告白
「セシリア!」
儀式の準備のために控え室に戻ると、アルヴィンはセシリアの名を呼びながら、行く先を遮るようにその前に立つ。
「お前が力を使う必要はない。王都の結界くらい、俺ひとりで充分だ」
「もともと、ブランジーニ公爵家の忠誠を示すための儀式よ。わたしも力を貸した方が、それらしいでしょう?」
「こんな儀式に、そこまでする必要は……」
もし王城の人たちに聞かれたら大変なことになる言葉だが、控え室に入った途端、アルヴィンが防音魔法を使ったことを知っていた。
だからセシリアも、ここでは本音で話すことができる。
「わたしも、そんな儀式のために、アルヴィンに無理をしてほしくないの」
「だが……」
何とか思い止まらせようと言葉を尽くすアルヴィンに、セシリアは微笑みかけた。
「そんなに心配しないで。この腕輪を外したりはしないから。ただ魔石の代わりに、少しだけ手伝わせてほしいだけよ」
「結界など俺ひとりで充分だ。だからセシリアは、傍にいてくれたらそれでいい」
「……アルヴィン?」
だが、いつもはセシリアの意志を尊重してくれるアルヴィンが、ここまで反対するのも珍しい。
ふと嫌な予感がして、セシリアは目の前に立つ彼を見上げる。
「……もしかして王都の結界って、アルヴィンが説明してくれたほど、簡単でも安全でもなかったの?」
「いや、結界を張る魔法は簡単なものだ。時間もそう掛からない」
アルヴィンは即座に否定した。
それでもセシリアは納得しない。
理由を説明せずに、ただ反対するような人ではない。
「じゃあ、どうして?」
そんなに自分の協力を拒むのか。
必死に詰めよると、彼はようやく教えてくれた。
「それは、どれだけの魔力が必要となるか、はっきりとわからないからだ。だから念のために、あの魔石を用意していた」
「そんな……」
セシリアは両手をきつく握りしめた。
結界魔法は、何度か使ったことがあると言っていた。
だからそれほど危険な魔法ではないと言う、その言葉を信じていたのだ。
だが、どれくらい魔力を消費するかわからない魔法を使うことが安全だとは思えない。まして、過去には視力を失ってしまった人が存在している。
「危険かもしれないって、わかっていたのね?」
「ある程度は。だが過去の記録を見て、俺の魔力ならばそれほどの危険はないと認識していた。魔石を用意したのも、念のためだ」
「じゃあどうして、手伝わせてくれないの?」
「それは、この結界を張ることが、セシリアのためだからだ」
アルヴィンは手を伸ばしてセシリアの頬に触れると、真剣な眼差しでそう言った。
「セシリアの身を守るために、俺が言い出したことだ。もとから多少の危険など覚悟している。お前を奪われてしまうかもしれないと思えば、些細なことだ」
その言葉から、触れた指先から。
アルヴィンがセシリアをどれだけ大切に思ってくれているか、伝わるようだった。
「俺を信じて、任せてほしい。必ず成功させてみせる」
「……アルヴィン」
そう言われてしまえば、もう何も言えなかった。
(でも……)
セシリアは俯いた。
涙が頬を伝って、ぽたりと床に落ちていく。
(それでもわたしは、あなたが心配なの。わたしだって、アルヴィンのことを大切に思っているのよ。わずかな危険にだって、晒したくはないのに……)
まして、セシリアのために傷ついてほしくない。
「セシリア?」
泣いていることに気が付いたアルヴィンは、激しく狼狽えていた。許しを請うように跪いて、セシリアを覗き込む。
「なぜ泣いている? 俺が、お前を傷つけたのか?」
違うとも、その通りだとも言えずに、セシリアはただ涙を流す。
大切にされていることはわかっている。
昔の恩を返すために、守ろうとしてくれていることもわかっている。
でもセシリアだって、アルヴィンが傷つくことなど耐えられない。
「頼む。思っていることを話してくれ。何よりもお前が大切なんだ」
セシリアの両手を握りしめた、アルヴィンの手が震えていた。
(アルヴィン?)
自分が少し泣いただけで、こんなに動揺するなんて思わなかった。
誰よりも強く、高潔な人だった。
セシリアを守るという幼い日の約束を、今まで守り続けてくれた。
もう充分に恩義は返してもらったというのに、それでもまだ、傍にいてくれる。
自分は家族に愛されていないと知っても、「悪役令嬢」にならずにすんだのは、こうして彼が、セシリアを大切に守ってくれていたからだ。
父の強すぎる愛を間近で見てきて、愛というものが恐ろしいと思ったこともある。
誰かを愛して、父や母のようになるのが怖かった。
だからずっと、自分の気持ちに気付かないようにしていた。
でも、今ならわかる。
誰よりも大切なのは、セシリアも同じだ。
「アルヴィン」
名前を呼ぶと、縋るような視線を向けられた。
「あなたが危険な目に合うのが、怖いの。ほんの少しでも、あなたを失う可能性があると思うと、涙が溢れてしまうの」
二十九年間生きてきた前世でも、知ることのできなかった感情。
誰かに憧れたことはある。
アイドルや俳優に夢中になった時期もあった。
でも上嶋蘭は、誰かを深く愛することを知らないまま、死んでしまった。
そしてセシリアに生まれ変わって、こんなにも切なくなるくらい、誰かを愛することを知った。
「だってわたしは、アルヴィンのことが好きなの。誰よりも、大切なのよ」
「……」
初めての告白に、言ってしまったあとから頬が染まる。
それでも言葉にしてみると、ずっと悩んでいたことが嘘のようにすっきりとしていた。
アルヴィンは跪いたまま、呆然とセシリアを見上げていた。
そうしていると、いつも研ぎ澄まされた美貌がやや幼く見えて、それすらも愛しく思える。
「セシリア、が……。俺を?」
「ええ、そうよ」
一度自覚してしまえば、落ち着くのも早かった。中身は、前世と今世を合わせて四十五年分の経験があるのだ。
手を引いてアルヴィンを立たせると、力強く抱きしめられた。
「アルヴィン?」
いつもの寄り添い合うような抱擁ではない。
まるで恋人同士が交わすような、情熱的なものだった。
「お前が俺を意識してくれるまで、ずっと待っていたのに。どうしてお前から先に言うんだ……」
「え?」
今度はセシリアが呆然とする番だった。
「ずっと……?」
すぐ目の前に、アルヴィンの綺麗な顔がある。
優しい笑顔は見慣れていた。
でもこんなに甘く、蕩けるような微笑みは知らない。
五年間、一度も見たことのないものだった。
先ほどまでの余裕が、跡形もなく消えていく。
「ああ。ずっとセシリアを愛していた。それなのにお前は、俺の気も知らずに偽装の恋人などと言い出して」
責めるような口調に、思わず俯く。
「……あれは、その。アルヴィンを守りたくて……」
「もう偽装などではない。セシリアは、俺のものだ」
その言葉にたちまち頬を染めるセシリアを、アルヴィンは抱きしめる。
「ようやく手に入れた」
セシリアの気持ちが自分に向くまで、ずっと待っていてくれたアルヴィンの優しさに、先ほどとはまったく違う種類の涙が零れる。
彼にもそれがわかっているのか、今度は動揺したりせずに、優しく指先で拭ってくれた。
「セシリア、愛している。ずっと伝えたかった」




