儀式
あの黒い瘴気には、魔族が関わっている。
だから、気をつけてほしい。
儀式が間近に迫っている今、アルヴィンに伝えられるのはそれだけだ。この儀式を無事に乗り越えたら、今度こそすべてを彼に話すと決めていた。
あとは、魔石の代わりをセシリアが務めることについてだ。
「わたしはもう、魔力の制御に不安はないわ。危険だと思ったら、ちゃんと身を引くこともできる。だから、お願い。アルヴィンのことが大切で、心配なのよ」
必死にそう懇願した。
それに、今ならセシリアひとりでも王都の結界を張ることができそうだ。魔力はかなり使うだろうが、後遺症など残らない範囲だ。
アルヴィンにそう伝えると、彼は仕方なく頷いた。
「……そう言われたら、断ることはできないな。だが、けっして無理はしないように。あくまでも結界を張るのは俺だ。念のために少し、力を借りるだけだ」
「ええ、もちろんよ。無理はしないわ」
アルヴィンがようやく承知してくれたことが嬉しくて、笑顔になる。
一緒に魔法を使えば、もしアルヴィンに異変があったとしてもすぐに気が付くことができる。
それなのに、儀式が始まる直前に、王太子のアレクから代わりの魔石が見つかったという報告があった。
「代わりの魔石?」
アルヴィンが用意していた魔石はかなり大きく、特殊な造りになっていた。それと同じようなものが、簡単に見つかるとは思えない。
王城の宝物庫で見つかったということだが、それがあったのなら、最初から王太子も王女もあれほど慌てなかったのではないか。
(何だか嫌な予感がする……。でも……)
魔石はもう先に会場に運び込まれているらしく、確認することはできない。
「アルヴィン」
「どうした?」
不安を訴えると、彼も不審に思っていたようだ。
「その魔石は使わない。なるべく俺の魔力だけで結界を張るつもりだが、もし足りなかったら、そのときは頼む」
「……うん」
セシリアも一緒に魔法を使う予定だったが、王家が用意した魔石を使わずにセシリアが手を出すのは、体面的にあまりよくない。
本当は、そんなことなど気にせずにアルヴィンの手助けをしたいと思うが、そもそもこの儀式が王家の体面のためなのだ。
「わたしが傍にいるから、絶対に頼ってね。約束よ」
「ああ」
アルヴィンが頷くと、控え室の扉を叩く音がした。
「そろそろ時間だな。行くか」
「ええ」
いよいよ儀式だ。
セシリアは緊張を抑えるように大きく息を吐くと、差し伸べられたアルヴィンの手を握る。そして、ゆっくりとした足取りで儀式が行われる会場に向かった。
会場では高位の貴族たちが通路の左右に並び、じっとこちらの様子を伺っていた。
急遽仕立てられた祭壇の上には、国王の代理である王太子アレクと、王女のミルファーがいる。
その中央にある台座に恭しく置かれている魔石を、セシリアはじっくりと観察した。
正方形だが、見た目はふつうの魔石と変わらない。光沢のある漆黒で、表面がすべすべとしている。
ただ、これほどの大きさの魔石にしてはあまり力を感じない。石に込められている魔力が弱いのかもしれない。
(これなら、別に使っても問題ないのかも。むしろ弱すぎて、使っても使わなくてもあまり意味がないような?)
それでも王都に結界を張るために、王家が用意した魔石を使用するというシナリオが必要なのだろう。それなら、王城で魔石が盗難にあったという醜聞もなかったことにできる。
そのために王太子と王女は、とりあえず外見は似ている魔石を持ち出したのかもしれない。
でもとりあえずここは、それに従うしかない。
王家に対する忠誠を疑われたら、ブランジーニ公爵家だって厄介なことになってしまう。
アルヴィンに視線でそれを訴えると、彼は軽く頷いてくれた。
(いろいろと、面倒だなぁ……。お父様が王城に寄りつかなくなるのが、わかる気がする)
思わず溜息をつきそうになるが、必死に堪えた。
何度も練習したように、儀式は滞りなく進んでいく。
ブランジーニ公爵の代理として、セシリアが王太子アレクに忠誠を誓い、その証として王都に結界を張ることを宣言する。
そうして、いよいよアルヴィンの出番となる。
ブランジーニ公爵家の紋章が入った騎士服を着た彼の姿は、見慣れているセシリアでも、目を奪われるほどに凛々しく、美しい。思わずちらりと王女に視線を向けると、彼女もまた頬を染めてアルヴィンを見つめていた。
(わたしのアルヴィンなのに)
思わずそう考えてしまったが、ふたりはもう心を通わせ合った恋人同士なのだ。
これからは堂々とそれを主張できる関係なのだと気が付いて、たちまち嫉妬心など吹き飛んでしまう。
アルヴィンはセシリアの守護騎士なので、その忠誠は王家ではなくセシリアに向けられている。彼は片膝をついてセシリアに跪き、セシリアはアルヴィンに、王都の結界を張るように命令を下した。
アルヴィンは中央の台座まで歩み寄り、片手を魔石に当てて目を閉じる。
彼の魔力が高まっていくのを感じて、セシリアは両手をきつく握りしめた。




