目覚め
アルヴィンが愛しい。
彼と、ずっと一緒に生きたい。
そう思った途端、ふと身体が熱くなった。
「……っ」
「セシリア?」
崩れかかったセシリアを、アルヴィンが慌てて支えてくれる。
不安そうな彼に手を伸ばして、セシリアは微笑んだ。
「大丈夫。心配しないで」
「だが……」
気分が悪いのではない。
むしろ、生まれ変わったかのように爽快な気持ちだった。
身体に力がみなぎっている。今なら何でもできそうな気がしていた。
(何かしら、この無双感。魔力に満ち溢れているような……)
そう思ったところで、以前、アルヴィンが話していたことを思い出した。
セシリアの身体に、魔力が馴染んでいない。そう言った彼は、百年ほど前に生きていた転生者の話をしてくれた。
彼は膨大な魔力を持っていたのに、魔法が使うことができずに悩んでいた。でもこの世界の人間を愛し、この世界で生きていく覚悟が決まってからは、魔力が身体に馴染み、魔法も使えるようになったという。
「もしかして、わたしも?」
魔法の力を信じられなかったという百年前の人間と違って、セシリアはゲームや漫画などの知識から、魔法という存在を知っていた。
だから百年前の彼と違って、まったく魔法が使えないということはなかった。
でも異世界の魂に、魔力はなかなか馴染めなかったらしい。魔力が不安定だと言われていた。
(でも今は、身体に満ちている魔力の存在をはっきりと感じ取れる。思うように使う自信もある。……アルヴィンを愛したから?)
この世界で生きていく覚悟が、ようやく決まったのだ。
「セシリア、魔力が……」
アルヴィンにもそれがわかったのか、驚いたようにセシリアを見つめていた。
「まさか、これほどの力だとは思わなかった。もうお前を守るなんて言えないな」
魔力が馴染み、真の力を手にしたセシリアは、あのアルヴィンがそう言うほどだった。
でもセシリアは首を振り、アルヴィンを抱きしめる。
「あなたが大切に守ってくれたから、わたしが自分自身の気持ちを自覚するまで待っていてくれたから、手にすることができた力よ。何もかもあなたのお陰だわ」
アルヴィンと、この世界で生きていく。
それはセシリアが自分で決めた、これからの未来。
公爵家のことや、アルヴィンの過去のことなど、解決しなければならない問題は多い。でもそれだけは、どんなに環境が変わってもけっして変わらない。
しばらく抱き合っていたが、ふとセシリアは我に返ってアルヴィンの腕から抜け出した。
「セシリア?」
不満そうな声が聞こえてくるが、防音の魔法を使っているとはいえ、ここは王城だ。
「わたしだって、ずっとこうしていたい。でも、これから儀式があるの」
「……ああ、そうだったな」
漆黒の艶やかな髪を掻き上げて、アルヴィンは思い出したように頷いた。
「すぐに終わらせる。セシリアは見守っていてくれ」
そう言ってすぐにでも向かおうとした彼を、セシリアは慌てて止めた。
「待って。わたしが手伝うかどうか、そういう話し合いをしていたでしょう?」
「今なら結界のひとつやふたつ、簡単に張れそうな気がする」
「気のせいだから。アルヴィン、落ち着いて?」
どうやら彼は、少し浮かれているらしい。
いつもは冷静で、まったく隙のない姿を見慣れているだけに、年相応な姿が見られて嬉しいと思ってしまう。
でも、まだ気を抜くわけにはいかない。
「魔石の盗難に、もしかしてお兄様が関わっているのかもしれないの」
先ほど見たことを伝えると、アルヴィンは表情を改めて、考え込む。
「儀式の邪魔をするためにか?」
「わたしもそう思ったわ。でも、ブランジーニ公爵家の評判が落ちることは、お兄様にだってあまり良くないはずよ。それに、気になっていることがあるの。伝えるかどうか悩んだけれど……」
ダニーの事件のときにも、黒い瘴気が見えた。そして今回、警備兵もそれを見ている。
「黒い瘴気、か」
アルヴィンはセシリアの手を取ると、自分の方に抱き寄せる。セシリアも逆らうことなく、それに従った。
「心当たりがあるのか?」
「え?」
「その黒い瘴気の正体に。近頃ずっと不安そうにしているのは、そのせいだろう?」
「……っ」
まさか見抜かれているとは思わなかった。
セシリアは繋いでいたアルヴィンの手を、強く握りしめる。
「気付いていたの?」
「ああ、もちろんだ。だが、セシリアが話してくれるまで待とうと思っていた」
ずっと見守っていてくれたことを知って、迷いがなくなる。
信じてもらえないかもしれない。
でも彼に、すべてを話してみよう。
アルヴィンはもう、セシリアの半身だ。
「聞いてほしいことがあるの。ひとつは、信じられないような話かもしれないけど」
まずは異世界転生について。
「わたしも、その昔の転生者のように、前世の記憶があるの。だから、今まで魔力が馴染まなかったのだと思う」
アルヴィンは驚いた様子も見せずに、静かに頷いた。
「転生者だろうな、とは思っていた。魔力が馴染まない理由が、他に思いつかなかったからな。ただ、以前の記憶がないのかと思って、深く聞かなかった」
「そうだったのね。ごめんなさい。何となく言えなくて……」
思えば、転生者の話を聞いたときに自分から打ち明けるべきだった。
そう言って反省するセシリアに、アルヴィンは気にするなと優しく言ってくれた。
「たまに口調や態度が砕けるときがあったから、不思議に思っていた。そういう理由なら、納得した」
「うう……。たしかにアルヴィンの前では、昔のように話してしまうこともあったかもしれない」
「今度、セシリアの昔の話を聞かせてくれ」
「うん。でも、あまり楽しい話じゃないかもしれない。アラサーで、腐ってはいなかったけど割と廃なゲーマーだったし」
「……何の話なのかさっぱりわからないが、たとえ生まれ変わる前だとしでも、それがセシリアであることには変わりはない。色々と聞かせてくれ」
「……わかったわ」
以前の自分を知りたいと思ってくれることが、何だか嬉しくて、セシリアは頷いた。
だが今は、儀式を成功させること。
そして、あの黒い瘴気の正体を掴むことを、優先しなければならない。
セシリアは頭を切り替えて、アルヴィンに向き直る。
「話はもうひとつあるの。あの黒い瘴気にも関わっていることよ。わたしは、あれが何なのか知っているの」




