家族
メリルの実家の前では、両親が待ち構えていた。出発前にロイドが電話で一報を入れておいたのだ。
メリルが戻ってきた、今からそちらへ連れて行くと。
メリルを乗せた車が停まるなり、母親は駆け寄ってきた。ああ神様……!と言って、車から降りたメリルをきつく抱きしめた。
父親は母娘の再会を噛み締めるように眺め、ロイドへ鋭い視線を向けた。
「どういうことか説明してくれ。娘に一体何があった?」
「ご無沙汰しております。電話でお話しした通りです。よく分かりません。今日の朝、何故か僕の家にいたんです。メリルは記憶喪失らしく、何も覚えていません」
「は? ふざけるのも大概にしろ。メリルが勝手に家に入ったとでも言うのか。お前の家にいたのなら、お前が連れ込んだんだろう。記憶がない? 変なクスリでも盛ったんじゃないだろうな?」
「違います、誓ってそんなことは。僕がメリルにそんなことをするはずがないでしょう」
「やめて、あなた!」
とメリルの母親がピシャリとした声を放った。
「メリルが戻ってきたのよ。ロイ、ごめんなさいね。遠いのに、送ってくれて感謝するわ。なんのお構いもできなくて」
「いえお気遣いなく。夜から仕事がありますので、このまますぐに行きます。メリルをよろしくお願いします」
「ええ。運転気をつけてね」
「はい。じゃあメリル、また」
ロイが再び車に乗って行ってしまうと、メリルは改めて置いてきぼりの気持ちを味わった。
もうロイとは住む世界が分かたれたのだ。ずっと一生を共にしていく相手だと信じていたのにーー……。
その後家に入り、両親とお茶を飲みながら質問責めにあったメリルだったが、何も分からない、覚えていないの一点張りだった。
「本当に記憶喪失なのね……。分かったわ、明日病院へ行きましょう。今日はもう、何も考えずに休みなさい」
母親はそう言い、メリルを眺めて瞳を潤ませた。
「お帰り、メリル。帰って来てくれるのをずっと待っていたのよ」
「そうだぞ、メリル。もうどこにも行くなよ。ずっとここにいろ」
「お母さん、お父さん……ごめんなさい、長い間心配をかけて」
ロイドを追いかけて家を出たとき、同棲など許さんと父は怒り、勘当されたも同然だった。母とはたまに連絡を取り合い、父に内緒で食料品や送金をしてもらったこともあった。
いつか必ずロイドとの結婚を認めてもらい、親孝行したいと思っていた。
それはもう叶えられない願いとなってしまった。
(ロイのせいじゃない、私のせいよ。私がロイに何も言わず、行方をくらましたから)
それに関する記憶はないが、メリルが失踪したという事実は確かだ。
ロイドから聞いた話と、父母から聞いた話は一致している。
しばらくして妹のアンが帰ってきた。母親からメリルが戻ってきたと連絡を受け、職場から真っ直ぐ帰ってきたのだ。
「うそ、マジで帰って来てる!」
メリルを見るなり、目を丸くして驚いた。
メリルのほうも妹を見て驚いた。
最後に会ったとき、妹は13歳だった。すっかり大人の女性に変貌を遂げている。ばっちりメイクをして、少々ケバい。メリルのほうが幼く見えるほどだ。
想わず絶句したメリルに、アンは言い放った。
「今さら、どの面下げて帰って来たわけ? 男を追っかけて家出して、その男の家からも家出して。それもどうせ男絡みなんでしょ。その男とも上手く行かなくなって、実家へ出戻り? ださっ」
「アン!」と母親が怒ると、妹はふんと鼻を鳴らして自室へ引っ込んだ。
「メリル、気にしないでいいわよ。あの子、すっかりひねくれた子に育っちゃって。きっと内心は嬉しいのよ。素直に言えないだけで」
とても「内心は嬉しい」ようには見えなかった。妹の言葉は本心に思えたし、的確にメリルの心を抉った。
今さらどの面下げて、と詰られるだけのことをした。そのことをメリルは深く心に刻んだ。
「思い出せない」で済ませてはいけない。何からでもいい、思い出さなくては。