛の全てだった。初恋で、初めての恋人だった。そのまま結婚して、生涯ロイドだけを愛するのだと心に決めていたのだ。


宝物のように思っていたロイドとの日々の記憶が、今はメリルをひどく苦しめる。

この記憶も失くしてしまえば良かったのに。


「それが君の願い?」


幼い声がして、メリルは顔を上げた。ベッドに腰かけているメリルのすぐ目の前に、少年が立っていた。少年……少女?

少年にしては可憐な、少女にしてボーイッシュな雰囲気の子供が、片手を腰に当てて妙にふんぞり返っている。

民族衣装のような服装と、何より体が半透明に透けているということに目を奪われて、メリルは絶句した。


(な、何なのこの子……幻覚?)


「あー、当然驚くよね。初めましてじゃないけど忘れちゃってるよね、俺のこと。じゃあ改めて自己紹介するね。俺はワガナオ、その指輪に封印されてる悪魔だよ。指輪の持ち主の願いを何でも……何でもは無理だけど、大抵のことは叶えてあげる。ただし『時間』と引き換えにね。で、もう一度聞くけど、さっきの願い叶えてほしい?」


「さっきの願いって……ロイドのことを忘れてしまいたいってやつ?」


メリルは恐る恐る尋ねた。何しろ相手は悪魔と名乗ったのだ。


「そそ。指輪の石を触りながら目を閉じて、強く願うと俺が現れるシステムだから。本当に叶えてほしい願いかどうかは、ちゃんと確認するから安心してね。さっきの願い事だと対価は1ヶ月ってとこかな。どうする? やる、やらない?」


さばけた口調で悪魔が提示してきた選択肢にメリルは混乱した。


「待って。もう少しゆっくり、説明して」



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