セシリア11歳 鶏肉ときのこのチーズリゾット・1
「うーん、何を作ろうかしら?」
様々な食材が詰め込まれた冷蔵室で、セシリアは腕を組みながらそう呟いた。
氷の魔法で部屋全体を冷やしているので、少し寒いくらいだ。
公爵家の令嬢、しかもまだ十歳のセシリアが調理室に出入りし、しかも料理を作ろうとしている。
ブランジーニ公爵家の使用人たちは戸惑い、大慌てで止めようとした。
いつもなら誰も、セシリアのわがままを止めたりしない。だが、さすがに危ないことをさせるわけにはいかないと思ったのだろう。
まだ幼いながらも美しく、魔力も高いセシリアだったが、父である公爵はそんなセシリアにまったく興味がなく、放任していた。
それを理解していなかったセシリアは、両親と兄に愛され、自分がしあわせだと思い込んでいる。
公爵が執事に命じて贈らせたプレゼントを、お父様からいただいたのだと大切にしている様子は、思わず涙を誘うようなものだったらしい。
だから、両親と兄以外の親類や屋敷の使用人はすべて彼女に甘く、その望みは何でも叶えていた。
(何を望んでも全部叶えられるのだから、わがまま令嬢になるはずよね)
他人事のように思いながら、セシリアは鳥肉ときのこ、玉ねぎと牛乳。そしてクリームチーズを取り出す。
「あとはバターとオリーブオイルと、お米かな。ここって西洋風ファンタジーの世界なのに、食生活は現代の日本なみに色々とあるのよね」
そうしていると、慌てた様子の料理長がセシリアの前に立ち塞がった。
「お嬢様、もしお怪我をしてしまったら大変なことになります。料理なら、私がいたしますので」
ひさしぶりに料理をしたいという、気軽な気持ちでここまで来たセシリアは、自分がまだ十一歳の子供だということ。
そして公爵家の令嬢だったことを思い出す。
「ごめんなさい。わがままを言って。でも、もし怪我をしても治癒魔法で治せますし、お父様はわたしが怪我をしようと気にしないので、大丈夫です」
もし母が怪我でもしたら、使用人たちはすべて解雇されてしまうかもしれない。でも、娘が料理をしようが怪我をしようが、父にはどうでもいいことだ。それを知っていたから、セシリアは料理長を安心させようとして、こう言った。
「……お嬢様」
それなのに料理長は、つらくてたまらないような顔をして、ぽろぽろと涙を零す。
いつもは公爵家の料理長として畏まっている彼だが、本当は情に厚くて気さくな人柄なのだ。
「わ、我々は……。ずっと、お嬢様の味方ですからぁ……」
成人男性に声を上げるほど泣かれ、セシリアは若干引き攣りながらも、彼を慰めた。
言われてみれば、両親に愛されていないことを知ってしまい、それでも健気にふるまう幼子の姿を想像すると、セシリアだって泣きたくなる。
「わたしなら大丈夫よ。泣かないで。だって今のわたしにはアルヴィンがいるのよ?」
「あの、お嬢様が連れてきた子供のことですか?」
「ええ、彼はわたしの守護騎士なの」
そう言って嬉しそうに微笑むセシリアに、料理長はようやく涙を拭った。
「そうですか。あんな軟弱そうな子供にお嬢様を守れるのかと危惧していましたが、お嬢様がこんなにも笑顔でいられるのなら、もう充分に役目を果たしていると言えますね」
ようやく落ち着いた料理長に、セシリアは自分の守護騎士のために料理をしようとしていたことを打ち明けた。
「もちろん、今の料理に不満はないわ。とてもおいしいし、大好きよ。でも、アルヴィンはわたしの守護騎士だから、わたしが作ってあげたいの」
今まで同情心たっぷりでセシリアを見ていた料理長、及びその周囲の人たちが、途端に微笑ましいような顔をしてこちらを見ている。
「そうですか。でも、治せるとはいえ、自分のために主が怪我をしてしまったら、彼が落ち込むかもしれません。必ず、私が傍にいるときにしてください」
「……ええ、わかったわ」
さすがにその言葉には、素直に頷く。
たしかに料理長の言う通りだ。
「それで、何を作ろうとしていたのですか?」
「リゾットよ。鳥肉ときのこのチーズリゾット」
消化が良くて、栄養価が高く、食べやすいものがいい。そう思ったとき、前世の自分が好きでよく作っていたこれを思いついた。
「ライスを使うのですか。なかなか珍しいですね」
米は一般的に流通しているし、公爵家の冷蔵室にもあったが、あまり食べられていないらしい。
「日本人の魂ですから」
「は?」
「いえ、柔らかく煮るとおいしい……と書いてありました。わたしも食べてみたいと思ったので」
「そうでしたか」
セシリアが最近、ずっと図書室で本を読んでいると聞いていたらしく、彼は疑問に思うことなく頷いてくれた。
ゆっくりと、手を切らないように気を付けながら、玉ねぎをみじん切りにして、きのこをスライスする。鳥肉は食べやすさを考えて、小さく切った。クリームチーズを湯煎で温めて、ミルクで溶いてソースにする。
「あとは具材を炒めて、と」
さすがに十歳の小さな手では、料理するのは一苦労だった。見かねた料理長が手伝うと言ってくれたので、素直に頼ることにした。
チーズソースにコンソメを溶かすと、水を加えて柔らかく煮込んでいた米と具材を入れ、軽く味付けをした。




