変わった配役
結果だけを見れば、儀式は一応、成功に終わった。
王都にはひさしぶりに結界が張られ、セシリアは父の代理という役目を無事に終わらせることができた。
魔封石のことは、それが禁忌の品であることも考え、儀式に立ち合った高位貴族にも、その存在を伝えないことになったようだ。
それでも魔石が紛失したのは王城内であること、魔封石と取り違えたのは王太子であるアレンだということで、国王陛下から謝罪があった。
もともと、ブランジーニ公爵家の忠誠を示すための儀式だ。無事に終わったこともあり、それ以上追及する気はない。
でもそれも、アルヴィンが無事だったからだ。もし彼に何かあったら、セシリアはアレンを許せなかった。もしアルヴィンを失ってしまえば、ゲームの悪役令嬢以上に暴走してしまっていたかもしれない。
それを伝えると、アルヴィンは神妙な顔をした。
「セシリアを破滅させないためには、俺自身にも気を付けなくてはならないな」
「ええ、もちろんそうよ」
深く頷く。
彼がそれを自覚してくれたことが、嬉しかった。
そして、学園も明日には再開することになった。
むしろ登校初日にいきなり休止になってしまったのだから、セシリアとしてはようやく通えるという気持ちだ。
「さすがにもう、何も起こらないよね?」
明日の準備をしていたセシリアは、ふと不安になり、思わずそう口にしてしまう。
「ああ、大丈夫だ。もし何かが起こっても、俺が傍にいる。何も心配するな」
傍にいてくれたアルヴィンが、そう慰めてくれた。
「……うん、そうね」
今までいろいろなことがありすぎて、少し疑い深くなっていたのかもしれない。でも明日からは学生として、しっかりと魔法を学ぼうと思う。魔力の制御はもう問題ないが、セシリアには経験が不足している。
それを補うためにも、勉強は必要だ。
「ようやく学園生活が始まるんだから、しっかり頑張らないと。アルヴィン、ずっと傍にいてね?」
「ああ、もちろんだ」
その返答に安心して、笑みを浮かべた。
翌朝、セシリアは久しぶりに制服に着替え、アルヴィンとともに学園に向かった。
今日は何事もなく教室まで辿り着き、ほっとする。
学園の教室は、高校というよりは大学のような雰囲気だ。
いくつかの長い机と椅子がずらりと並んでいて、席はとくに決められていないようだ。セシリアは一番前の右側の席に座り、魔法書を取り出した。その隣にはアルヴィンが座る。
授業が始まるまで魔法書を読んで過ごそうと思っていた。
けれど、そんなセシリアに誰かが話しかけてきた。
「おはようございます! あの、隣に座ってもいいですか?」
甘く澄んだ、可愛らしい声。
間違いなく、ヒロインであるララリの声だった。
顔を上げると、ララリがにこやかに微笑みながら、こちらを見つめている。
ゲームではアイドルとしても人気の高い声優が担当したこともあり、発売当時は女性だけではなく、多くの男性が、その声優目当てにゲームを購入したようだ。
恋愛系ゲームとかけ離れたあの第二部は、その男性客をターゲットにしていたのではないか。ゲーム雑誌のレビューに書かれていたことを思い出す。
(ええと、何でヒロインがわたしに?)
長い机に、椅子は三つ並んでいる。セシリアとアルヴィンが座れば、ひとつは空席になるので、誰かが座ることになるのはわかっていた。
でもまさかヒロインが、わざわざ話しかけてくるなんて思わなかった。
「……どうぞ」
本当は嫌だと言いたかったが、そんなことを言ったらヒロインをいじめる悪役令嬢ルートに入ってしまいそうで、怖かった。
「ありがとうございます」
ヒロインは笑顔でそう言うと、嬉しそうにアルヴィンの隣に座る。
アルヴィン目当てかと思ったが、それにしてはララリは、セシリアばかり見ていた。
「あの、私はララリ・エイターといいます。町で暮らしていたんですが、魔力があることがわかったので、お父様に引き取られました」
「そ、そうなの。大変だったわね」
何と言えばいいのかわからず、困惑しながらもそう言うしかなかった。
「あの、交流会のとき、いきなり話しかけてすみませんでした。お父様に引き取られたばかりだから、まだ礼儀とか勉強中で。守護騎士という制度もあまりよく知らなかったんです」
ララリはそう言って頭を下げる。
(ああ、そういえばそうだった。ヒロインは、いきなりアルヴィンに話しかけたのよね)
何だかもう、遠い昔の話のようだ。
あのとき、セシリアはヒロインの存在を知り、ここが前世でプレイしていたゲームの世界だと知って、気分が悪くなって倒れてしまったことを思い出す。
「気にしなくてもいいわ。知らなかったのなら、仕方がないもの」
そう言いながら、何だか既視感を覚える。
この状況で、この会話。どこかで見たような気がする。
「セシリア?」
黙ってふたりの様子を見守っていたアルヴィンが、心配そうに声を掛けた。
「大丈夫か?」
「アルヴィン。……ええ、大丈夫よ」
また倒れるわけにはいかないと、差し出された彼の手を強く握った。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
不安そうなララリの声に、胸がまたどきりとする。
「セシリアは身体が弱いんだ。少し静かにしていればよくなる」
代わりにアルヴィンが答えてくれた。
「……そうですか。うるさくしてしまって申し訳ありません。私は向こうに移動しますね」
ララリは心配そうな顔でそう言うと、ぺこりと頭を下げた。
「もしご迷惑じゃなかったら、これから仲良くしていただけると嬉しいです」
「ええ、そうね」
アルヴィンに掴まりながらその後ろ姿を見送ったセシリアは、今の会話をどこで聞いたのか思い出していた。
(ああ、あれはヒロインとライバルの……。ララリと王女殿下の会話だわ)
初対面で王女の守護騎士に話しかけてしまったララリを、王女は叱りながらも丁寧に理由を説明していた。
そしてヒロインは自分を庶民だと蔑まず、わからないことは丁寧に教えてくれる王女に懐くことになる。そうしてふたりは仲良くなりながらも、お互いをライバルとして高め合っていくのだ。
そのライバルとの会話をなぜか、ララリはセシリアと交わしていた。思えばライバルの王女の傍には、いつも彼女を守る守護騎士がいたのだ。
(どうして? わたしは悪役令嬢ではなく、ヒロインのライバル役なの? だったら悪役令嬢は誰が……)




