この世界の「悪役令嬢」
ふたりでゆっくりと昼食を楽しんだあと、教室に戻る。
時間ギリギリで教室に戻ってきたララリは、アレクには会えなかったと肩を落としていた。
学生であるが、彼は王太子だ。
いろいろと忙しいのかもしれない。
落ち込むララリを慰めているうちに、午後の授業が始まる。
魔法の仕組みについて解説しているのはまだ若い男性で、魔導師団に所属しているエリートらしい。
そのせいで女生徒からはかなり人気のようだが、セシリアは当然のことながら、彼にまったく興味がない。
むしろ授業は知識をさらけ出しているだけでわかりにくく、やはり先生は知識と経験が豊富な人の方がいいなどと考えていた。
それなのに、彼はやたらとセシリアに近寄るものだから、アルヴィンに威圧されて教師としての威厳まで失いそうだ。
溜息をつきながらも、それでも無事に授業を終える。
いつもならすぐに駆けよってくるはずのララリは、すぐに席を立った。
おそらくアレクを探しに行ったのだろう。
「どうする?」
それを目で追っていたセシリアは、アルヴィンの呼びかけに顔を上げる。
「そうね。探すのくらい、手伝ってあげた方がいいかしら」
学園は広いし、王太子であるアレクの行動範囲は広い。
もしすでに王城に戻っているのなら、それを教えてあげなければ、ララリはいつまでも探しているかもしれない。
「わかった」
アルヴィンは頷き、セシリアとともに教室を出る。
でもその彼が浮かない顔をしていることに気が付いて、思わず足を止めた。
「アルヴィン、どうしたの?」
彼がセシリアの前でこんな顔をするのは、初めてかもしれない。
「ふたりに協力するのは、嫌?」
「そんなことはない。むしろ、セシリアの見た予言では婚約者になったかもしれない王太子が、他の女性を選ぶなら喜ぶべきことだ。ただ……」
アルヴィンは言葉を切り、手を差し伸べる。
セシリアは迷うことなくその手を握った。
「ただ?」
「せっかく想いが通じたのに、ふたりきりになれる時間がなかなか取れないと思っただけだ」
「!」
たしかに学園ではいつもララリが傍にいたし、寮に戻ればふたりの侍女がいる。ずっと一緒にいるとはいえ、ふたりきりになることがほとんどないと気が付いた。
「ごめんなさい。じゃあ今日は、このまま帰る?」
「いや、謝る必要はない。ただ俺が、セシリアを独り占めしたいだけだ」
「……」
思わず頬が染まる。
想いが通じ合ったという自覚はあっても、こうやって面と向かって甘い言葉を囁かれると、何だか恥ずかしくなってしまう。
「じゃあ今度のお休みに、ふたりでどこかに出かけよう? わたし、気合を入れてお弁当を作るわ」
でもセシリアだって、アルヴィンのことが好きだ。ふたりきりになりたいと思う気持ちもある。
だから思い切ってデートに誘ってみた。
「ああ、そうだな。楽しみにしている」
アルヴィンがすぐにそう返事をしてくれて、セシリアも嬉しくなって微笑んだ。
(お弁当、何を作ろうかな。サンドイッチは今日作ったから、今度はハンバーガーみたいなの作ってみようかな?)
彼のために料理をするのは、セシリアにとっても楽しい時間だ。
でも今日は、ララリのためにアレクを探そう。
「会議室、職員室、あとは……図書室とか?」
「そうだな。その辺りから探そう」
ふたりとも新入生なので学園内は詳しくないが、授業が終わったばかりなので、まだ寮にも戻っていないはずだ。
いろいろな場所を探していると、ふと王女であるミルファーを見かけた。
彼女なら、兄である王太子の居場所を知っているかもしれない。
そう思って声をかけようとした。
だが、ミルファーは急いで会議室に入っていく。
用事があったのだろう。王女に話しかけることを諦めて、その場を立ち去ろうとした。
そのとき、会議室の中から声がした。
「お兄様、ダニーに手紙を出したと聞きました。それは本当ですか?」
ミルファーが話しかけていた相手は、探していたアレクのようだ。
驚いたのは、その口調が今までのミルファーの印象とはかけ離れて、とてもきついものだったからだ。
「ああ。どうしているのか、様子が気になったから手紙を出した。父にも報告している」
アレクは今も、側近だったダニーのことを気にしていたのだ。
王太子としてはたしかに甘いかもしれないが、ララリの言うように、本当に優しい人なのだと思う。
だが。
「あのような犯罪者に、まだ関わるつもりですか?」
聞こえてきた冷たい声に、思わず息を呑む。
これは本当に、あの王女なのだろうか。
アレクはたとえ罪を犯してしまっても、友人には変わりがないと反論しているようだ。
だが、ミルファーはそんな兄にきつい言葉を投げつけ、さらに儀式のときの話まで持ち出して、アレクを役立たずと罵った。
(これは……。まるで、悪役令嬢だったセシリアのような……)
セシリアもこうして、ヒロインや王女のミルファーを罵っていた。
彼女たちをわざわざ呼び出して、役立たずだと嘲笑っていたのだ。
思えば今の王女はかつてのセシリアのように、学園で一番魔力が強い。
王太子である兄よりも、ミルファーの方がずっと強いのだ。
王女であるミルファーさえも蔑んだセシリアのように、今のミルファーもまた、魔力の強さに傲慢になり、王太子である兄にさえ、こんな態度をするようになったのか。
(この世界の悪役令嬢は、王女殿下なの?)
ヒロインの良きライバルで、切磋琢磨しながら互いに成長していたあの王女が、まさか悪役令嬢のようになってしまうなんて思わなかった。




