知らなかった真実
(やっぱりね……)
アルヴィンとの出逢いから、十日ほど経過していた。
セシリアは自分の部屋のソファーに身体を預け、深く溜息をついた。
前世の記憶がなかったら、セシリアもただの十歳の少女でしかない。
周りの人間は公爵家に仕えている者ばかりで、セシリアを甘やかし、大切にしてくれる。
だから、知らなかったのだ。
(思っていた通りだわ。お父様もお母様も、最初からわたしにあまり関心がなかったのね……)
十歳のセシリアは両親に愛されていると信じていたし、幸せな家族だと思っていた。
だが実際、父にとって大切なのは母だけだった。
身体の弱い母を父はとても愛していて、具合が悪いと聞くと、どうしても外せない公務以外、けっして傍を離れようとしない。
あの日。
セシリアはアルヴィンを連れて帰り、さっそく彼を自分の守護騎士にしたいと父にねだるつもりだった。
高位の貴族の傍に仕える守護騎士は、たいてい下位貴族の中から選ばれ、主が結婚するまで傍で守ることが使命だ。その代わりに守護騎士となった者は、主の家名に守られる。
つまり公爵家の令嬢であるセシリアの守護騎士になれば、大抵の者は手が出せなくなる。彼の身を守ることができるし、助けてほしいと言った言葉にも矛盾していない。
それに守護騎士といっても、セシリアの周囲には多くの人間がいるので、アルヴィンの身が危険になることはない。
素性が知れない彼を傍に置くことを反対されるかもしれないが、そこは誕生日のことを忘れた父が悪いと、盛大に拗ねて誤魔化すつもりだったのだ。
だが母の容態を心配していた父は、王城から帰ったあとはまっすぐに母の寝室に向かい、母が回復するまで自分の伝言すら受け付けてくれなかった。
普通なら盛大に祝うはずの十歳の誕生日を、きれいさっぱり忘れられていたことで、中身は成人女性であるセシリアは悟った。
父は、それほどまで自分に関心がないのだ。
ならば誰を傍に置こうが、セシリアの勝手だ。
まだ十歳の記憶しかなかった頃ならショックだったかもしれないが、今のセシリアにとってはむしろ好都合だった。
さっそくアルヴィンを自分の守護騎士として屋敷に住まわせ、そのことは執事を通して報告しておいた。
執事は、セシリアがいつのまにかひとりの少年を連れていることに驚いた様子だったが、父の了承を得たと知ると、それについて深く聞こうとはしなかった。
アルヴィンは、ここでもかなり目立っていた。
まだ幼い中性的な美貌は、年若い侍女たちだけではなく、一部の男性も惹きつけてしまっていることに気が付いて、なるべく自分の傍に置くことに決めた。
守るために連れてきたのに、ここで嫌な思いをしてほしくない。
自分の守護騎士なのだからと、セシリアの隣に彼の部屋を用意してもらい、眠るとき以外はずっと傍にいることにした。
ひとりで食べるのは寂しいからとわがままを言い、食事のときも一緒だ。
彼の身体はひどく痩せていて、もう少し食べてほしいところだが、食もかなり細いようだ。
アルヴィンも守護騎士となったからには、公爵家の騎士団に所属し、剣術を学ばなくてはならない。
だが、今の状態で無理をしても身体を壊すだけだ。だからセシリアは彼を傍に置き、その間に少しでも体力をつけてほしいと思っている。
(とにかく食べる量が少ないのよね。うーん、もっと栄養があって食べやすいものはないかな……)
前世の記憶を駆使して、セシリアは考える。
どんな生活をしていたのか、彼は語ろうとしなかった。
でも、今までは食事をもらえないこともあったらしく、アルヴィンは毎日食事をすることすら、慣れていない状態だ。
セシリアは屋敷の図書室で料理の本を読みふけり、興味が出てきたから作ってみたいと言って、厨房に入り込んだ。
「たしかこの世界にも、お米はあったはず。柔らかく煮込んで、チーズリゾットにしてみたらどうかしら?」
前世では、料理はわりと好きだった。
材料は何でも揃っている公爵家の厨房で、セシリアは前世で慣れ親しんだ料理を作り、アルヴィンに食べさせた。
リゾットは食べやすかったらしく、トマトやチーズなど、味や野菜を変えて何度も作った。スープも具材が大きいものよりは、オニオンスープやポタージュのような、しっかりと煮込んだもののほうが好きらしい。
サンドイッチもなかなか好評だった。
成長期の今、しっかりと食べないと今後にも影響してしまう。セシリアは勉強の合間をみては、彼のために料理をした。
そのうちセシリアの料理の話はいつしか父の耳に入り、食の細い母にも同じものを作ってほしいと頼まれた。断る理由はないし、セシリアだって母には元気でいてほしい。
結果、娘の手料理で母は少しだけ健康になり、父はとても喜んで、セシリアに今さらだか誕生日のプレゼントを贈ろうと言ってくれた。
本当に今さらだったが、誕生日だったことを思い出してくれただけ、ましだったのかもしれない。
だが今のセシリアにとっては、父からのプレゼントよりも、作った料理をアルヴィンが残さず食べてくれるほうがずっと嬉しかった。
そんな中、兄だけは、セシリアの料理にまったく関心を示さなかった。
アルヴィンを保護するために口実になってもらった兄。
その兄は、本気で異母妹であるセシリアを憎んでいたようだ。