新たな波紋
授業が終わり、放課後の教室。
ゴシックロリータのような可愛らしい制服を着た女生徒が、教室の中央に集まって笑い合っていた。
前世では、学校でよく見た光景だ。
だが彼女達は普通の女生徒ではなく、それぞれが貴族の子女である。
(だから、派閥とか上下関係とか、そういう面倒な関係がいろいろとあるのよね)
にこやかに笑い合っている女子生徒を見ながら、思わず溜息をつきそうになる。
学園内では一応、身分の差は問わないことになっている。
それでも高位の貴族が集まるAクラスでは、上下関係による差別や、派閥争いがかなりひどいらしい。
セシリアは、この国の公爵令嬢である。
さらに国一番の魔導師である父の存在もあって、Aクラスでもそれほど苦労はしなかったと思われる。
だがセシリアの所属しているクラスは、魔力があまり高くないBクラスであり、このクラスでは、少し浮いている存在だった。
それでも中身が一般の日本人女性であるセシリアにとって、貴族の子女と交流するよりは、こうして孤立しているほうがずっと楽だ。
何せ父親が、魔法と妻である母以外にはまったく興味のない男である。そのせいで学園に入学するまで一度も、普通の貴族のような交流をしたことがなかった。
当然、友人といえるような存在もひとりもいない。
お茶会やダンスパーティーに一度も参加したことのない貴族の娘なんて、セシリア以外ひとりもいないだろう。
それでも傍には、守護騎士のアルヴィンがいてくれる。彼はセシリアが十歳のときに町で出逢い、何か深い事情がありそうな顔を、そのまま連れ帰ってきた。
今となっては一番心強い味方であり、心を通わせた恋人でもある。
アルヴィンがいてくれるなら、たったひとりでもかまわない。
それくらい心強くて、大切な味方だった。
「セシリア、寮に戻るか?」
そんなアルヴィンに声をかけられて、放課後の教室をぼんやりと眺めていたセシリアは、こくりと頷く。
「ええ。まっすぐに帰るわ」
いつもなら図書室に寄ったり、少し学園内を歩いたりするのだが、今日はそんな気になれなかった。
ララリが不在のせいかもしれない。
彼女は、セシリアがこのクラスで唯一、親しく言葉を交わすクラスメートである。
ララリは貴族の庶子で、ずっと母親とふたりで町で暮らしていた。
だが魔力を持っていたことから、父親に引き取られて正式に貴族の一員になったのだ。
それだけではなく、実は彼女は、この世界を模倣したゲームのヒロインだった。
セシリアには前世の記憶があり、そこで遊んだことのあるゲームと、この世界が酷似していた。
そのゲームの中のセシリアは「悪役令嬢」で、ヒロインであるララリや王女ミルファーを虐め、最後には魔族に魅入られて破滅してしまう役だった。
そうならなかったのは、最強の守護騎士であるアルヴィンのおかげだとセシリアは信じている。
だが、代わりにヒーローであるはずの王太子アレクが魔に魅入られて、その力を手にしてしまった。アルヴィンの魔道具のおかげで何とか撃退することができたが、もうこの世界はゲームと大きく変わってしまった。
これからどうなるのか、まったくわからない。
それでもアルヴィンが傍にいてくれる限り、セシリアに不安はなかった。
ヒロインだったララリは、今でも遠くの地で静養しているアレクに、恋心を抱いていた。
何度も手紙を送り、放課後や休日になると、神官のリアスに師事して、神聖魔法を学んでいる。
すべては、アレクのため。
彼女の情熱が届き、アレクが立ち直れるように、セシリアもひそかに祈っていた。
アレクの側近だったダニーやフィンも、もう魔族の影響からは脱しているだろう。
問題は、セシリアの兄。
ブランジーニ公爵の嫡男である、ユージン・ブランジーニだ。
兄はアルヴィンが王都に結界を張ろうとしたとき、その魔石を持ち出した。
だがはっきりとした証拠はなく、その後も大きな動きはなかったことから、セシリアもそれきり兄とは接触していない。
それでも兄が王太子アレクを通して魔族の力に接したのはたしかで、それなのにアレク達のように、魔を退ける魔道具も身に着けていないのだ。
何とかしなくてはと思うのだが、兄は以前と同じように、淡々と学園生活を送っているようだ。
セシリアともまったく会おうとしない。
学園の長期休みにも、公爵家の邸には帰宅していないようだ。
「どうしたらいいと思う?」
寮に戻って着替えをすませたあと、セシリアは応接間で寛いでいたアルヴィンに声をかける。
「今は静観するしかないだろう。下手に刺激するのも危険だ」
少し伸びた黒髪をかき上げて、アルヴィンは眉を顰める。
具体的な名前を口にしなくとも、セシリアの悩みは何か、はっきりとわかっている様子だ。
「だが、魔の影響が自然に消滅することはない。用心しなくてはならない」
「うん。わかってる」
ゲームの「悪役令嬢」セシリアには、兄のユージンに殺されるというバッドエンドもあった。
もうシナリオは大きく変わってしまったとはいえ、兄の存在はセシリアにとっても大きな不安要素だ。
「そんな顔をするな。俺が必ず守ってやる」
不安そうな顔をしていたのかもしれない。
アルヴィンがそう言って、セシリアの頭を優しく撫でてくれた。
「……うん」
こうして寄り添っていると、不安が消えていく。
セシリアは微笑みながら、アルヴィンの大きな手に頬を寄せた。




