異世界の預言者
「わたしが転生者だっていうことは話したけど、そこでは、この世界を模倣したゲームがあったの」
「ゲーム?」
聞いたことのない言葉のようで、アルヴィンが首を傾げる。
立体的な本のようなものだと説明してみたが、通じただろうか。
「物語があって、それを読み進めていくんだけど、自分が選んだ選択肢によって未来が変わるのよ。この世界は、わたしが遊んでいたそのゲームとそっくりなの」
国の名前や歴史なども同じ。さらに登場人物として実在している人たちが出ていたことを話すと、アルヴィンはしばらく考え込んでいた。
「それは、予言の力を持っていた人間が、作ったものかもしれないな」
「予言?」
「ああ。だがその人が見た未来は、自分の世界のものではなかった。それでも予言者として無意識に、形のあるものとして残さなければならないと考えた」
もしその人物が漫画家だったら漫画として。
小説家だったとしたら、小説として。
それがたまたまゲーム制作者だったから、乙女ゲームという形になったのかもしれない。
「そっかぁ……。じゃあそのゲームをやったことがあるわたしが、この世界に転生したのも、偶然が重なっただけ?」
「セシリアがこの世界に転生したことに、意味がないとは思わない。ただ、この世界にも予言者はいるが、当たる確率はそれほど高くはない。セシリアがそのゲームで見たことがすべて、現実になるとは思えないな」
その言葉に、セシリアは深く頷いた。
「うん……。当たる確率がそれほど高くないっていうのは、今までのことでよくわかったわ。まず、わたしがプレイしたゲームには、アルヴィンがいなかったもの」
彼がいない。
それは、とても大きな違いだ。
「おそらくその予言の中の俺は、セシリアに出逢えなかったのだろう。少しでも時間がずれたら、あの場所で会うこともなかった。それに叔母が勇気を出して俺を逃がしてくれなかったら、今でもあの場所に囚われたままだったかもしれない」
「アルヴィンと出逢えたのは、わたしにとっても運命が変わるできごとだった。そのゲーム……。予言の中のわたしは、ひどい女でね。わがままで、傲慢で、多くの人を傷つけていた。前世の記憶が蘇ったこともあるけれど、何よりもアルヴィンとの出会いが、わたしを変えてくれたわ」
悪役令嬢の破滅フラグは、すべてアルヴィンが潰してくれた。
そう告げると、彼は幸福そうに微笑む。
「俺がセシリアとの出会いで救われたように、セシリアの救いになることができたのなら、これ以上嬉しいことはない。ふたりなら、どんな運命でも乗り越えられる」
「うん。わたしもそう信じている。正直に言って、これから先はどうなるのか、まったくわからないの。ゲームではわたしがヒロインをいじめて、いろいろな試練を与えるはずだけど、そんなことをする気はないし」
それに儀式も黒い瘴気も、第二部のイベントなのだ。
「黒い瘴気には、魔族が関わっていると言っていたな」
アルヴィンの問いに、セシリアはこくりと頷く。
「そう。ゲームでは、魔族に魅入られた人間が、他の人間を操るときに黒い瘴気を使うの。つまり、もうこの国には魔族と関わり合いのある人間が存在していることになる」
「魔族か。少々、厄介だな。向こうの世界ではどうやって倒していた?」
魔族は魔物と違って、滅多に姿を現すことはない。
でもその残忍さは魔物とは比べものにならないくらいで、餌を求めて人間を襲う魔物とは違い、自らの楽しみのために人間を苦しめたり、惨殺したりする。
さらに人間よりも何倍も魔力が強いという、まさに災害のような存在だ。
数が少なく、大陸にひとりかふたりいるくらいなのが、不幸中の幸いか。
でもこのシュテル王国はその魔族に狙われているのだから、幸いとは言えないのかもしれない。
「ゲームでは、儀式に使われてしまったあの魔封石で魔族を弱らせてから、倒していたの。でも、もうあの魔封石は使えないから……」
「他を探す必要があるな。心当たりはないが、いろいろと手を尽くしてみよう。あとはその魔族に魅入られた人間と、操られている人間は誰なのか、探る必要がある」
黒い瘴気が確実に見えたのは、ダニーだ。
「あと、お兄様がどうしてあの場にいたのか、魔石の盗難に関わっているのか、それを調べなくてはならないわ」
魔石が盗難された現場で警備兵が見た、黒い瘴気。
兄ではなかったとしても、魔石を奪った者が魔族に関係しているのはたしかだ。
「やるべきことは多いが、焦らずに少しずつ探っていくしかない。相手は魔族だ。なるべくひとりにならないように、ふたりで行動しよう」
「うん。アルヴィンと一緒なら、何とか頑張れそうな気がする」
すべてを話して、心は随分と楽になった。
その分アルヴィンに背負わせてしまったが、彼が言っていたように、ふたりならどんな運命も乗り越えられると信じている。
(あのゲームと同じようにならなくてよかった。アルヴィンと出逢えて、本当によかった……)
ふと肩に重みを感じて視線を向けると、目を閉じたアルヴィンがセシリアの肩に寄り掛かっている。
まだ魔力が回復していないのだろう。
セシリアは彼を支えるようにその背に腕を回すと、何も言わずに抱きしめた。
自分はもうひとりではない。
この世界は、アルヴィンとともに生きていく、大切な場所だ。
(魔族なんかに壊させたりしない。わたしはこの世界で生きていくと決めたんだから)
もうすぐ学園も再開される。
そうすれば、ヒロインとも顔を合わせなければならない。
彼女のこの世界での役割は、まだよくわかっていなかった。ヒロインは悪役令嬢にとっては敵だが、今のセシリアは悪役令嬢などではない。
ヒロインを見極める。
これだけはアルヴィンの手を借りずに、自分だけで済ませたい。彼をあまりヒロインに近付けたくなかった。
「セシリア、ひとりで突っ走るなよ」
そんな心の内がわかったかのように、アルヴィンはセシリアを見上げてそう言う。
「もちろん、わかっているわ」
セシリアの答えに安心したように、彼は頷いて目を閉じた。
穏やかな時間が流れる。
戦いの前の、束の間の休息かもしれない。
これから先の未来は、ゲームの知識には頼れないだろう。
ゲームとは違って、セーブもロードもできない。それでもセシリアの胸に不安はなかった。
隣にはアルヴィンがいて、セシリアの知識と不安をすべて共有してくれている。
それがこんなにも心強い。
(絶対に、幸せな未来を勝ち取ってみせる。わたしたちに待っているのは、きっとハッピーエンドだから)
そう固く信じて、そのまま眠ってしまったアルヴィンに寄り添った。




