逆襲
それからセシリアは、ゲームとこの世界の違いをじっくりと考えてみた。
ゲームでは、ヒロインに嫉妬した悪役令嬢のセシリアが魔族に惑わされ、その力を得てこの国を滅ぼそうとした。
セシリアは黒い瘴気で一般人を操り、国内のいたるところで騒動を起こした。魔物の活動も活発になり、ヒロインが王都に命懸けで結界を張ったのもこの頃だ。
だが、現実は違っている。
悪役令嬢に値するのは王女であるミルファーだと思われるが、彼女は魔族とは直接関わっていない。
代わりに魔族に魅入られてしまったのは、王太子であるアレク。
本来の彼は少し気弱だが、誠実で優しい人物だ。
魔力至上主義のこの国で、妹よりも劣る彼は追い詰められていった。彼はゲームの悪役令嬢のように、その嫉妬や劣等感を魔族に利用されてしまったのかもしれない。
それでも彼の側近のフィンが、魔を退ける魔道具の作り方を記した本を発見したことによって、解決する兆しが見えてきた。
アルヴィンによると、その魔道具は、魔族の力を封じて大幅に弱める効果があるらしい。魔の影響をほとんど受けなくなるので、フィンやダニー、王女ミルファーのように、負の部分を闇の力で強調されていた場合は、すぐに正気に戻ると思われる。
しかし長年のコンプレックスで、彼自身の性質が歪められてしまっていた場合は、事情が異なる。魔の影響がなくなると多少は改善されるだろうが、元の彼に戻るには、長い年月が必要かもしれない。
だがアレクには、彼を慕い、寄り添ってくれるヒロインがいる。
(そこは、ヒロインに任せるとして、わたしたちは魔族との戦いに備えるべきよね)
決意を込めて、両手を握りしめた。
魔道具の材料をすべて揃えるには、数日かかる。それさえ揃ってしまえば、アルヴィンが完全な魔道具を作ってくれるだろう。
だがその魔道具が完成する前に、魔に魅入られた王太子アレクは、セシリアが想像もしていなかった場所から攻撃を開始した。
セシリアは、王城で王女ミルファーが襲われたという話を聞いて驚愕する。
「まさか、王女殿下が!」
彼女は王城にある自分の部屋で、意識のない状態で発見された。王女の守護騎士は、彼女を守るようにして倒れていたそうだ。
近衛騎士や騎士団が常在している王城で、よりよって王女が襲われた事件に、王城内は騒然としているようだ。
しかも、かなり高い魔力を持つ王女がなす術もなく倒されている。
日中に起きた事件にも関わらず、怪しい人影を見た者がいなかったことから、相手は魔物ではないか。王都の結界はまったく効果がないのではないかとも言われているらしい。
きっと、犯人は王太子のアレクだ。
敵は外部から侵入したのではなく、最初から王城にいた。
魔物ではなく魔族の力を使って、彼は自分を侮り、嘲笑っていた妹にとうとう復讐をしたのだ。
まさか王女が襲われるとは思わなかった。
しかも王城は責任の所在を、王都の結果を張ったアルヴィン、そしてブランジーニ公爵家に向けようとしている。
もちろん、王都の結界は完璧だ。それは、誰が見ても明らかな事実。
でも王女を守れなかった者達は、責任を取ってくれる人間を必要としている。
ここでセシリアが、犯人はきっと王太子だと言っても誰も信じない。
それどころか、はっきりとした証拠もないのに王太子に罪を着せようとしたとして、逆に裁かれてしまうだろう。事情を知るフィンやララリでさえ、何も言えないだろう。
(……どうしよう。まさか、こんなことになるなんて)
王女の意識が回復すれば、きっと犯人は兄であると証言してくれる。
でも彼女は昏睡状態だ。彼女の守護騎士に至っては、助かるかどうかも難しい状態らしい。
王女に治癒魔法を使わせてほしいと頼み込むが、疑いのある人間を重体の王女に近寄らせるわけにはいかないと、断られてしまった。
王都に住む人達を守るため、王家に忠誠を示すために膨大な魔力を消費して結界を張ったセシリアとアルヴィンに、何の疑いがあるというのだろう。
王都の結界を故意に壊して、王女を襲わせたのではないかという、的外れな疑いを向けられたまま、王女の回復を待つしかないのだろうか。
焦るセシリアに朗報をもたらしてくれたのは、ララリだった。
彼女は自由に動けないセシリアに代わって、いろいろと情報を集めてくれていた。
「昔からお世話になっている、神官様がいるのです」
それは、クリスタルを清めてもらう予定だった、あの攻略対象の神官だろう。
彼が王城に赴いて、王女ミルファーの治療をするようだ。
ゲーム上では優しく穏やかで、まさに神官にふさわしい好青年だった。
茶色の髪に黒い瞳をした平凡な青年だったが、治癒能力に優れていて、第二部のヒロインの旅では大活躍をする。その便利さからいつもパーティメンバーに入れていると好感度が上がりすぎてしまい、好きなキャラのエンディングが見られなくなってしまうこともあった。
それほど有能な神官なら、確実に王女を癒してくれるだろう。
でも、今までの攻略対象はすべて、魔族に魅入られて敵になってしまっている。
彼は本当に大丈夫なのだろうか。
その不安を口にすると、ララリは大きく頷いた。
「もちろん、大丈夫です。リアス様の人柄は私が保証します。王都の結界についても、綻びなどまったくない、見事な結界だと言っていました。きっとおふたりの援護をしてくれると思います」
ララリがそう言うなら、信用しても大丈夫かもしれない。それによって王女が回復すれば、セシリアも自由に動けるようになる。
「リアス様は、私にとって兄のような存在なのです」
彼との関係を尋ねると、ララリはそう言って微笑む。
「私は町で暮らしていたときから、神殿に通っていました。癒しの魔法が使えるので、そこでお手伝いをしていたんです。私に魔力があることを知っていたリアス様が、お母様が亡くなったときに、お父様を探す手伝いをしてくれて。お父様に会いに行くときも、付き添ってくれました」
たしか彼自身も、貴族の血を引く庶子だったはず。
セシリアはゲームの内容を思い出しながら、ララリの話を静かに聞いていた。
自分と似た境遇のララリを気に掛け、彼女がきちんと魔法を学べるように、魔法学園に推薦してくれたのも彼だった。
「リアス様なら、きっと王女殿下を癒してくれます。だから、大丈夫です」
そう言って、セシリアを慰めてくれる。
「……ありがとう」
王都に結界を張り、王家に対する忠誠を示したのに、都合の悪いことが起こると簡単にこちらを切り捨てようとしてきた。そのことにショックを受けていたセシリアだったが、ララリの慰めにようやく表情を緩めた。
「わたしも信じて、待つことにするわ」
「はい。リアス様が戻られるまで、私が傍にいます」
何もできないかもしれませんが、と言う彼女に首を振る。こうして傍にいてくれるだけで、心強い。
壁に寄り掛かって腕を組み、ずっと外の様子を伺っていたアルヴィンが、ふいに顔を上げる。
「アルヴィン?」
緊迫した雰囲気を感じ取って、セシリアが声を掛けた。
「戻って来たようだ」
「!」
思っていたよりもずっと早かった。それを聞いたララリも、驚いた様子で立ち上がる。
王城に向かったばかりのリアスは、青ざめた顔して戻ってきた。
「リアス様、どうしたんですか?」
駆け寄ったララリが尋ねると、彼は悲痛な声で言った。
「王城に入れませんでした。強力な結界が張ってあるようです。私の力では、破ることができませんでした」




