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セシリア11歳 鶏肉ときのこのチーズリゾット・2

「できた!」

 実際はアラサー独身女のズボラ飯だが、昨日はスープしか飲めなかったアルヴィンに少しでも元気になってほしい。

 優しい目をした料理長たちに見送られ、セシリアはできあがったばかりの料理を持つ侍女とともに、アルヴィンに与えられた部屋に急ぐ。

 今朝は少し熱があったらしい。おとなしく寝ていてほしいと願いながら訪れた部屋に、アルヴィンの姿はなかった。

「アルヴィン?」

 慌てて周囲を見渡す。

 通りかかった侍女に尋ねると、何と公爵家に仕える見習い騎士の少年たちが、守護騎士としての素質を見てやると言って連れ出したらしい。

「何てことを!」

 十歳の少女の仮面を被ることも忘れて、セシリアは怒鳴った。

 まだセシリアよりも細い、華奢な少年だ。しかも、朝から熱があったという。それを無理に連れ出した彼らには、怒りしか沸かなかった。

 彼らは、下位貴族の少年たちだ。

 もしかしたら、いずれ自分たちが公爵令嬢の守護騎士になりたいと思っていたのかもしれない。それを突然現れたひとりの少年に奪われたのだから、腹が立つこともあるだろう。

(でも、ひとりを大勢で連れて行くなんて、許せない!)

 しかも、アルヴィンはセシリアの守護騎士。

 セシリアのものなのだ。

 激情のまま、セシリアはアルヴィンの部屋の窓を大きく開け放つと、そこから飛び出した。

「お嬢様!」

 付き添っていたメイドが悲鳴を上げたが、悠長に大きな屋敷を回って正面に向かう余裕はない。慌てる護衛や侍女を振り切って、そのまま敷地内にある騎士団の訓練所に駆け込んだ。

「アルヴィン!」

 彼は、複数の少年に囲まれていた。

 それぞれの手には訓練用の木剣がある。

 アルヴィンはけっして膝をつかず、熱のためか白い肌をほんのりと赤く染めながらも、俯くことさえせずにまっすぐに立っている。その美しくも気高い姿に、セシリアは今まで心を支配していた怒りさえ忘れて、思わず溜息をついた。

 だがそれも、見習い騎士の少年のひとことで、たちまち再燃した。

「親に捨てられたくせに」

 アルヴィンがどうしてこの屋敷に来たのか、どこかで聞いてきたのだろう。

 その言葉が、アルヴィンを傷つけたのがはっきりとわかった。

「何をしているの!」

 心境はもう、我が子をいじめられた母親に近いものがあった。

 訓練所に駆け込んだセシリアは、見習い騎士の少年たちを睨みつけると、アルヴィンを守るように腕の中に抱きしめる。

「セ、セシリア様」

「俺たちはただ……」

 麗しい公爵令嬢の姿に頬を染めながらも、苦し紛れのいいわけを口にした。

「黙りなさい!」

 何をしているのか聞いたくせに黙れとは、我ながら不条理だと思う。

 それでも怒りが収まらないセシリアは、魔力が溢れてしまいそうになる。

「セシリア」

 いち早く気が付いたアルヴィンが、自分をしっかり抱きしめているセシリアの背を優しく撫でた。

「心を落ち着けて。このままだと魔力が暴走してしまう」

「……あ」

 少年たちに対する怒りは容易には消えなかったが、このままではアルヴィンまで傷つけてしまう。 

 セシリアは背中に彼の体温を感じながら、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。

 その間に、セシリアを追ってきた護衛や侍女が追いついてきた。彼らはこの状況を見て、何があったのか判断したらしく、見習い騎士の少年たちは連れ去られていく。

 セシリアはそれを見届けたあと、目を閉じた。

 アルヴィンの手が、優しく背を撫でる。

 セシリアよりも細い腕が、守るように抱きしめてくれた。それが何よりも心を落ち着かせてくれる。

「ありがとう、アルヴィン」

 こんなところで魔力を暴走させたら、大変なことになっていた。

「礼など不要だ。俺はお前の守護騎士だから」

 まだ幼いながらも騎士としてあろうとする姿に、セシリアの中のアラサー女が尊いと叫んでいる。

「そうね。ずっとわたしと一緒にいてね」

 もちろんだと囁かれた言葉に、転生してからずっと感じていた孤独感が消えていく。

(あなたがいてくれたら、わたしはきっと大丈夫)

 そんなことを思う。

 それからセシリアはアルヴィンを連れて帰り、冷めてしまった料理を魔法で温めた。

「わたしが作ったの。もし食べられそうなら、少しでも食べてみて」

「セシリアが?」

「うん、アルヴィンに食べてほしくて」

 そう言うと、彼は頬を染めて俯いてしまう。

 複数に囲まれても凛として顔を上げていたのに。また熱が上がったのかと慌てたが、アルヴィンは違うと頑なに首を振った。

「ありがとう。頂くよ」

 ゆっくりと、噛みしめるようにリゾットを食べているアルヴィンの姿を見ているうちに、心が満たされていく。

(明日は何を作ろうかな? まだ熱が下がらないようだったら、野菜をたっぷりと使ったポタージュとか、いいかな?)

 いつのまにか父に乞われて母の分まで作るようになったのは、それから一か月後のことだった。


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