セシリア12歳 母との対面
アルヴィンがセシリアの守護騎士となってから、一年。
珍しく母が寝室から出てきて、セシリアに会いたいと言っているようだ。母が自分から会いたいと言うなんて、初めてのことだ。
困惑したが、母の申し出を断ることなんてできない。そんなことをしたら、父が激怒するだろう。
「急に会いたいなんて、何故かしら?」
困惑して、自分の守護騎士である彼にそう尋ねると、アルヴィンは少し考えたあとに、こう言った。
「もうすぐセシリアの誕生日だ。それに関することかもしれない」
「……ああ、誕生日ね」
言われてみれば、セシリアはもうすぐ十二歳になる。
だが、節目として大切な十歳の誕生日を放置された身としては、今さらという気持ちだ。
それに、普通の十二歳ならまだ母親が恋しいだろうが、今のセシリアの中身は、アラサー女子である。会ってもどんな顔をしていいのかわからない。
でも、良い機会かもしれないと思い直す。
父がセシリアに関心がないのは確定だが、母が娘をどう思っているのかわからない。セシリアが前世を思い出して二年ほど経過していたが、それがわかるほど会っていないのだ。
ここはしっかりと対面して。母が自分をどう思っているのか、確認したほうがいいのかもしれない。
「そうだわ。料理を作って持っていくのはどうかしら?」
去年頃から父に頼まれて、アルヴィンのための料理を母にも提供するようになっていた。料理を持っていけば、話題がなくとも何とかなるだろう。
まだ午前中だ。
今から作れば、昼食には間に合うだろう。
「お母様に、お昼頃に伺いますとお伝えして。あと、料理長にお母様の昼食を作りたいから、手伝ってほしいと言ってほしいの」
セシリア付きの侍女が、それを伝えるために部屋を出ていくと、セシリアはさっそく厨房に向かった。
「何を作ろうかしら?」
そろそろ気温も上がってきた頃だ。
母は季節の変わり目に、体調を崩すことが多い。十歳の誕生日もそうだった。
「冷たいスープがいいわね。あと、トマトのゼリーなんかもいいかもしれない」
氷の魔石を使った冷蔵室で、材料を調達する。
メニューはにんじんとパプリカを使った冷製ポタージュ。トマトのゼリーに、食べやすく小さく切ったパンをチーズとトマトソースなどでピザ風にしてみる。
いつものように料理長が手伝ってくれて、そう時間をかけずに料理を完成させることができた。出来上がったばかりの料理を侍女に運んでもらい、セシリアはアルヴィンを伴って母のもとに向かった。
思えば、母の居室に向かうのはこれが初めてかもしれない。
身体の弱い母は臥せっていることが多く、そんなときに母の部屋に行けるのは、医師と父、そして選ばれた数人の侍女だけだ。
侍女が扉を叩いてセシリアの来訪を告げると、中からか細い声がした。
アルヴィンはいつものように、セシリアの用事が終わるまで侍女とともに部屋の前で待つことになる。
「……」
一瞬、部屋に入ることを躊躇ったが、アルヴィンが励ますように、そっと背に手を添えてくれた。
「うん。行ってくるわ」
触れた手から伝わる温もりに勇気づけられて、セシリアはにこりと微笑むと、母のもとに向かった。
部屋に入った途端、まるで高原にいるようなさわやかな空気を感じた。今日は少し暑い日だったが、部屋の中は涼しげで、適温を保っているようだ。
(これは、お父様の魔法かしら?)
前世の知識でいうならば、部屋にエアコンと空気清浄機がついているようなものだ。父は母のため、この部屋に常にその魔法を発動させているのだろう。
父の、母に対する愛の深さを改めて思い知る。
自分自身にさえ関心のなかった父を、ここまで夢中にさせる母も、素直にすごいと思う。
「セシリア」
柔らかな声がして顔を上げると、ソファーにもたれかかるようにして座っていた母が、優しく手招きをしていた。素直にその手を取ると、細い腕でそっと抱き寄せられる。
あいかわらず、溜息が出るほど美しい母だ。
「お母様……」
「あなたも、もうすぐ十二歳ね。ごめんなさい、セシリア。わたくしのせいで、いつも寂しい思いをさせてしまって」
その言葉には、たしかに娘に対する愛情を感じることができた。
身体の弱い母は、普段は自分のことだけで精一杯で、セシリアのことまで考える余裕がないのだろう。それでも父とは違って、娘に関心がないわけではない。
それがわかっただけでも、よかったのかもしれない。
それからセシリアが作ってきた料理を食べてもらいながら、初めてゆっくりと母と話した。
セシリアの手料理は、どれも喜んでもらえた。
とくに冷製ポタージュが気に入ったようで、あとで料理長にレシピを教えておこうと思う。
娘の守護騎士であるアルヴィンにも会いたがったので、部屋の前に待機しているアルヴィンを呼んで、母に会ってもらう。
母はアルヴィンに、娘をよろしくお願いね、と真摯に告げていた。それを聞けただけでも、ここに来てよかったと思う。
これからも、母と対面することはあまりないだろう。
それでも、自分に関心がないわけではないとわかっただけで、充分だ。




