ー第3話暴発
ー第3話暴発
合川と皆川は、オカルト対策室に戻った。二荒晴明の消息は出版社に問い合わせても不明だった。
「平野。不明と言うのは、どういう事だ?。」
「新幹線で名古屋に向かって移動中らしいです。二荒は携帯電話を持ってないんです。身に付けた電気機器は、全部壊れてしまうと言う事で…。」
皆川がうなずいて
「霊能者の中には、家電が壊れる人がいましたね。」
と言った。
「…とりあえず、居場所が判れば連絡してもらう事になってます。」
「待ちか…。」
「いや。室長。そうでもないんです。」
「と言うと?。」
「これなんですが…。」
平野は、再び自作のノートパソコンを開いた。
仰向けに倒れた男の画像が表示されている。胸から血を流している。場所は道路脇の草むらのようだ。
「下地昭夫の写真だな。台湾のエージェントで、拳銃を暴発させて即死しているのを発見された。1ヶ月くらい前だったな…京都だったか…。これがどうした?。」
「ジョンの場合と符合するんです。」
平野は、画面をスクロールさせた。
「ここは、鳥羽伏見ポイントと呼ばれる心霊スポットなんです。鳥羽伏見の戦いで最初の戦死者が出たと言う。」
「…となると。二荒晴明が現場に居た?か?。」
「その通りです。見て下さい。」
画面に、雑誌の記事が表示された。日時が同じだ。
「…この場所では、パンパンと言う音がすると言われているが聞く事は出来なかったか…。」
「下地も副業で、殺人をやってたと言うのはご存知だと思います。」
「待てよ…妙だ。下地は、自作で拳銃のコピーを製作できる人間だ。奴の銃が暴発?。有り得ない。これは気がつかなかった。」
「ジョンも下地も二荒晴明がターゲットだったって事でしょうね。」
「じゃあ、2人共二荒晴明が返り討ちにしたのか?。」
「二荒じゃないでしょう。ジョンと同様スポットの空間メモリーデータ群だと思います。でも、きっかけが判らない。」
黙っていた皆川が口を開いた。
「それより、二荒が無事と言うのは?。空間メモリーデータ群に指向性が有るとでも?。」
合川は聞いた。
「指向性は無いのか?。」
平野が答える。
「集合体です。心霊スポット内の人体に単純な感情を励起させられるだけです。下地だけを励起させ、二荒は励起させないような事は出来ないはずです。恐怖や怒り劣等感、悔しさ復讐心を励起された人体は、異常行動を引き起こす。サイキック能力を持っていたりすると、自らの体を破壊する例もあります。」
「じゃあ…二荒の返り討ちも今のところ有りか…。」
合川は、公安部で科学的説明が出来ない事件にたびたび遭遇していた。しかし、そこから心霊現象として踏み込む事は出来なかった。法廷は科学的根拠を元に法律を解釈する場だ。心霊現象は、科学の取り扱える外側にある。このオカルト対策室は、科学の外側を埋める為に警察庁トップと内閣が秘密裏に設置したらしい。合川には、上からの公式な説明はないが…。
3人が煮詰まっている所に、内線電話が乾いた音を響かせた。合川が受話器を上げた。
ー警備室です。内閣調査室の佐々木室長がお見えになってますー
「お通ししてくれ。」
ーでは。ゲートを開けますー
合川は
「内調の佐々木さんだ。聞きたい事が山ほどある…。」
と言って、室長デッキからゲートエリアに歩いて行った。
皆川も平野も付いて行く。
佐々木憲広は、機動隊の出身で、独断専行型の人物だった。それが嫌われて、出世コースから外れていたが、総理の指名で内閣調査室に着任した。
佐々木は、丸顔でノンキ者に見えた。身長も合川より低い。しかし、霞ヶ関の官僚組織をーヘとも思わないー怪物として知られている。オカルト対策室が内閣と警察庁のみで設置されているなら、うってつけの人物に違いない。
「合川くん。申し訳ない。説明抜きで、辞令も郵送で。コンピューター関係の納入業者からさかのぼって嗅ぎ付けられてね…知ってるだろ?下沢拓。」
「はい。ポリスキラー下沢ですね。山際エトガー下沢トリオですか…。」
佐々木は、微妙な間を開けて頷いてからしゃべる癖が有った。
「うん…道路特定財源から50億引っ張って来て、この対策室を作ったんだがね。」
「50?憶?ですか?。」
合川と一緒に、皆川も平野も部屋を見渡した。
「…。うん…下沢は2部が黙らせたんだが、警察庁の幹部クラスが聞いてないって怒りだしてね。それが山倉警察庁長官の対立派閥の餌食で、山倉長官の秘蔵っ子平警視総監の左遷になった。」
「平さんは2部の方も関わってますよね?」
「…。うん…でもまぁここは、総理の一言で対策室は存続される事になった。」
「何が政府内で起こったかは…わかりました。でも、そこまでしてやる意味は何ですか?。」
佐々木の沈黙は、少し長かった。
「…アフガニスタン で50万人以上、イラクでは15万人。加えて中国の地震による死者。地球周辺の霊魂のキャパシティは90%を超えた。これによって起こる事態は、人間の100%に憑依が発生をする。そうなったら、人々は憑依した霊魂の想いを果たす為に行動してしまう。恨みを果たす為に、傷害殺人が関係のない人物に行われる。」
「誰でもよかった…ですか?。」
「よほどの霊能者なら、誰に対する恨みか判るし、暴力衝動も抑える事ができる。だが普通の人間は、防衛本能と攻撃衝動が刺激されて、無差別殺人に及んでしまう。これは、すべての犯罪と、社会問題に及んでいる。放置すれば…2011年までに地球上の社会は崩壊する事がわかっている。」
「誰が言ってるんです?。」
「NASAだ。」
「宇宙開発の組織が?。」
「実態は、地球周辺の空間メモリーデータ群の研究をしている機関だ。」
「にわかに信じられません。」
「有人惑星探査はアポロ計画で中止されたのは知ってるだろう?。何故か?。宇宙飛行士の全てが、憑依されて戻って来たからだ。」
「まさか…。」
「NASAは、宇宙飛行士を守る為に研究を開始した。その研究の中で、犯罪との関係が判明した。宇宙船や宇宙服予算の60%は心霊エネルギー遮断に費やされてる。この部屋にも使われてる技術だ。」
「そこまでハッキリしてるのに、秘密裏なのは何故です?。」
「研究はされている。だが…。」
3人は佐々木に向かって言った。
「だが?。」
「うん…憑依を完全に止める手段も、空間メモリーデータ群を減らす方法も…まだ無い。これは最高機密だ」
「無いって、2011年って2年後ですよ?」
「NASAは、日本の技術力に最後の望みをかけている。ここに有る機器は、日本の研究機関が極秘で開発したものだ。君達も適性と機密保持の面から選別されてる。自信を持って欲しい。」
「手段は無いのに、何をすれば良いんです?。」
「世界はあきらめている。君達はあきらめない事が仕事だ。それが出来る資質が君達に有る。」
合川は佐々木に言った。
「この3人でリードしろと?。」
「うん…世界の全ての政府がバックアップする。孤立してる訳ではない。」
「しかし。心霊関係の専門家が何故、居ないんです?。」
合川はフロアを見渡した。
「うん…君達の前任者は、全滅した。」
「全滅って?。」
「彼らは霊能者だった。霊を断てる技術は有ると言っていたが…。4年前…まだ対策室の準備段階だった。憑依した人体から徐霊するメカニズムのデータ採りの最中…完全に体を乗っとられそうになって、体に火をつけて自殺した…。」
佐々木は目頭を手で覆った。
「君達に適性が有ると言ったね。君達は、憑依に強い体質で有る事が判った。君達は空間メモリーデータ群が95%の場所まで憑依されない。この世界中で、君達だけがね。」
「…我々の最後の希望。」
「うん…平警視総監が君達を称していたな。」
佐々木は立ち上がった。
「合川室長。皆川副長。平野技術長。人類を救ってくれ。頼む…。」
佐々木は深々と頭を下げた。
霊魂が自身を高める為のハードウェアである人体を破壊し尽くすまで、2年…。
有るのかどうか判らない解決策を見つける任務が開始された。心の準備も訓練もなく、突如サッカー日本代表監督に就任してワールドカップで優勝してくれと言われてるようなものだ。
震えが全身を貫いた。相手は、人間が誕生して以来なすすべを持たない恐怖そのものなのだ。
ー次話!
排除に続く…。




