信じる心
それから数日は、情報収集のために動いた。
どうやらフィンは、ここ数日学園に来ていないらしい。
部屋に引きこもって魔法の研究をしているようだと、ララリが彼の同級生から聞いてきた。
そしてセシリアの兄のユージンも同じように、数日前から学園に来ていなかった。
あの儀式の日から、セシリアは何度も兄に連絡を入れている。
でも、一度も返事が返ってきたことはなかった。
アルヴィンに男子寮まで見に行ってもらったが、兄の部屋は鍵が掛けられていて、騎士も侍女も不在だった。兄と連絡が取れないと父に訴えても、無駄だということはわかっている。
さすがに心配だったが、セシリアが嫌で避けている可能性も否定できない。今の段階では、定期的に連絡をするしかなかった。
この日、セシリアはララリを自分の部屋に招いて、集めた情報の整理していた。
アルヴィンは魔封石を探すために町に出ていて、その間、彼が結界を張っている安全な部屋にいるようにと言われていた。
待っているだけなのはもどかしいが、自分がおとなしくしていることこそ、彼の負担を減らす一番の方法だと知っている。
それに、ララリがたくさん情報を集めてくれていたので、彼女を招いて話を聞くことにしたのだ。
「フィン様のことなんですけど、理由が魔法の研究ということで、学園でも大目に見ているところがあるようです」
ララリはそう言って、少し首を傾げる。
「それでも、さすがに一度は顔を出すようにと言われているらしいんですが、もう少し待ってほしいと答えているようです。彼が何の魔法を研究しているのか、それはさすがに聞けませんでした」
「そう。ありがとう」
ララリのことを庶民出身だと侮る者もいるが、人懐こくて明るい彼女のことを受け入れてくれる人も多い。彼女はセシリアでは聞けないような話も、たくさん聞いてきてくれた。
「その研究している魔法が、人に危害を加えるようなものでなければいいけど」
思わず溜息をつく。
疑うようなことはしたくないが、ダニーや兄の様子を見ていると、フィンが王太子と無関係だとは思えない。
彼の性格が、ゲームのときよりも好戦的になっていることも気に掛かる。ダニーのことを考えると、それは黒の瘴気の影響ではないかと考えていた。
「あの、セシリア様」
声を掛けられて我に返ると、ララリが沈んだ顔をしてこちらを見つめていた。
「どうしたの?」
「アレク様は、毎日登校されているようです。でも以前とはまったく違う、冷たい顔をされるようになりました。……アルヴィン様の言っていたように、元のアレク様に戻るのは難しいのでしょうか」
あの問答のあと、ララリの前で取り繕う必要がなくなったのか。
それとも魔族の支配が強くなったのか。アレクは、ララリに以前のような優しさを見せなくなったようだ。
不安そうなララリの手を、セシリアは励ますように握りしめる。
「あなたが信じないと駄目よ。アルヴィンは、少し人嫌いなところがあるから、言動がきついかもしれないけれど、あまり気にしないで」
アルヴィンは相変わらず、セシリアの前でしか笑わない。セシリアの侍女やララリにも、自分から話しかけることはない。
彼の過去を知ってしまった今、ひょっとしたらアレクやダニー、兄よりも、彼の他人に対する絶望は深いものかもしれないと思う。
そんな彼が闇に落ちなかったのは、セシリアのお陰だと言ってくれた。
愛にはたしかに、人を救う力がある。
それをセシリアは知っている。
だからララリにもこう言った。
「あなたの愛が、きっと王太子殿下を救ってくれる。わたしはそう信じているわ」
ララリはそんなセシリアに目を奪われたように、しばらくの間呆然としていたが、やがて我に返ったように頷く。
「そうですよね。私が信じなきゃ。すみません、弱気になってしまって。アレク様のために頑張ります」
前向きで、明るいララリ。
きっと彼女ならヒロインらしく、望む未来を勝ち取るだろう。
夕方になると、ララリが戻るのと入れ違って、アルヴィンが戻ってきた。あまりいい成果を得られなかったのか、少し疲れたような顔をしてソファーに座り込む。
「アルヴィン」
傍によると、手を引かれた。導かれるまま、彼の隣に座る。
「大丈夫?」
「ああ。少し疲れただけだ。それより、情報の整理はできたか?」
「ええ。やっぱり彼は、魔法の研究をしているらしいわ。それが何の魔法なのか、まだわからないの」
「……魔法の研究か」
アルヴィンはしばらく考え込んでいたが、王太子は? と問いかけた。
「普通に学園には通っているらしいわ。でも、雰囲気が随分変わってしまったと嘆いていた」
「そうか。あまり時間は残されていないのかもしれないな」
魔封石探しは難航しているようだ。一般に流通しているようなものではないし、そもそもかなり入手困難な品だ。
「王太子殿下に関しては、きっとララリがいるから大丈夫。だって彼女はヒロインなのよ?」
楽観的なセシリアの言葉に、アルヴィンは苦笑する。
「ヒロイン、か」
「愛が人を絶望から救い出してくれることを、わたしたちは知っているもの」
そう言うと、アルヴィンはふと表情をあらためて、セシリアの手を握る。
「ああ、そうだ。俺の憎しみや悲しみ、憤りをすべて過去のものにしてくれたのは、セシリアだった」
ずっと険しい顔をしていたアルヴィンの表情が、優しく和らいだ。
「彼女にも、同じことができると?」
「わたしはそう信じている」
きっぱりと告げた。
「俺は王太子も、彼女のこともあまり信じていない。だがセシリアが信じているというのなら、俺もそうしてみよう」




