理想の崩壊
もちろん、すべてセシリアの推測でしかない。
「でもここまで来てしまった以上、何としても王女殿下をお助けして、ここを脱出しなくてはならないわ」
「そうですね。とにかく王女殿下のもとに向かいましょう」
ララリも同意し、そこからは三人で王城を進んでいく。
ひとり残ったアルヴィンのことが少し心配だったが、アルヴィンの魔力はフィンを圧倒していた。
きっとすぐに合流できる。そう信じるしかない。
王城をしばらく歩いて行くと、ようやく目的の部屋に辿り着くことができた。
「王女殿下の部屋は、こちらのようですね」
リアスは、あるひとつの部屋を指してそう言った。中にはたしかに誰かがいる気配がする。
「私が先に進みます。セシリア様とララリは、後から付いてきてください」
彼はそう言うと、慎重に扉を開いた。
間にララリを挟み、最後尾に立ったセシリアは、背後を警戒しながらふたりの後に続く。
大きな寝台には、青白い顔をした王女が眠っていた。周囲には、複数の侍女が倒れている。リアスが王女のもとに駆け寄ると、ララリが倒れていた侍女のところに向かう。
セシリアは周囲を見渡しながら、襲撃を警戒していた。
「王女殿下は……」
「かなり衰弱していますが、おそらく大丈夫です。治療を開始します」
リアスが治癒魔法を唱える。侍女たちの容態を見たララリも、それに加わった。
セシリアはその光景を静かに見守る。
治癒魔法はセシリアも得意だったが、今は魔力を保存するべきだ。きっとアレクはこの様子を、どこかでじっと見つめているに違いない。
「……っ」
セシリアが見守る中、王女はゆっくりと目を開いた。
その瞳は完全に怯えていて、彼女はいきなり起き上がって逃げようとする。
「ごめんなさい、ごめんなさい、殺さないで……。私が、悪いの。だから……」
リアスとララリが慌てて王女を支え、安心させるように背を撫でながら声をかける。
「大丈夫です。ここには私たちしかいません」
「落ち着いてください。ゆっくりと、深呼吸をして」
王女はせわしなく周囲を見渡し、リアスとララリ、そしてセシリアしかいないことを確認して、ようやく落ち着いたようだ。
王女のミルファーを助けたら、すぐにでも王城から脱出させるつもりだった。でも、ショック状態の彼女がもう少し落ち着かなければ、移動することはできないようだ。
アルヴィンほど上手くできないが、セシリアはミルファーの部屋に結界を張り、彼女を休ませることにした。
ララリがミルファーの手を握り、落ち着かせるように優しく声を掛けている。セシリアは周囲を警戒するのが精一杯で、ミルファーのケアにまで手が回らなかった。ララリがいなかったら、彼女はもっと錯乱していたかもしれない。
(アルヴィンがいないと、こんなに不安になるなんて……)
それでも彼の傍を離れてきたのは、セシリア自身だ。
アルヴィンもひとりで戦っている。ここは何としても、自分の力で切り抜けなければならない。
「……私を襲ったのは、お兄様でした」
やがて、ミルファーはぽつりとそう話し出した。
リアスがそっと、声を録音する魔道具を取り出す。ここで録音しておけば、王女の証言の信ぴょう性も増すだろう。
「お兄様は昔から、魔力至上主義のこの国の状況に、危機感を抱いていた。いずれ、魔力に頼れない日が来る。そのために、他の手段を探さなければならないと、ずっと考えていたようです」
そう語るミルファーの表情から、かつての傲慢さは消えている。
浄化も使える神官の治癒魔法を受けて、魔の影響から離脱しつつあるのかもしれない。
「でも、そんなことを言っていてもお兄様の魔力は低かったから、私は馬鹿にしていました。それが、自分にないものを貶めて、優位を保とうとしているようにしか思えなかったのです」
アレクは、本気でこの国の将来を憂いていたのかもしれない。
でもミルファーはその魔力の高さから、兄であり王太子でもあるアレクを軽視し、蔑んでいた。
彼に賛同していたのは、グリーにフィン、そしてセシリアの兄のユージンなど、魔力の高さを期待されながらも、それほどの魔力を得られなかった者たちだった。
そのこともあり、彼らは自分たちの能力のなさを誤魔化すために、そんなきれいごとを言って誤魔化しているのだと思われるようになっていく。
掲げた理想を支えるだけの力がないことを、アレクはいつも嘆いていた。
「そんなお兄様に私は、役立たずだと言いました。お兄様にはもう、期待なんかしていないと。それがお兄様を、あそこまで追い詰めてしまった……」
力に頼らない方法を探そうとしていたのに、アレクは、次第に強い力を欲するようになっていく。もっと強い力さえあれば、馬鹿にされることもない。仲間たちで語り合った理想を、くだらないと一蹴されることもない。
そうしてアレクはとうとう、魔族の甘い誘惑に乗ってしまったのだ。
ミルファーよりも強い力を手に入れ、今まで散々自分たちを馬鹿にしてきた妹を痛めつけた。
「……なんてことを」
セシリアはそう呟くと、俯いて涙を流すミルファーを見つめた。
王太子アレクの掲げた理想は、立派なものだ。
たしかに、魔力の強い者は減っていく一方なのだから、それを何とかしなければと思うのも当然のこと。
でも魔族の力を借りてしまった時点で、彼の理想も地に堕ちた。
結局、力がなければ何もできないと、証明してしまったようなものだ。
「お兄様はもう、この国はもう一度作り直すしかないと言っていたわ。私も含め、魔力の強い者は全員抹殺して、魔力を持たない平民と、同じような魔力を持つ貴族だけの国にすると。そのためにまず、私を殺さなくてはならないと、笑って……」
震えるミルファーを、ララリが抱きしめる。
でもその表情は、ミルファーと同じくらい怯えていた。
優しい王太子を慕っていたララリ。
彼は魔族に操られていて、魔族さえ倒せばきっと元の優しい彼に戻ると信じていた。セシリアも、その可能性はきっとあると思っていた。
でも今の話が本当なら、魔族の力を得たのは、彼自身の意志。
アレクは自分で掲げた理想の重さに押しつぶされ、破滅してしまったのだ。




