セシリアの危機
そんなやりとりがあってから、アルヴィンの様子がおかしくなった。
休日にセシリアを置いて外出することもあれば、父に会うためにひとりで公爵邸に行くこともあった。出かけた日は大抵帰りが遅くて、ちょっと心配だった。
「アルヴィン、わたしのために無理をしていないよね?」
不安になって尋ねる。
アルヴィンは心配そうなセシリアの腕を引いて、抱き寄せる。
「もちろんだ。そんなことをしたらセシリアを悲しませてしまう。全部話せるまでもう少し時間が必要だが、これからのために必要なことだ」
その腕の中に閉じ込められてしまい、彼がどんな顔をしているのかわからなかったが、真摯な声だった。
「うん、わかった。話してくれるまで待つわ」
アルヴィンがセシリアに嘘を言うはずがない。だからおとなしく頷いた。
(そうは言っても……)
アルヴィンの用事が自分のためであることは明白で、黙って待っていても良いものかと考えてしまうのも事実だ。
そんなある日。
セシリアは図書室で勉強をしていたララリに付き合い、魔導書を読んでいた。アルヴィンは用事があるからと先に戻り、あとで迎えに来てくれると言っていた。時間が遅いからか生徒の数はまばらで、勉強するには良い時間帯だ。隣のララリは先ほどから熱心に聖魔法について書かれた本を読んでいる。
でもセシリアは、集中することができずにいた。
気になるのは、アルヴィンのこと。
彼の用事は何なのか。
何をしようとしているのか。
そんなことばかり考えていたので、つい気が削がれてしまっていたらしい。
「この腕輪は……」
ふいに腕を掴まれて、セシリアは小さく悲鳴を上げる。
いつの間にかニクラスが図書室を訪れていたらしい。おそらくララリに会いに来たのだろう。彼はセシリアの手を取り、アルヴィンに贈られた腕輪を眺めている。
「あ……」
挨拶しなければと慌てて腕を引こうとするが、セシリアの腕を掴んでいる手は強く、けっして離れない。
「どうか、お許しください」
「まさか、魔力を抑える魔導具か? どうしてこんなものを」
ニクラスの声は高揚していた。セシリアの腕から、その腕輪を外そうとする。
(油断していたわ。まさかこれを知っていたなんて)
それだけはなんとか阻止しなければと思うのに、ニクラスの腕は力強く、痛みを覚えるほどだ。
逃れようと必死になっていると、ふと拘束が緩んだ。
ニクラスの間に割って入ったアルヴィンが、腕輪が外されるよりも先に、セシリアを彼の手から助け出してくれたのだ。
「アルヴィン!」
迎えに来てくれたのだろう。セシリアはほっとして、彼の背後に隠れる。
ニクラスに付き添っていた彼の従者が、王太子の行動を妨げたアルヴィンを非難する。ニクラスも不快そうな顔をしてアルヴィンを睨んでいた。彼にとっては、従者に行動を制限されたようなものだ。
「彼女を渡してもらおう。もし魔力を隠していたのだとしたら、私の伴侶にふさわしいかもしれない」
勝手なことを言うニクラスに反論する前に、アルヴィンは静かな口調で告げる。
「安全のために、必要な行動でした。セシリアが魔力を封じる腕輪を身につけているのは、魔力を制御することができないからです」
「制御できない? それで、魔力を封じていると?」
アルヴィンは、そう問い返すニクラスの手を見た。
「ええ。あなたが身につけている、魔力を増大させる魔導具と同じく、エイオーダ王国産です。あなたのものは私の叔母が制作したものですが、これは父が作りましたった魔導具。不用意に触れると危険です」
アルヴィンの言葉に、ニクラスも従者も息を呑む。
「……叔母、だと? それならなぜ、こんなところに」
呻くような声でそう言うと、ニクラスはアルヴィンを見た。全身にくまなく視線を走らせてたしかに似ている、と呟いている。
「目的はあなたと同じ。そして、セシリアは私のものです。あなたには渡さない」
アルヴィンはそう宣言すると、セシリアを腕に抱く。状況がよく理解できないままだったが、セシリアもアルヴィンにしがみついた。
「……わかった」
やがてニクラスはそう言って、セシリアから離れるように数歩下がる。
「わたしとしても、エイオーダ王国と揉めたくはない。彼女からは手を引く」
「感謝します。礼として、もっと上質な魔導具を叔母に制作してもらいます」
その言葉にニクラスは何度も頷き、こちらこそ感謝すると言って、従者を連れて立ち去っていく。
「アルヴィン?」
「セシリア。帰ろうか」
「……うん」
聞きたいことはたくさんあったが、今はアルヴィンと一緒に帰りたい。セシリアは頷き、彼の腕に寄りかかる。
「少し、怖かった」
正直に告げると、優しく髪を撫でられる。
「傍を離れてすまなかった。もう大丈夫だ」
心配そうなララリに大丈夫だからと告げて、アルヴィンと一緒に学園寮に帰る。
ニクラスはなぜ、急に態度を変えたのか。
アルヴィンの叔母とは、彼を逃がしてくれた人なのか。その人は、他国の王太子であるニクラスが知っているほど、有名なのか。
疑問が次々に浮かぶも、今はただ彼の温もりに縋っていたかった。
更新が遅れてしまって申し訳ありません。
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