初めての招待状
エイオーダ王国。
魔法の研究が盛んで、魔法書や魔道具について書かれた本は、ほとんどがこの国で発行されたものらしい。父の書斎にある魔法書も、この国の言葉で書かれていたものが多かった。
そのエイオーダ王国では、王族や貴族は今でも高い魔力を持っている。
大多数の国で魔法の力が弱くなっていることを考えると、羨む国は多いに違いない。
けれど、そのエイオーダ王国にも深刻な問題があった。
強い魔力を持っている王族、貴族の数が激減しているのだ。
セシリアは、父と同じ年頃の国王夫妻に、まだ子どもがいないと聞いたことを思い出す。
アルヴィンの父も、周囲から後継者を強く求められていた。それは、そういったこの国の事情が関係していたのだろう。
魔法や魔道具の研究も進んでいて、魔力の強い者が多いエイオーダ王国。それなのになぜ、王族、貴族の数が減っているのか。
その答えを求めてページをめくったセシリアは、そこに書かれていた文字に息を呑む。
魔力が高い者が増えたせいで、無事に生まれてくる子どもが減り、それが数の減少に繋がっていると書かれていた。
生まれる前の子どもには、魔道具も魔法もあまり効果がない。子どもが母親に保護魔法をかける以外に、その負担を和らげる方法がないと書かれていた。
セシリアは生まれる前、その守護魔法を使って母親を守っていたらしい。そういう子どもは【護り子】と呼ばれている。
そして、守れなかった子どもは……。
――忌み子。
その言葉が頭に浮かび、慌てて首を大きく振った。
アルヴィンも母親よりも強い魔力を持って生まれてしまった。そのせいでアルヴィンの母は亡くなり、妻を愛していた父親に恨まれ、虐げられていた。
まだ彼の祖父が生きていた頃は、部屋から出ることを禁じる程度だったらしい。
だがその祖父が亡くなったあと、アルヴィンの父親は、後継者を望んでいた親族の者ごと、アルヴィンを牢獄のような城に閉じ込めた。
理不尽なことに、アルヴィンは一緒に閉じ込められた者に、お前のせいだとなじられたこともあったようだ。
だが庇ってくれる人もいて、アルヴィンはその人から魔法を教わったと言っていた。でもその人が高齢で亡くなったあとは、周囲からの風当たりはさらに厳しいものとなった。
食事を分けてくれなかったり、寒い日に部屋から追い出され、石畳の廊下の上で過ごしたこともあったという。
(まだ十歳にもならなかった少年が、生まれる前のことで責められていたなんて……)
あまりにも酷く、残酷なことだ。
このままでは姉の忘れ形見が死んでしまうかもしれない。そう危惧したアルヴィンの叔母が城から出してくれて、アルヴィンはこの国に流れ着いた。
セシリアは母親を守ったらしいが、当然のようにその頃の記憶などない。
出逢った頃の彼の様子を思い出すと、今でも胸が痛くなる。
もう二度と、アルヴィンがそんな思いをすることがないように守る。
あのときから、そう決めていた。
(アルヴィンを傷つける人は、わたしにとっても敵だわ。この国には絶対に近付かないようにしよう)
そう固く決意して、セシリアは本を閉じると、積み重なった本の一番下に押し込んだ。
翌日。
いつものように身支度を整え、アルヴィンと一緒に学園に向かったセシリアは、背後から名前を呼ばれたような気がして振り向いた。
「セシリア様!」
するとララリが、息を弾ませて駆け寄ってきた。
真っ直ぐな銀色の髪が、走ってきたせいで少し乱れている。セシリアは手を伸ばしてその髪を撫でて、整えてやった。
「あ、ありがとうございます」
嬉しそうに頬を染めるララリに、セシリアも微笑んだ。
「そんなに急いで、どうしたの?」
「セシリア様のお姿が見えたので、急いで追いかけてきてしまいました」
そう言うララリは、ヒロインだけあってやはり可愛らしい。すれ違う男子生徒が何人か、彼女に見惚れているのがわかった。
(まさかヒロインに懐かれるとはね……)
こちらに向けられるヒロインの視線には、好意しか感じない。これが恋愛ゲームのままなら、好感度はマックスになっているに違いない。
「ララリさんは、昨日もリアス様のところに?」
「はい。神聖魔法はなかなか難しくて。でも、素質があると褒めていただきました」
ヒロインだから当然だ。彼女の神聖魔法は、やがてこの国一番になるのだから。
「ええと、セシリア様」
そんな未来に想いを馳せていると、ララリは鞄から何かを取り出して、セシリアに差し出した。
「これは?」
「あの、お茶会の招待状です」
どうやらララリの父親が、貴族の令嬢になったのだからお茶会くらいは開いたほうがいいと、色々と手配をしてくれたらしい。
「私の家のお茶会にセシリア様を招待するなんて、失礼かとも思ったのですが。私には、セシリア様しかいなくて……」
いくら魔力を持っていても、庶民育ちのララリを侮る者も多い。色々と事件が多発したせいで、友人を作る暇もなかったのだろう。
(それは私も同じだけど……)
親しく話せるのは、アルヴィンを除けばララリしかいない。
「ありがとう。ぜひ、参加させていただくわ」
そう言って、招待状を受け取る。そして、何度もお礼を言うララリと一緒に教室に向かった。
(どうしよう。私、お茶会って初めてだわ。どうしたらいいのかしら……)
ララリの父親と違い、セシリアの父はまったく無関心で、母も身体が弱くて部屋に籠りきりだった。
だから今まで一度もお茶会を開いたことがないし、参加したこともない。
だが公爵令嬢として、このまま参加せずに終わることはないだろうとは、思っていた。あの事件のあと、セシリアもブランジーニ公爵家も、何かと注目されている。
(初めての参加が、ララリさんのお茶会でよかったかもしれない)
鞄にしまった招待状のことを思いながら、セシリアはそう考えた。




