懸念
(うーん。二年目の創立記念日かぁ……)
憂鬱になってしまうのは、そのダンスパーティーが「悪役令嬢」だったセシリアが断罪された日だからだ。
ゲームのセシリアはその日、婚約者だった王太子に婚約破棄を告げられる。
でもセシリアは王太子の婚約者にはならなかったし、王太子であったアーサーはすでに王都を去り、今は王女のミルファーが王太女となっている。
ゲームのヒロインのララリも、もうセシリアの友人だ。
だから心配する必要などまったくないのに、なぜか心がざわめく。
「セシリア?」
行事予定表を見つめたまま考え込んでいるセシリアに、アルヴィンが心配そうに声をかけてきた。
「どうかしたのか?」
「ううん。ただ、創立記念日のダンスパーティーだけは、欠席するわけにはいかないと思っていたの。それだけよ」
根拠のある話ではない。ただ不安になっているだけ。そんなことでアルヴィンを心配させないように、笑ってそう言った。
「いや、それだけではないだろう。そのダンスパーティーに、何か気になることがある。違うか?」
「……アルヴィンには、お見通しなのね」
セシリアを常に見守ってくれている。こんな些細な変化も、見逃さないくらいに。
そう思うと、胸を覆っていた不安さえ消えていくようだ。
「でも、本当に些細なことなの」
差し出されたアルヴィンの手を握って、セシリアは微笑む。
「何だか嫌な予感がする。ただ、それだけ」
でもアルヴィンは、そんな言葉も聞き流さずに聞いてくれた。
「セシリアは魔力が高い。だから、何か予知めいた力を持っていても不思議ではない。気のせいだと思わず、用心したほうがいい」
真剣な表情でそう言われて、セシリアも頷く。
セシリアはもう、ゲームとはまったく違う存在になったけれど、それでも「セシリア」の運命が決まった日だ。アルヴィンの言うように、用心したほうがいいだろう。
それからもセシリアは、なるべく目立たないように静かに過ごしていた。
授業も一番後ろに座り、昼もアルヴィンとふたりきり。
ララリには、家庭の事情でしばらく静かに過ごしたいと話してある。彼女は深い事情を聞こうとはしなかった。また一緒に過ごせる日が来るのを、楽しみにしていると笑ってくれた。
(彼女は本当に、ヒロインよね)
明るく健気で前向きで、つい応援したくなる。
ローダナ王国の王太子のニクラスもそんなララリが気になるようで、よく彼女に話しかけているようだ。だが困ったことに、そんなララリを目の敵にしている令嬢がいるらしい。
「ネーニ伯爵家の、エリアンナという子らしいのよ」
授業が終わり、寮の自分の部屋に戻ったセシリアは、そう言って溜息をついた。
どうやらそのエリアンナは、ニクラスのことを好きになり、彼に選ばれたくて必死になっているようだ。そんなときにセシリアがララリの傍を離れたものだから、毎日のように取り巻き達を引き連れて嫌味を言ったり、平民出身の彼女の所作をくすくすと笑いながら見ているらしい。
「悪質よね。まさに「悪役令嬢」だわ」
違うのは、エリアンナはニクラスの婚約者ではないこと。
そしてララリはまだ王太子だったアーサーを慕っていて、ローダナ王国の王太子であるニクラスにはまったく興味がないことだ。
「ユージンが妙な動きをしている。あまり動かないほうがいいと思うが」
兄の名を口にしたアルヴィンは、そう言うと心配そうにセシリアを見ている。
相変わらずこちらにはまったく接しようとしない兄だが、なぜかローダナ王国の王太子とはよく接しているようだ。しかも、セシリアの話をよくしていると噂で聞いた。
しかも、当人の魔力は普通だが、父に一番似ているのは妹だとか、魔法学の成績は学園でも上位だとか、そんな話をして売り込んでいるらしい。
おそらくセシリアがローダナ王国に嫁げば、公爵家を継げると思っているのだろう。目立たないように、彼と接しないようにしているセシリアにとっては、迷惑どころではない話だ。
ニクラスには近寄らないほうがいい。
でもララリは、セシリアの学園で唯一の友人だ。このまま放っておくことはできない。
「明日から、ララリさんと一緒に行動するつもり」
公爵令嬢であるセシリアが一緒にいれば、エリアンナも嫌味を言うことはできないだろう。
「だが、ローダナ王国の王太子と接する機会も増える」
「……わかっているわ。でも、放っておけない」
「そうだな。セシリアなら、そう言うと思った」
アルヴィンは優しく笑うと、安心させるように、セシリアの頬に触れる。
「俺がいる。心配するな。他の男を、お前に近寄らせるものか」
「……アルヴィン」
二人の将来を考えれば、ここはおとなしくしているべきなのだろう。
でも友人がつらい目に合っているのに、自分だけ安全な場所にいることはできない。そしてアルヴィンはそんなセシリアの我儘を受け入れて、守ると言ってくれた。
「ごめんなさい。でもお願いだから、絶対に無理はしないでね」
相手は、他国の王太子だ。何かあれば国際問題になってしまうため、この国も慎重になっているだろう。
だがアルヴィンは心配するなと言って、優しく頭を撫でてくれた。




