感謝と誓い
それに、彼に魔力があるのなら、守護騎士として一緒に学園に通うことができる。
「……アルヴィンはそれでいいの?」
ずっと傍にいてくれるのは嬉しかった。
自分を憎んでいる兄がいても、予知夢では破滅をもたらす王太子がいても、アルヴィンが傍にいてくれるなら大丈夫だと思うことができる。
でも魔力を抑える腕輪をずっと身に付けていたことから考えると、彼は自分に魔力があることを隠そうとしていたのだろう。
それなのに、セシリアの傍にいるためにそれを外してしまった。
「アルヴィンに危険はないの?」
そう聞かずにはいられなかった。
魔力を持っているということは、どの国であれ、貴族の血を引いているということだ。アルヴィンは今まで、それをセシリアにさえ伝えずに隠していた。
何度か彼の素性を尋ねたが、アルヴィンは迷惑をかけたくないからと言って、答えてくれなかった。
どうやら彼の抱えている事情は、想像していたよりもずっと深刻らしい。
そう思うと、心配だった。
「それでもかまわない。俺にとって、お前を守ることのほうがずっと重要だ」
それなのに、アルヴィンはあっさりとそんなことを言う。
「簡単に言わないで。わたしは、こんなに心配しているのに」
深刻な顔でそう言うと、彼は顔を綻ばせる。
「セシリアが俺のことを気にかけてくれるのは、嬉しいと思うよ。だがあの学園でお前を守るには、誰よりも強くなければならないようだ。それくらいの覚悟はしている」
「大袈裟だわ。学園って、魔法を学ぶだけよ?」
「それだけじゃないのは、セシリアも知っているだろう」
「……」
学園に集められたのは、貴族の血を引く者ばかり。
権力を振りかざし、傲慢に振る舞う者。己の将来のために、邪魔者を始末しようとする者などがいて、過去にもたくさんの事件が学園で起こった。
しかも今、学園には王太子が在籍している。
王太子妃を狙う女性達にとっては、まさに正念場。どんな手段を使っても、彼を射止めたいと思う女性は多い。
おそらくセシリアも、無関係ではいられない。
セシリア自身には王太子妃に興味はなくとも、公爵令嬢という立場を勝手に危険視して、敵意を向けてくる者がいないとは限らない。
そんな状況なのだ。
正直に言えば、アルヴィンが傍にいてくれるのはとても心強い。
でもそのために、彼の隠し事が明らかになり、その身が危険に晒されるなんて嫌だ。
「そんな覚悟はいらないわ。わたしのことより、もっと自分のことを考えて」
「そうはいかない。俺はお前の守護騎士だ」
「あなたにそんなことをさせるために、連れてきたわけじゃないわ」
守護騎士に任命したのは、アルヴィンを傍に置きたかったからだ。
傷つき、孤独な瞳をしていた少年を、この手で守ってあげたいと思った。
ただ、それだけだったのに。
「むしろ今までの俺は、お前に守られてばかりだった」
だが、声を荒げるセリアの金色の髪に指を絡ませ、アルヴィンはそう言って目を細めた。
優しい瞳で見つめられ、言葉を失う。
「あの日、正直に言えば、俺はもうすべてを諦めていた。負けない、逃げるわけにはいかないと口にしながら、立つ気力さえなかった」
「……アルヴィン」
出逢った日の姿を思い出し、セシリアも手を伸ばして彼の腕に触れた。
衣服の下に、鍛えられた筋肉の躍動を感じる。昔はこの腕も、華奢な少女だったセシリアと同じくらい細かった。
「疎まれていた俺を、セシリアは傍に置いてくれた。公爵家の令嬢が自ら手料理を作ってまで、俺を守ってくれた」
「……料理は、趣味だったから」
まっすぐに向けられる好意が恥ずかしくて、思わずそんなことを言って視線を反らしてしまう。
でも食の細いアルヴィンのことが心配で、どんなものなら食べられるのかと、毎日必死に考えていたのだ。料理のことばかり考えていて、家庭教師に叱られたこともある。ずっと傍にいた彼に、今さら隠せるものではなかった。
「今、こうしていられるのは、すべてセシリアのお陰だ。言葉に尽くせないほど、感謝している」
アルヴィンはそう言うと、指を絡ませていたセシリアの髪に、そっと唇を押し当てる。
「……っ」
そのしぐさがあまりにも優雅で、目が合った瞬間に微笑んだその笑顔がとても綺麗で、思わず涙が零れそうになる。
彼を守れてよかった。心からそう思う。
あんなにも傷ついていた少年は今、こんなに綺麗な笑顔を浮かべられるようになったのだ。
「だから今度は俺に、セシリアを守らせてくれ。さすがに守られたままでは、男として情けない」
たしかにアルヴィンは、もうあの頃の儚げな美少年ではない。
背も高くなり、今となっては騎士として剣の腕もかなりのものだと聞いている。さらに魔法まで使えるのだから、セシリアが心配するようなことはないのかもしれない。
それにセシリアがどんなに言葉を尽くしても、彼の心を変えるのは容易ではない。
それは五年前から知っている。
「無理は絶対にしないで。あなたが傷ついた姿だけは、絶対に見たくないの」
「わかった。この身体も心も、セシリアが守ってくれたものだ。粗末にするようなことはしない」
そう約束してくれたことに、安堵する。
「お父様は知っているの?」
「もちろん、先に報告している。学園に通う許可も得た」
「……そう」
父のことだ。
アルヴィンに魔力があると知っても、あまり反応しなかったと思われる。
本当に母以外には興味のない人だ。
「ええと、それじゃあ春からもよろしくね」
「ああ。俺が必ず守ってやる。だから何も心配するな」