目覚めると
目が覚めたメリルはふと違和感を抱いた。
婚約者と同棲している借り家の一室、ベッドの上。隣にはまだ眠っている婚約者がいる。横向きに少し背を丸めて眠っている彼の名はロイドだ。
そのロイドの左手の薬指に、見慣れぬ指輪が嵌まっている。ピカピカの白銀の指輪だ。
2人は婚約しているが、メリルは家族に反対されて、半ば駆け落ちのような形で田舎を出てきた。士官学校の学生であるロイドと、アルバイトで生計を支えるメリルは、貧乏カップルだ。
ちゃんとした婚約指輪はとても高価だ。かといって、妥協して安物で済ませたくないというロイドの意見で、二人は婚約指輪を買わなかった。
ロイドが無事士官学校を卒業し、仕事に就いたらペアの指輪を買うという約束を交わしていた。
(この指輪は一体、どうしたのかしら?)
眠りに着く前は、ロイドの指に嵌まっていなかったはずだ。
メリルが眠った後に、ロイドが自分で着けたと考えるのが妥当だろう。まさか2人が眠りこけている間に、侵入者が指輪をプレゼントして帰った訳ではあるまい。
メリルは自身の左手の薬指を見た。
思った通り、メリルの左手の薬指にも見慣れない指輪が嵌まっていた。
しかし、メリルの予想とは全く違っていた。その指輪はロイドの物とお揃いではなく、ひどく古びた感じがする銅色のアンティークな指輪だったからだ。
(えっ、何で……? ロイドがサプライズでくれたんじゃないの?)
メリルが理解に苦しんでいると、ロイドが目を覚ました。
もそもそと動いたかと思うと、ばっと上半身を起こした。
「……え……メリル……?」
寝起きがあまり良くないはずのロイドが、勢い良く起き上がって、目を大きく見開いている。
灰色の瞳に浮かんでいるのは、驚きだ。まるで幽霊を見たかのような、信じられないものを目にしたときの顔だ。まじまじと確かめるように見て、呆然として言った。
「嘘だろ……何で……本当にメリルか?……夢?」
メリルは面食らった。
「ロイったら、寝ぼけてるの? ねえ、この指輪だけどーー…」
ロイに見せようとした手をばっと掴まれた。
「今までどこにいたんだ、メリル。心配したんだぞ、捜して捜して……もう一生、会えないのかと…………無事なのか?」
ロイドの剣幕にメリルは驚き、混乱した。
「どこにって、ずっとここにいたわよ。いつも通り一緒に夜を過ごして、朝を迎えて……あっ学校は? 今日って日曜だった?」
メリルの反応に今度はロイドが面食らった。
「学校って俺の? もう卒業したよ。怪我のせいで1年休学したけど、その後復学して、3年前に卒業した。今は防衛軍で働いてる。結婚もしたよ。去年」
淡々としたロイドの言葉に、メリルの頭の中は真っ白になった。
ロイドの言葉が全然頭に入って来ない。一体何を喋っているのだろう。
学校はもう卒業した?
去年結婚した?
誰と?
「な、何言ってるの、変な冗談やめて」
「冗談じゃない。メリル、ここを出て行った後一体何があった? ひょっとして記憶がないのか?」
ロイドは沸き上がる感情に一旦蓋をして、冷静に状況判断をした。予想外の突発的な事態に遭遇した場合の対処法は、職業柄心得ていた。
「とりあえず、外で話そう。ここには今、妻と住んでいるから」