操られし者
「結界?」
その話を聞いたセシリアは急いで窓に駆け寄り、そこから王城を見つめた。
ゆらりと陽炎のように、王城が揺らいでいる。
「まさか、こんなことが……」
おそらく、魔族の力を借りた王太子アレクのしわざだ。王女が回復してしまえば、すべてが明らかになる。
その前に動いたのか。
これで国王も王妃も、そして王城を守るべき近衛騎士団もすべて、結界の中だ。
「アルヴィン、行ってみましょう」
セシリアが声を掛けると、彼は頷いた。
「ああ。急いだ方がいいようだ」
ララリとリアスにはここで待っているように言ったが、王太子を心配するララリと、王女を救う使命を持っているふたりは、聞き入れてくれない。
それにどちらも、治癒魔法を使える。
もしかしたら治療が必要な怪我人が、王女の他にも出てしまうかもしれない。そう考えたセシリアはふたりを連れて、アルヴィンとともに王城に向かった。
王都はいつもと変わらず、賑やかで活気ある場所だった。王都を守る結界がしっかりと機能しているので、魔物の影もなく、多くの人々が出歩いていた。
でも彼らは不自然なくらい、王城の異変に気が付いていない。
認識妨害の魔法が掛けられていて、魔力のない一般市民では気が付くことができないようだ。
王城の前は無人だった。
リアスの話では、先ほどまで警備兵や複数の貴族たちが集まって、中の様子を伺っていたようだが、すでにその姿はない。結界はそのままなので、なす術がないと諦めたのか、他の手段を探しているのかもしれない。
アルヴィンは陽炎のように揺らいでいる王城の前に立つと、片手を上げて目を閉じた。
「中にいる人間は皆、意識を失って倒れている。怪我をしている者はいないようだが」
内部の様子を探っていたアルヴィンがそう言うと、セシリアはほっと胸を撫でおろした。さすがのアレクも、無駄に人の命を奪うようなことはしないようだ。
「王女殿下は?」
その分、標的には容赦なかった。
彼女の身が心配になって尋ねると、アルヴィンは難しい顔をした。
「……生きている。だが、反応が弱い。あまり猶予はなさそうだ」
その言葉に、傍で聞いていたララリとリアスの顔も緊迫したものになった。
「結界は、破れそう?」
セシリアは、魔力を封じている腕輪を指でなぞりながら、そう尋ねた。魔力はあっても、まだ知識が足りないセシリアでは、結界を破ることはできない。
「ああ。大丈夫だ」
アルヴィンはそんなセシリアの言葉を受けて、結界に魔力を注ぎ込む。
結界を張るときと同じように、破るときも魔力を注ぐ必要があるらしい。セシリアはそんな彼をいつでも補助できるように、彼の背に手を添えていた。
「セシリア」
その様子を見守っていたセシリアに、アルヴィンが小さく声を掛ける。
「フィンも中にいるようだ。だが、正気ではない」
「!」
彼の持っていた魔道具は、完全なものではなかった。主であるアレクの暴走を心配して近付き、逆に操られてしまったのかもしれない。
「こちらの様子を伺っている。結界が消滅すると同時に攻撃してくるだろう。防御を頼む」
「ええ、任せて」
ララリとリアスを守るように前に立ち、セシリアは頷く。ただ守られるのではなく、こうやって頼られることが嬉しい。結界を破れなくて少し落ち込んでいたことに、アルヴィンは気が付いたのかもしれない。
「そろそろだ」
アルヴィンの言葉に緊張しながら、セシリアは防御魔法を発動させる。硝子が砕けるような音がしたかと思うと、風の刃が複数、こちらに向けて放たれる。
風の攻撃魔法だ。
ララリとリアスも防御しようとしたが、それよりも早く、セシリアの魔法が四人を包み込んだ。風の刃は弾き飛ばされ、空に消える。
結界が消えた王城の前には、アルヴィンの言っていたようにフィンが立っていた。彼の視線は虚ろで、魔法が防がれたことにも動揺した様子はない。
そのままゆっくりと手を掲げて、立て続けに魔法を放とうとする。
だがそれよりも早く、アルヴィンが動いた。
結界を破壊した彼は素早く剣を抜き、間合いを詰めた。動きに合わせて後退しようとしたフィンだったが、アルヴィンの動きに対応できず、体勢を崩して膝をついてしまっていた。
(怖いなんて言っていられない。わたしも、ちゃんと戦わないと)
だがアルヴィンは接近で戦っているため、攻撃魔法を使うことはできない。セシリアの役目は、補助魔法と治癒魔法だ。
「セシリア様」
アルヴィンの姿を目で追いつつ、魔法を使うタイミングを計っていたセシリアに、リアスがそっと声を掛ける。
「申し訳ありません。我らは、王女殿下の救出に向かおうと思います」
切羽詰まった声に、王女の状態があまり良くないことを知る。
「ええ、ここはわたしたちに任せて。ただ、近くに王太子殿下がいるかもしれないわ」
フィンが自分に速度を上げる魔法を掛けた。アルヴィンにも同じ魔法を掛けてから、セシリアはふたりにそう答える。
「ですが、今は一刻の猶予もありません。私も多少は、攻撃魔法が使えますから」
たしかに王女はあまり良い状態ではないと、アルヴィンも言っていた。彼女を救うためには、治癒魔法が使えるふたりを向かわせたほうがいい。
「……わかったわ」
セシリアは頷き、ふたりに防御魔法を掛ける。
「気を付けて。王女殿下を保護したら、すぐに王城から出て」
「でも、そうしたらおふたりは……」
「王女殿下が回復して証言してくれたら、騎士団を動かせる。魔導師団も。わたしたちはそれまで、ここで彼らを抑えるわ」




