敵の正体
王女が立ち去る気配がして、セシリアは慌ててその場から離れた。彼女は会議室から出ると、ひとりで颯爽と立ち去っていく。
そういえば、今回の王女はあまり守護騎士を連れていない。
「悪役令嬢」だったセシリアもそうだった。
アルヴィンがいない世界のセシリアの守護騎士は、普通の貴族の少年だった。
だが悪役令嬢だったセシリアは、彼を伴ったことは一度もない。
自分よりも弱い守護騎士など、連れて歩くだけ無駄だと思っていた。
(王女殿下も、そうなの?)
思えばあの魔力測定試験のとき以降、彼女の守護騎士を見ていない。学園には通っているはずだが、王女は今回だけではなく、いつも連れていないのだろう。
もし、王女であるミルファーが、この世界の悪役令嬢のポジションにいるとしたら。
(魔族に魅入られているのも王女殿下なの?)
ダニーと兄のユージンを黒い瘴気で操っていたのも、彼女なのだろうか。
(……ううん、違う気がする。セシリアは、悪役令嬢はヒロインに対する嫉妬と羨望から、魔族に魅入られてしまった。本当は、誰からも愛されるヒロインが羨ましかったから。でも王女殿下には、ヒロインに対する嫉妬も羨望もない……)
国王陛下も王妃陛下も、王太子であるアレクよりも王女のミルファーを頼りにしている様子だった。放っておかれているとはいえ、彼女の守護騎士も、王女を大切に思っていたはずだ。
両親にも兄にも愛されなかったセシリアとは違う。
ならば、魔族に魅入られてしまったのは誰なのか。
絶望と嫉妬、そして羨望に身を焦がし、破滅への道を歩き始めてしまったのは、いったい誰なのか。
「セシリア」
アルヴィンが小声で名前を呼び、誰かから守るように、その身体を腕の中に引き寄せる。
(アルヴィン?)
自らの思考に沈んでいたセシリアは、彼の突然の行動も驚くも、会議室の中から聞こえてきた暗く沈んだ声に、思わず息を呑んだ。
「力さえ……。もっと強い魔力さえあれば、ダニーを守れた。ユージンだって、魔力がなくてあんなにも苦しんでいる。もっと……。もっと強い魔力を……」
「!」
背筋がぞくりとして、セシリアは自分を抱きしめてくれているアルヴィンにしがみついた。
あの暗い声。絶望。嫉妬。羨望。
魔族に魅入られ、すべてを滅ぼそうとした「悪役令嬢」だったセシリアには、覚えのあるものだ。
(まさか、王太子殿下が? そんなこと……)
ヒロインのララリの想い人で、メインヒーローだったアレクが魔族に魅入られるなど、あってはならないことなのに。
震えるセシリアを、アルヴィンはその場から連れ出してくれた。
(どうしてこんなことに……)
中庭の大きな木の下に座り、アルヴィンの腕にしがみついていると、少しずつ心が落ち着いていく。
「アルヴィン……。魔族に魅入られていたのは、彼だったのよ。何てことなの……」
思えばダニーは彼の側近だし、兄のユージンも王太子とは同級生だ。妹より魔力が劣って悩んでいるという、共通の悩みもある。ふたりが親しくなっていても、おかしくはない。
でも、まさか魔族に魅入られていたのが王太子であるアレクだとは思わなかった。
これからどうしたらいいのか。
彼に想いを寄せている、ララリはどうなるのか。
困惑しているセシリアとは裏腹に、アルヴィンは冷静だった。
「それだけ力を欲していたのだろう。だが、力さえあればすべて解決できると思っている時点で、王太子は甘すぎる。世の中はそれほど単純ではない」
強い魔力さえあれば何もかもうまくいくのなら、悪役令嬢になっていたセシリアも、これほど強い魔力を持っているアルヴィンも、幸せになっていたはずだ。
でも実際はそうではないことを、セシリアもよく知っている。
それに、王太子はダニーをとても気にかけているように見えたが、あの黒い瘴気のことを考えると、彼を操っていたのはアレクだということになる。
そして、セシリアの兄のユージンのことも。
(そう考えると、の儀式のとき見たのは、やっぱりお兄様だったのね)
その日のことを思い出して、セシリアは顔を上げた。
「王太子殿下が魔封石を持ってきたのは、故意だったということ?」
兄のユージンを使って魔石を盗み出させ、代わりに危険な魔封石を使わせたのか。
「そうなるな。俺が目障りだったのかもしれない」
アルヴィンは、あっさりと頷いた。
魔力が高く、両親にも周囲にも期待されている妹のミルファーに悩まされていたアレク。
彼にとって、そのミルファーよりも遥かに魔力の強いアルヴィンの存在はたしかに脅威だったのかもしれない。
思えばダニーが狙ったのも、アルヴィンだろう。
でもそのダニーは、相手にもならなかった。
それによって、アレクはますますアルヴィンを恐れ、とうとう魔封石を使ったのだとしたら。
(もしあのとき、わたしが傍にいなかったらアルヴィンは……)
ララリは、彼を少し気弱だが優しい人間だと言っていた。
でも、それは違う。
「優しい人間は、そんなことはしないわ。自分の側近を利用したり、お兄様にあんなことをさせたりしない」
「そうだな。だが、すべてが彼自身の意思ではないかもしれない」
「……操られている、ということ?」
彼に目をつけた魔族によって、負の感情が増大させられている可能性もある。
アルヴィンの言葉によって、その可能性に気が付いた。
「まだ、間に合うと思う?」
アルヴィンに尋ねると、彼は難しい顔をする。
「見込みがまったくないとは思わないが、簡単ではないだろう。あれほど強い執着を捨てるのは……」
「……でも」
「どちらにしろ、彼を止めるには魔族を倒さなくてはならない。できるだけ早く、魔封石を探そう」
「ええ、そうね」
セシリアは頷き、アルヴィンの胸に頭を摺り寄せる。
こんなに早く、魔族と戦うことになるとは思わなかった。予想外のことばかりで、心が追い付かない。
それでも、魔族がもうこの国に出現してしまっている以上、戦うしかない。
ふと、セシリアはあることに気が付いて顔を上げた。
「王太子殿下の傍にいた、もうひとりの側近候補。あのひとも、もしかしたら……」
魔導師団長の息子で、王太子の側近だったフィン。
王太子がセシリアの部屋に押しかけたあの日から、彼の姿を見ていない。でも彼もダニーや兄と同じく、王太子に近い者のひとりだ。
そもそもダニーもフィンも、ゲームの攻略対象だったときとあまりにも様子が違っていて、それが不思議だった。
もしかしたら彼も、ダニーや兄と同じように黒い瘴気に操られている可能性もある。
「探ったほうがいいかもしれないな」
アルヴィンも真剣な顔をして頷いた。
ゲームの知識によれば、彼は学園内の図書室か、もしくは魔法訓練所にいることが多かったはずだ。
セシリアはアルヴィンとともに、彼を探すことにした。




