お茶会
(結局、こうなるのよね……)
豪奢なドレスを着せられたセシリアは、馬車の中で溜息をついた。
今日は、招待されているララリのお茶会の日だ。
母の手配したドレスは間に合わないだろうから、前もってあまり華美ではないドレスを選んでおいたのだ。しかし、張り切った母がどうにか間に合わせてほしいと頼んだらしく、お茶会の前日には、美しいドレスが仕上がっていた。
さらに当日は屋敷に寄って支度をしてからお茶会に向かうように言われ、愕然とした。
こうして朝早くから屋敷に戻り、支度にたっぷりと時間をかけてからお茶会に向かうことになったセシリアは、もう疲弊していた。
(お母様が嬉しそうだったから、それはよかったけど……)
母を悲しませると父が怖いのもある。
でもそれ以上に、ようやく体調が回復してきた母が、嬉しそうにセシリアを着飾らせている様子を見ると、とても嫌だなんて言えなかった。
(だってお母様があんなに体調を崩してしまったのは、魔力の高いわたしを産んでしまったせいだもの)
これが親孝行になればと、考えてしまったのだ。
(でも、こんなに気合の入った格好をさせられるとは思わなかったわ……)
ララリが初めて主催するお茶会に参加するだけなのに、まるで王城で開かれているパーティーに参加するような装いだ。お茶会にどれだけ参加者がいるのかわからないが、浮いてしまうのは間違いない。
「セシリア?」
心配そうな声が聞こえてきて、はっと我に返る。
馬車の向かい側に座っているアルヴィンが、心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫か?」
「ええ、平気よ。ちょっと疲れてしまっただけ」
気遣ってくれる優しい声に、思わず笑みを浮かべる。
守護騎士としてセシリアに同行しているアルヴィンは、やはり騎士服だ。
ブランジーニ公爵家の紋章が入った華やかな騎士服は彼によく似合っているが、正装した姿もきっと素敵だろう。
だが、アルヴィンが騎士服を脱ぐのはセシリアの守護騎士を辞めるとき。そして守護騎士が必要ではなくなるのは、セシリアの結婚が決まったときだ。
(結婚かぁ……)
今よりも年齢を重ねていた前世でさえ、経験していなかった結婚というものに、セシリアは期待と不安が入り混じった複雑な気持ちを抱いていた。
この世界の結婚は、前世の概念から考えると早い。特に貴族ならば、学園を卒業すると同時に結婚する者が多いようだ。
だがセシリアの場合、父があんな様子なので、他の令嬢たちよりは自由だろう。それに、セシリアが結婚したいと思えるのは、その守護騎士であるアルヴィンただひとりだ。
アルヴィンは守護騎士だが、彼の魔力は他の貴族よりも圧倒的に高い。身分だって、他国であるが高位貴族の出身である。セシリアは公爵家令嬢だが、あの両親が恋愛結婚したいという娘に反対することはないと思われる。
(そのためにも、お母様を味方につけるのは大切なことよね。うん)
いろいろとしがらみはあるが、せっかく転生したのだから、幸せになりたい。セシリアは両手を強く握りしめて、そう決意する。
それに前世ならいざ知らず、今のセシリアは十七歳の美少女だ。華美なドレスだって似合うはずである。
「ふたりの未来のために頑張らなきゃ」
「セシリア?」
声に出してしまってから、はっとする。
「あ……。ええと、つい」
頬を染めて、セシリアは視線を逸らした。
思っていたことを口にしてしまったことも、ふたりの未来と言ってしまったことも恥ずかしい。
「ごめんなさい。今のことは忘れて」
「セシリア」
照れ隠しに早口でそう言ったセシリアの名を、アルヴィンが呼んだ。
それは、恥ずかしがっていたことすら全部忘れてしまうくらい、愛情に満ちた声だった。
アルヴィンのセシリアを呼ぶ声は、いつだって優しかった。
それでも、こんなに慈しむように、大切そうに呼ばれたことはない。
「アルヴィン?」
「俺もふたりの幸せな未来を勝ち取るために、できる限りのことはする。そう誓うよ」
「……うん」
セシリアも微笑んで、ゆっくりと頷いた。
心に愛が満ちていく。
それはアルヴィンのセシリアに対する愛と、セシリアがアルヴィンに抱いている愛。どちらも同じくらい強くて、揺るがないものだ。
「そうね。ふたりで、頑張っていきましょう」
恥ずかしがるようなことではなかったと、セシリアも笑顔で言った。
二度目の人生でも、経験したことのないことは多い。アルヴィンと生きられる今の時間を、大切にしようと思う。
でも、ふたりを取り巻く環境は、この後から急激に変化していくことになる。
ララリのお茶会に参加したセシリアは、思っていたよりも参加人数が多いことに驚いた。
数名の令嬢しかいないと思いこんでいたのに、パーティーかと思うほどたくさんの人がいる。セシリアの華美なドレスも目立たず、むしろ最初に予定していた恰好のほうが浮いていたかもしれない。
どうやらララリの父親が張り切って、娘のためにできる限り多くの人を招待していたようだ。
その招待客の中に、あきらかに身分の高そうなひとりの男性がいた。
彼は、声をかけてくるわけでもなく、ただセシリアを観察するように見つめていた。何だか気味が悪くて、アルヴィンの影に隠れるようにして、静かに過ごしていた。
別に人脈も友人も必要のないセシリアは、誰かに話しかけられても、挨拶を返すだけだ。
それでも、ブランジーニ公爵家の名前の効果は絶大だった。たくさんの令嬢に、今度は自分の家のお茶会に参加してほしいと言われてしまう。
さすがに公爵令嬢として、貴族との関わりを無視するわけにはいかない。
むしろ両親が頼りにならない分、これからはセシリアが頑張らなくてはならないかもしれなかった。




