探し人
王太子妃が見つからないまま3年が過ぎた。捜索に専念するため編成された特別チームも、成すことが無くなり、徐々に形骸化していった。
妃への永遠の愛を誓ったキース王太子も、当初の気勢は衰え、次第に諦めていく様子が窺えた。元々の婚約者であった令嬢が、献身的に王太子を支えている。
あの様子では、そう遠くない将来、行方不明の妃は不在のまま離婚手続きをされて、新たに妃を娶ることになりそうだ。
焦燥感に駆られたロイドは、任務外でも必死で王太子妃を捜したが、何の手がかりも得られなかった。
年に1度、ロイドには必ず1人で故郷に帰る日がある。メリルの命日だ。
メリルの年老いた両親には合わせる顔がない。人目をはばかって、日が大分傾いてから墓地を訪れることにしていた。
花束をそっと墓碑に供えて黙祷を捧げ、振り返った先に1人の男性が立っていた。ロイドより少し年下に見える。
金髪蒼眼の、穏やかな雰囲気の優しげな男だ。
「貴方ですね。毎年、妻の命日に素敵な花束を供えてくださっていたのは」
ロイドははっとした。顔を合わせるのはこれが初めてだが、噂に聞いていたメリルの夫だ。
ロイドと別れ、実家に出戻ったメリルは、田舎町のカフェで働き始め、そこの常連客と結婚したと聞いていた。
夫は優しく誠実で、慎ましく幸せに暮らしているとメリル本人から報告を受け、心からほっとしたことを覚えている。
自分がしてやれなかった分、幸せになってほしいと願った。
しかしメリルは病に倒れ、まだ若くしてこの世を去ってしまった。
「妻の病気が分かったとき、私はつい口に出してしまったんです。代われるものなら、私が身代わりになりたいと。妻は優しく微笑んで、そっと首を横に振りました」
墓地近くのカフェでお茶を飲みながら、メリルの夫のハロルドは、ロイドに妻との想い出を語った。
このカフェはメリルの死後に開いたハロルドの店で、今は閉店時間だそうだ。他に客はいない。
「妻は短い生涯でしたが、私と最期を過ごせて十分満足だと言ってくれました。ああすみません、何だか惚気みたいで」
「いえ、お話が聞けて良かったです。メリルが幸せだったと分かり、胸がいっぱいです。ありがとうございます」
「しかし一つ、気がかりがありまして」とメリルの夫が話題を変えた。
「妻の死後、妻の妹のアンが家出をしたのです。旅に出ます、探さないでくださいと書き置きを残して、そのまま家を出たっきりです。娘2人を失った義両親が不憫で……。もしも王都でアンを見かけるようなことがあれば、知らせてくれませんか。……ばったり会うなんて偶然は、無いかもしれませんが」
「分かりました。気にとめておきます」
ロイドはメリルの妹に関する記憶を手繰り寄せた。
確かメリルより5つ年下で、メリルによく似たダークブラウンの髪に、琥珀色の瞳だった。
しかし最後に会ったのは、彼女が中学生の頃だ。いま再会したとして、彼女と分かるだろうか。
「アンの直近の写真をお持ちでしたら、見たいのですが」
「ああ、それでしたらこれが……直近といっても10年前ですが」
メリルの夫、ハロルドが店のカウンター奥から小さな箱を持ってきた。
手紙や書類が入っているそこから、一枚の写真を取り出して、ロイドに見せた。
「失踪直前に撮った家族写真です」
メリルの両親に挟まれて、真ん中で写っているのがアンだった。昔の面影が感じられた。
「あれ、この指輪は……」
母親の肩に手を添えている、アンの左手にある指輪が目にとまった。
「ええ、この指輪はメリルの形見です。メリルが生前、肌身離さず着けていたものです。私と出会う前から。メリルの遺言では、この指輪は棺に入れてほしいとのことでしたが、アンが形見に持っていたいと切望して、彼女へ譲りました。銅製の錆びついた指輪ですので価値はないのでしょうが、アンは喜んでいました」
そうでしたかとロイドは答え、昔のことを思い出した。
失踪したメリルが戻ってきたときに、指に嵌めていた指輪だ。誰から貰ったか分からないと言っていたが、あれから生涯着けていたとは、よほど大事な物だったのか。
アンのことは気にかかるが、きっとどこかで元気にやっていると思いたい。
王太子妃も捜さなくてはいけない。
ロイドはハロルドへ丁寧に礼を述べ、故郷の地を後にした。
オリンピックの開会式をテレビで観ながら投稿していたら途中飛んでしまい、1頁差し込みました。全11話です。お読みいただきありがとうございました!頑張れニッポン!