カフェで
ロイドに連れられて来たカフェで、メリルは衝撃的な話を聞かされた。
メリルは5年前に忽然と姿を消し、失踪人となっていたのだ。メリルには失踪したときの記憶がなく、失踪してから現在に至るまでの記憶もない。
メリルが覚えているのは、駆け落ち同然に田舎を出てきて、高校時代の同級生だったロイドと同棲していたこと、パン屋でアルバイトをしていたこと、ロイドは士官学校に通う学生であったことだ。
ロイドが無事に卒業したら、籍を入れようと約束していた。初任給で結婚指輪を買うと約束してくれた。そのロイドが、もう別の人と結婚している。
数々のショッキングな事実を知らされて、メリルの琥珀色の瞳からは、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
何もかも、意味が分からない。だって覚えていないのだ。
いつも通り、大好きな人と寝て起きたら、いつの間にか5年もの歳月が経過していて、大好きな人は別の人と結婚していた。
本当に意味が分からない。
しかしハンカチを差し出してくれる節くれだった手には、しっかりと知らない指輪が嵌まっている。
ピカピカの白銀の綺麗な指輪だ。
これとお揃いの指輪が別の女性の指に嵌まっているのだと思うと、胸がぎゅうっと絞られるように痛かった。
「嫌、そんなの嫌……ロイドが好きなの。急に、急にそんなこと、言われたって」
ひくひくとしゃくり上げながら、メリルは思いの丈を伝えた。
ハイそうですか、ではサヨウナラとすぐに気持ちを切り替えられるはずがない。
ロイドは、メリルが一通り気持ちを吐き出し終えるのを待った。聞き役に徹し、メリルの涙が落ち着くまで待って、静かに言った。
「俺にとっては5年間だから、急じゃないんだよ。毎日君を捜して、毎日君の身を案じて、何度も心が折れては立て直して、それを繰り返して、疲れ果てて諦めた。今日まで待っていられなくて、ごめん。今日までだと分かっていたら、待てたかもしれない。けど当てのないものを待つほど、途方に暮れることはない」
ロイドの声色にメリルはどきりとした。どこか凄味のある静けさは、ロイドの過ごしてきた時間の重みを物語っていた。
メリルの中からすっぽりと抜け落ちている「5年間」という時間を、ロイドは生身の痛みを背負って生きてきたのだ。
待つことをやめて、別の女性と結婚したことを責める資格は、メリルにはない。そう頭で理解できても、心は別物だった。悲しい。悲しくてたまらない。
しかし、ここでとことん食い下がったところで事実は覆らないし、ロイドの心がますます離れる気がした。受け止めるしかないのだ。
「私は、これからどうしたらいいの。あの家には、もう帰れないのね」
「今から実家に送って行くよ。おじさん、おばさんに早く知らせなくちゃ。アンにも。メリルの無事な姿を見たら、どんなにほっとするか。みんなすごく心配してたんだよ」
駆け落ち同然に田舎を出て以来、家族とは疎遠だった。メリルは両親と5つ下の妹の顔を思い浮かべ、胸が張り裂けそうになった。
いつかロイドと一緒に、結婚を認めてもらうために頭を下げに行くつもりだった。なのに、こんな事になってしまうなんて。
一体、自分の身に何が起きたのか。
メリルは必死に思い出そうとしたが、記憶の引き出しが見当たらなかった。鍵を失くしたのではなく、引き出しそのものが存在していないのだ。