セシリア15歳 魔法学校入学
アルヴィンと出会ってから、五年が経過していた。
セシリアは十五歳になり、春になったら王立魔法学園に入学する予定だ。それから十八歳になるまでの三年間、貴族の義務として魔法を学ぶことになる。
兄のユージンは十七歳。
セシリアが入学する頃には、魔法学園の三年生になる。
子供の頃はまだ、ふたりの間にある緊迫した空気を誤魔化すように、無邪気に兄に甘えていた。
だがお互いに成長するにつれ、その関係は微妙なものになっていた。
兄は、成長とともに強くなっていくセシリアの魔力を警戒している。
その兄は、入学と同時に学園の寮に入っている。
だから、長期休暇でしか会うことはない。でもこれからはセシリアも同じように、学園の規則によって寮に入ることになる。
それによって顔を合わせる機会が増えるかと思うと、やはり憂鬱だった。
何よりも、学園には魔力を持った者しか入学することができないので、アルヴィンと一緒にいることができないのだ。
出逢ってから毎日のように一緒だったので、離れるなんて考えられなかった。
「どうした、セシリア」
背後から掛けられた声に振り向くと、そこには守護騎士のアルヴィンの姿があった。
「アルヴィン」
黒を基調とした騎士服を着た彼は、セシリアに名前を呼ばれた途端、ふわりと微笑んだ。
セシリアは思わず頬を染めて、視線を反らす。
(うう、反則だ……。あの美少年が、こんなふうに進化するなんて……)
痩せていた身体は細身のままだが、それでも騎士としての訓練に励んでいたため、あの頃とは比べものにならないくらい鍛えられている。それもセシリアの手料理のお陰だと、彼は感謝を示してくれた。
背も高くなり、漆黒の黒髪は艶やかさを増して、まだ十五歳だというのに色気すら感じてしまう。
はっきり言って、直視できないレベルのイケメンなのだ。
誰にも屈せず、高潔な精神は昔のまま。
でも、やはり幼少時に受けたと思われる虐待のせいか、他人に対して距離を置くところがある。同じように公爵家で働く使用人たちや、ブランジーニ公爵直属の騎士仲間にはまったく心を許さず、頑な態度をとっていた。
でも、セシリアの前では今のように無防備な笑顔を見せてくれる。
五年かけて、ふたりで築いてきた絆のお陰だ。
(恐ろしいほどの破壊力なのよね、あの笑顔は……)
たまに同席していた侍女が被弾すると、そのあとが大変だった。
「何を思い悩んでいる? お前の望みなら、俺がすべて叶えてやると言ったはずだ」
心配を隠そうともせず、彼はそう言ってセシリアに手を差し伸べた。
アルヴィンはセシリアの守護騎士だが、態度や口調を改めることを、守護騎士となったその日に禁じた。
敬語を使われると何だか距離を感じて寂しかったし、彼とは主従ではなく、対等な関係でいたい。
公爵令嬢としては異端だが、セシリアに関心のない両親が、それを咎めることはなかった。
「ううん、大丈夫。ただ、春になったら学園に入学しなくてはならないから、少し不安になっただけ」
差し伸べられた手を握りながら、そう言って笑う。
セシリアの魔力はかなり高い。
十歳のときにはもう、同い年の王女に匹敵するくらいと言われていたが、あの頃よりも成長した今、魔力もまた強くなっていた。
だが魔力が強くなるにつれ、制御もまた厳しいものになっていた。その方法を学ぶために学園に入学するのだとわかっていても、やはりこのままでは不安だ。
それに、兄よりも魔力が高いことが知られてしまえば、周囲が騒がしくなるに違いない。
(本当にあの予知夢のような記憶のように、王太子殿下の婚約者になっちゃったらどうしよう……)
今のセシリアには何があっても守ってくれるアルヴィンがいるので、あの予知夢のように、狂うほどに愛を求めることはない。
でも、王太子は他の女性を愛するらしい。そんな結婚は互いに不幸になるだけだから、遠慮したいところだ。
「魔力の制御のこととか、お兄様のこととかね」
「そうか。では、その不安を取り去ってやろう」
アルヴィンはそう言うと、セシリアの手首に腕輪を嵌めた。
「え?」
シンプルな腕輪だったが、それを付けた途端、身体を巡る魔力の流れがはっきりと小さくなったのがわかった。
「え? アルヴィン、これって……」
よくよく見れば、見覚えのある腕輪だ。
出逢ってからずっと、彼がその腕につけていたものだと思い出す。きっと大切なものだろうと思って、今まで触れなかったことだ。
「魔力を抑える魔道具だ。この状態なら、お前の魔力は兄より少し高いだけ。学園で目立つことはない」
「そんなものが存在するの?」
セシリアは手首に嵌められた美しい腕輪を、驚愕を隠そうともせずに見つめた。
魔力を抑えることができる魔道具など、聞いたこともない。でも、たしかにセシリアの魔力は小さくなっている。
(これなら、魔力が強すぎて暴走することも、目立ってしまうこともないわ)
兄よりも少し高いくらいなら、高位の貴族の中ではむしろ平凡なほうだ。魔力が高いという理由で、王太子の婚約者になってしまうこともない。
こんな夢のような魔道具があるなんて、思わなかった。
「ありがとう、アルヴィン。これで学園に行く不安はなくなったわ」
嬉しくて、思わず彼に抱きついた。アルヴィンはそんなセシリアを優しく受け止めてくれる。
「アルヴィンと三年も離れるのは不安だけど、これで頑張れそう」
「何を言っている。俺が、お前をひとりにするはずがないだろう?」
「え?」
驚いてアルヴィンの顔を見上げると、彼は手を伸ばして、セシリアの金色の巻き毛を愛しそうに撫でた。
「学園にはお前の兄もいるのに、ひとりで行かせたりはしない」
彼を連れて行くために、兄の存在が怖いと口にしたせいか、アルヴィンは兄のユージンを警戒している。
でも、たしかにあの予知夢では、最後にセシリアを殺させたのは間違いなく兄だ。
警戒しておくのは、間違いではないのだろう。
「従者として一緒に来てくれるの? でも、従者が学園に出入りすることはできないはずよ」
寮とはいえ、高位の貴族ならば広い部屋が宛がわれるし、侍女や従者も何人か連れていく。だが使用人たちは、学園に出入りすることはできないと厳しく定められていた。
だがアルヴィンは、それを否定する。
「守護騎士ならば、傍にいるのが当然だろう?」
「それは……」
王立魔法学園に入学することができるのは、厳密に言えば貴族だけとは限らない。でも魔力を持つ者しか入れないし、そもそも魔力を持っているのは貴族だけなのだ。
たまに魔法を使える一般人が入学することもあるが、彼らは皆、貴族の庶子だった。
そして守護騎士に選ばれるのは下位貴族や、魔力を持って生まれた者が多い。たしかにアルヴィンの言うように、守護騎士は主とともに学園に通い、親元を離れている間、主を守るのが使命だ。
「あ……」
そこまで考えて、セシリアはようやくこの魔力を抑えるこの魔道具を、ずっと彼が身に付けていたことを思い出した。
「アルヴィン……。あなたは最初から、魔力を持っていたのね?」
だとしたら彼は、貴族の血を引いていることになる。
セシリアの驚愕の声に、アルヴィンはあっさり頷いた。
「そうだ。だが、この髪色からわかるかもしれないが、俺はこの国の出身ではない」
たしかに彼の濡羽色の美しい黒髪は、この国ではとても珍しいもの。つまりアルヴィンは、他国の貴族の血を引いているということになる。
そう考えると、納得することばかりだった。
たしかにアルヴィンは、一般人には見えない。
むしろ中身が一般人のセシリアは、気を許した人の前ではつい、動作や口調が崩れてしまう。
アルヴィンの方が、佇まいや動作は優雅なのだ。