ヒロインの恋
でも、この世界はゲームではなく現実だ。
セシリアが悪役令嬢にならなかったからといって、誰かがその役目を担うことなんてないはず。
(冷静に、よく考えてみよう)
アルヴィンの肩に寄り掛かったまま、セシリアは目を閉じて考える。
ララリはゲームのままの、無邪気で明るい性格のようだ。
あの日も、目立っていたセシリアとアルヴィンのことが気になって、話しかけてきただけなのかもしれない。それを、ゲームの知識に引きずられて過敏に反応してしまった。
(ヒロインにも攻略対象にも関わりたくないけど……。あまり避けるのも不自然なのよね)
むしろ、平民だったララリを蔑んでいると誤解されてしまうかもしれない。それだけは、避けたいところだ。
それに、ゲームとはまったく違うことばかりのこの世界で、ヒロインであるララリの変わらなさは、少しだけ救いでもあった。
普通のクラスメートとして、接するくらいなら。
セシリアはそう思い、変に避けたりせずに普通に接しようと決意する。
きっと、それが一番無難だろう。
それから先生が入ってきて、ようやく初めての授業が始まった。
アルヴィンはセシリアの体調を心配していたが、もう大丈夫だと笑ってみせた。ここでまた欠席をして、これ以上目立ってしまうのは避けたいところだ。
午前の授業も無事に終わり、昼休みになった。
セシリアはララリを避けたりせずに、普通に接していこうと思っていることを、アルヴィンに伝えた。
彼は複雑そうだったが、それはセシリアがララリと接するたびに体調を崩してしまったのが原因だろう。
それを除けば、ララリは警戒するような存在ではないようだ。
「魔力も普通だし、悪意も感じない。ただの平凡な女、といった印象だった」
セシリアも、彼女をゲームのヒロインとして見なければ同じだ。
普通のクラスメートとして接する分には、問題ないだろう。それがふたりで出した結論だった。
だが。
「セシリア様! おはようございます!」
なぜか、ものすごく懐かれてしまった。
笑顔で駆けよってくるララリを、セシリアは複雑な心境で迎えた。
最初は、ただのクラスメートとして接しているつもりだった。
でも公爵令嬢のセシリアと、庶民出身のララリは、互いに別の理由とはいえ、クラスの中では孤立している存在だった。
しかもセシリアにはアルヴィンがいるが、ララリには誰もいない。
周囲に馴染もうと必死になっていたり、ひとりでぼつんと座っている姿を見てしまうと、胸が痛む。
そして、つい声をかけてしまうのだ。
「セシリアには無理だろう。ああいうのを放っておけない」
アルヴィンにも、そう言われてしまった。
何度か隣に座ったり、昼食に誘ったりしているうちに、すっかりと懐かれてしまったのだ。
(……ああ、もう。できるだけ関わらないつもりだったのに)
思わず溜息をついてしまう。
でもララリも守護騎士について学んだのか、あれ以来アルヴィンに話しかけることはなかった。
魔法について聞きたいことがあっても、セシリアを通して尋ねるくらい徹底していた。
今のところ、攻略対象である彼らとも、まったく接触していないようだ。
(これからどうなるのかな……。まったく予想がつかないのよね)
そんなことを考えているうちに、今日も午前中の授業が終わったようだ。
この日は天気が良かったこともあって、ひさしぶりに昼食にサンドイッチを作った。それを学園の中庭で食べようと思って、持ってきたのだ。
アルヴィンは朝から楽しみにしていたようで、朝からずっと機嫌が良い。今も授業が終わると、すぐに立ち上がった。
「セシリア様!」
同時に、ララリも駆けよってきた。
「お昼をご一緒してもよろしいですか?」
「ええ。でもわたしたち、今日は中庭で食べようと思っているの」
「はい、私もお弁当を持ってきたので大丈夫です」
アルヴィンとララリと一緒に、中庭に向かう。
大抵の生徒は学園内にある食堂で食べるようで、人影はほとんどいなかった。中庭の中央に植えられている大きな木の陰にシートを敷いて、並んで座った。
「セシリア様が作ったんですか? すごく、おいしそうですね」
広げたサンドイッチを見てララリが感嘆の声を上げるが、すかさずアルヴィンがやらんぞ、と低い声で言う。
「アルヴィンったら。たくさん作ったから、大丈夫よ」
いつも無表情でそっけないアルヴィンが、セシリアの前だと自然に笑ったり、子供のように拗ねたりする。
それを見ていたララリは、少し切なそうに俯いた。
「セシリア様が、少しうらやましいです……」
「え?」
まさか、アルヴィンのことが好きなのだろうか。
思わずそう考えて身を固くするセシリアに、ララリは弱々しく笑う。
「私も、好きな人がいるんです。身分違いで、学園でもなければ話しかけることもできないような人で。でも、急に学園に入ることになった私をとても優しく気遣ってくださいました」
「好きな人……」
まさかララリにそんな人がいたとは思わず、セシリアは彼女を見つめる。
誰からも愛されるヒロインだ。
彼女ならどんな恋でも叶えられるのにと思うのは、偏見なのだろうか。
「はい。魔法に関する本をたくさん頂いたこともあります。入学前に、学園内を案内してくれたこともありました」
そこまで聞けば、セシリアにもララリの想い人が誰なのかわかった。
「アレク王太子殿下?」
入学前の生徒に学園内を案内できるのは、彼しかいない。
「……はい。身分違いなのは承知しています。ただ、私がひとりで想っているだけです」
泣きそうな顔で笑うララリに、セシリアは首を振る。
(そんなことはないよ。彼はメインヒーローだし、あなたはヒロインなんだから)
むしろ王道カップルだ。
「もちろん、私のことを愛してほしいなんて思っていません。たまに会えるだけで、話せるだけで満足です。……でも最近、元気がないみたいで心配なんです」
「王太子殿下が?」
「はい」
ララリは祈るように両手を組み合わせて、頷いた。
「落ち込んでいたり、悲しそうだったり。たまに、すごく思い詰めたような顔をしているときもあって。すごく、気になって」
それはきっと、儀式での失敗のせいだろう。
国王の代理として出席した儀式で、魔石を盗まれたし、間違えて魔封石を出してしまったのだから。
「王太子としては優しすぎるとか、気弱で頼りない、なんて言われていることも知っています。でも私は、そんな彼の優しさに助けられたんです。何か私にできることがあったら、とつい思ってしまって」
「それは直接、彼に伝えてあげたほうがいいと思うわ」
セシリアはそう言って、微笑んだ。
「きっと殿下も心強く思うでしょう」
「……本当ですか?」
「ええ、もちろん」
ヒロインがメインヒーローとくっつくのならば、セシリアとしても安心だ。
「うん、頑張ります。私はあの方に、少しでも元気になってほしいんです」
ララリはせっかく持ってきたお弁当をしまうと、立ち上がった。
「すみません、セシリア様。私、行ってきます」
「がんばってね」
「はい!」
ララリは笑顔でそう言うと、走り出していく。
今日ばかりは、貴族の子女としてはしたないと言う気にはなれなかった。
「上手くいくかな?」
「……どうだろうな」
アルヴィンはサンドイッチを摘まみながら、さして興味がなさそうに呟いた。
セシリアは彼のためにポットから紅茶を注ぎながら、ひそかにヒロインの恋を応援していた。




