謎の人物
(このお茶会でも少しは、他の人とお話をしておいた方がいいかしら?)
セシリアは周囲を見渡した。
父の代わりに外交をするのは、はっきり言うと気が進まない。セシリアだって、それほど社交的な性格ではなかった。アルヴィンさえいてくれたら、それでいい。
だが、周囲から浮いているブランジーニ公爵家がこれ以上敵を作らないためには、そうするしかない。
仕方なくそうしようとしたセシリアに、アルヴィンがそっと囁いた。
「セシリア」
「?」
警戒したような声に、セシリアも思わず身構える。
「どうしたの?」
「セシリアは何もしなくていい。ただ俺の後ろに隠れていろ」
「……わかったわ」
父の代わりに頑張ろうと思った矢先のことだが、アルヴィンがそう言うからには、従ったほうがいい。セシリアはそう判断した。
そうして以前ふたりで決めた設定のように、アルヴィンの背後に隠れ、ひとりでは何もできない気弱な令嬢を演じる。
普段のセシリアを知るララリが不思議そうにこちらを見ていたが、気の利く彼女は何か理由があると悟ったのだろう。それに関して尋ねることはなかった。
そうしていると、セシリアを熱心に眺めていたあの身分も高そうな男性も興味を失ったようで、こちらを見なくなった。
何となく彼には嫌な予感がしていたので、アルヴィンの言う通りにしてよかったと胸を撫でおろす。
ララリのお茶会も、気分が悪くなったと断って早々に退出させてもらうことにした。あれだけの人がいるのならば、ひとりくらい早めに帰っても影響はないだろう。
予定よりも早めに学園の寮に戻り、着替えをしたセシリアは、すぐにアルヴィンのところに向かった。
彼は応接間にあるソファーに腰をかけ、難しい顔をして考え込んでいる。
「アルヴィン」
静かに声を掛けると、彼は顔を上げた。
「セシリア。少し話そうか」
「ええ」
聞きたいことがたくさんあった。
差し出された手を握り、その隣に座る。セシリアが隣に座っても、アルヴィンは握った手を離さなかった。
「参加者の中に、男爵家のお茶会には不釣り合いな男がひとりいた。セシリアも気が付いていただろう?」
アルヴィンはそう話し出した。
「ええ。何だか身分の高そうな人だと思ったわ」
その人を思い出しながら、セシリアは頷いた。
年頃は、セシリア達よりも五歳ほど上だろうか。
背はそれほど高くなく、やや細身の青年だったが、人を従えるのに慣れ切ったような態度だった。だからセシリアも、身分が高そうだと思ったのだ。
「……白い肌に青い髪。おそらく彼は、ローダナ王国の王族だろう」
「ローダナ王国?」
ゲームには出てこなかった国だ。セシリアは、学園で学んだ大陸の地図を頭に思い浮かべる。
このシャテル王国が大陸のほぼ中央に存在し、ここから少し離れた北方に、アルヴィンの出身国であるエイオーダ王国がある。
ローダナ王国は、それよりも上にある最北の国だ。
領土のほとんどが雪と氷に覆われた国だが、エイオーダ王国から輸入した魔導具により、国民はそれなりに快適に暮らしているらしい。
「ローダナ王国から、どうしてわざわざこの国に?」
この国までには、かなりの距離がある。
それにセシリアは政治のことはあまり詳しくないが、ローダナ王国の王族が訪問しているという公式発表はなかったはずだ。
「それに、どうして彼が王族だとわかったの?」
自分が政治や国同士の関係に疎いことは自覚していたので、素直に疑問を口にする。アルヴィンは、そんなセシリアにわかりやすく説明をしてくれた。
「ローダナ王国では、直系の王族以外は、王家の血を引いていても青い髪ではないらしい。現在のローダナ王国の直系の王族は、国王夫妻と王太子。王太子の兄弟の、王女と王子がひとりずつ。おそらく、彼はその王太子だろう」
「ローダナ王国の王太子……」
そんな遠くの国の王太子が、内密にこの国に来ている。しかも男爵令嬢であるララリのお茶会に参加しているのは、さすがに不自然だ。
「そんな人が、何をしに来ていたのかしら?」
「……あの国は、複数の問題を抱えている。その解決のためだろう」
アルヴィンはそう言うと、どこから話すか迷ったのか、少しだけ沈黙する。
「まず、この国と同じように貴族の魔力の低下が問題になっている」
「どこも同じなのね」
「ああ。しかも、さらに貴族階級の女性の数が減少しているらしい」
「女性の……」
ローダナ王国では、王太子と同じような年頃の女性がひとりもいなかった。そのため、ローダナ王国内では、彼ではなく弟を王太子にするという話が出ていたようだ。
彼はそれを回避するべく、周辺の国を回って婚約者を探しているという。
「そうだったの。じゃあ、ララリのお茶会に参加していたのも……」
「自分と似合う年頃の女性を探していたのだろう。ブランジーニ公爵家の令嬢はどの女性かと、彼がそう尋ねていたのを聞いた」
できれば魔力の高い女性が良いのは、どの国でも変わらない。
しかもセシリアの父の魔力の高さは、この国だけではなく、他国にも知れ渡っていたようだ。
「まさか、私も候補に?」
「おそらくそうだろう」
だからアルヴィンは、セシリアに自分の後ろに隠れていろと言ったのだ。
いくら魔力が高くても、それだけでは一国の王妃にはなれない。しかも彼の場合、弟を王太子にしようとする者たちを、黙らせるほどの婚約者を連れて帰らなくてはならないのだ。
守護騎士の後ろに隠れてばかりいるような、気弱な令嬢を選ぼうとは思わないだろう。
(だから、わたしにはすぐに興味をなくしていたのね)
セシリアは納得して、大きく頷いた。
「ありがとう。アルヴィンがそう言ってくれなかったら、お父様の代わりに頑張らなきゃと思って、無駄に張り切ってしまうところだったわ」
今年もよろしくお願いします!




