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後部座席

カフェを出て、ロイドの車でメリルの実家へ向かった。

2人の田舎はここから車で4時間の距離だ。

助手席ではなく後部座席に乗るように言われたメリルは、そこで籐製の大きな舟形かごを目にした。


(これって……ベビーバスケット?)


「ロイ……赤ちゃん、いるの?」


なるべく平然と尋ねるつもりが、どうしても声が震えた。


「ん、ああ……一昨日、生まれたばかり。里帰り出産で、まだ会えてないんだ。今週末に会いに行く」


メリルは頭をガツンとハンマーで殴られたような衝撃を受けた。目が覚めたら婚約者が別の女性の夫となっていたばかりか、一児のパパだ。

もう本当に遠い人になってしまっているのだとメリルは痛感した。


「そうなんだ……おめでとう。男の子?」

「女の子」

「そうなんだ、可愛いだろうね」


虚しい会話だ。やはり心から祝福はできない。気まずさが漂い、メリルは言葉を付け足した。


「里帰り中だから、奥さん家にいなかったのね」

「うん、そうなんだ。ちょうど良かったと言ってはあれだけど、良かったよ。今日は夜勤だから、ドノイまで行って帰って来ても仕事に行けるし」


それにしても、とロイドは言った。


「君はどうやってあの家に入れたのかな。鍵は替えたんだよ。結婚して妻と住み始めたから。前の鍵、君は置いて出て行ったしね。荷物も何もかも置いて、君はいなくなった。置き手紙一つも残さず」


だからただの家出ではなく、事件性のある失踪ではないかと考え、ロイドはメリルの家族に相談し、警察に捜索願いを出した。

あらゆる友人知人に協力を依頼し、メリルが連絡を取りそうな相手や、行きそうな場所を当たってもみた。

しかし、何の手がかりも得られなかったのだ。


「なのに今日起きたら、君が同じベッドにいた。本当にびっくりしたよ」


「それは私もよ。ううん、起きたら隣にロイがいたことには全然びっくりしなかった。私にとって、それは当たり前のことだもの。びっくりしたのは……状況があまりに変わっていたから」


メリルは正直に感じたことを口にした。


「私は、変わっていないのよ。5年前のまま、記憶が更新されていないの。たった一晩眠った間に、5年間が早送りで過ぎていったみたい。置いてきぼりの気分よ」


少しの間を置いて、ロイドが相槌を返した。


「なるほど……確かに君は、全然変わっていないな。あの頃のままだ。君はまだ10代に見えるよ。それにその服も、当時から着てたよな」


ロイドに言われて、メリルは自身の服装を確認した。

「当時」も何も、いつもよく着ている服だ。

学生とアルバイターの同棲生活なのだから、そんなにホイホイと新しい服は買えない。節約、節約だ。

失踪してからもずっとこの服を着続けていたなんて、よほどひっ迫した失踪生活だったのだろうか? 覚えていない。


とにかく、とロイドは取り繕うように言った。


「今日は実家でゆっくりするといいよ。徐々に思い出すことがあるかもしれない。家族と相談して、今後のことは決めるといい。俺もまた連絡するから。今日は俺も色々といっぱいいっぱいで、混乱してる。ごめん、大したことできなくて」


ロイドの精一杯の誠意が伝わってきて、メリルは首を横に振った。


「ううん、ありがとう。実家へ送ってくれて、助かる。何が何だか私も訳が分からないけれど、ロイのところで目覚めて良かった。急にいなくなって急に現れて、そんな相手に優しく手助けしてくれて……ありがとう」


ロイドの立場に立って想像したら、もっと手酷く対応されても仕方ない気がした。

急にいなくなって、急に現れて、泣かれたって困ると。


「助けるのは当たり前だろ。メリルなんだから。メリルが困ってたら、俺は助けるよ。だけど男女としての関係は……もう戻れない」


「うん、分かってる。もう、パパだもんね。頑張ってね、パパ。奥さんが帰ってきたらちゃんと育児参加して、奥さんを助けてあげてね。私は大丈夫だから」


メリルは精一杯強がって、泣き顔で笑った。


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