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【書籍化】最強守護騎士の過保護が止まりません! ~転生令嬢、溺愛ルートにまっしぐら!?~  作者: 櫻井みこと
魔法学園一年生

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セシリアの決意

 魔法書を手にしたものの、今日はその内容がまったく頭に入ってこない。セシリアは本を読むことをあきらめて、テーブルの上に置いた。そして、自分はこれからどうしたらいいのか、じっくりと考えてみた。

 王都に結界を張るための儀式は、完全に王家の都合で執り行われるものだ。

 だから父はもちろん、アルヴィンでさえそれをあまり重要視していない。この国にまったく興味がない父と、この国には何の思い入れのないアルヴィンのことだ。それも仕方がないと思える。

 でもセシリアは、父が初めて自分の代理を立て、それに自分が指名されたことを、とても重く捉えていた。

(ゲームなら、ここでルートが変わる選択肢よね。どうしたらいいのかしら……)

 アルヴィンはどちらを選んでもかまわないと言っていた。だからこそ、自分ひとりで決めなくてはならない。

 あの父のことだ。

 今まで後継者を決めなかったのも、それほど深い意味があるとは思えない。母のことしか考えていない父にとって、ブランジーニ公爵家の未来など、知ったことではないのだろう。

 父を見ていると、ゲームの悪役令嬢があれほど傲慢だった理由がわかる。

 この国では、たとえ王家であっても、魔力の強い者には強く命じることができないのだ。もし彼らが国を見限ってしまえば、大幅に戦力が低下してしまう。

(歪な世界よね……)

 そんな父も、悪役令嬢になるはずの娘ほどではないが、どこか歪んでいるのだろう。

 公爵家の嫡男だった父が、請われるままに子爵家の令嬢を妻に迎えたことといい、母に出逢う前は、魔法以外の何にも興味が持てなかったということは想像できる。

 だからこうして父が動くときには、必ず母の影がある。

 セシリアを公爵家の跡取りにしたいのは、きっと母だ。

 自分と出逢う前とはいえ、母は父に自分以外の妻がいたことを気に病んでいる様子だった。その息子に爵位を継がせたくないと思ったのかもしれない。

 父を説得できるのは、母しかいない。

 だが、今でも兄の母にわだかまりを持っている母が、セシリアが懇願したところでその考えを変えるだろうか。

(無理ね)

 むしろ、母に会えるかどうかもわからない。

 自分にとって、何が一番大切なのか。

 じっくりと考えた上で、セシリアは結論を出した。

(儀式に、ちゃんと出席しよう)

 準備やリハーサルだけではなく、最初から最後まできちんと、父の代理として。

(王都の結界は、アルヴィンがわたしのためにやってくれることよ。わたしはそれを、きちんと傍で見届けなくてはならないわ)

 彼は、自分の守護騎士なのだ。

 父はともかく、兄に従わせるようなことはしたくない。

 兄には恨まれるかもしれないが、母が後継者を意識する前に自分から動き、公爵家を継ぎたいと明確な意思を示せば、父はあっさりと兄を指名しただろう。爵位も後継者も、父にとってはどうでもいいことなのだから。

 それを何の努力もせず、自ら動こうとせずにただ待っていたのに、セシリアが指名された途端に恨むなんて、言語道断だ。

 じっくりと考えた上で、そう決めたと伝えると、アルヴィンはセシリアの意志を尊重してくれた。


 こうして、ダニーの事件を有耶無耶にするかのように、儀式の準備は急いで進められた。

 ブランジーニ公爵家の忠誠を示すためだけの儀式だから、参加するのも高位の貴族だけだ。

 父の代理としてセシリアが参列すると告げると、国王も、代理として王太子を出すことにしたようだ。

 向こうが代理なのに、こちらは国王が自ら参列するわけにはいかないと思ったのか。もしくは前回のダニーの事件で落ちてしまった王太子の評判を、こうして国王代理として儀式に向かわせることで、少しでも回復しようとしたのかもしれない。

(その両方かもしれないけれど……)

 国王陛下と父は、同い年だと聞いている。

 魔力の強い公爵家の嫡男と、それよりも劣る王太子。

 過去にはいろいろとあったのかもしれない。

 国民には後日、王都に結界が張られた事実だけを公表するらしい。おそらく、王家よりもブランジーニ公爵家が称えられることを避けるためだろう。

 もともと、王都に結界を張ってきたのは王家の人間だった。

 それを維持できなかったのは、王家の衰退である。もっとも、衰退しているのは王家だけではなく、貴族たちも同じだ。強い魔力を持つ者が、極端に少なくなっているという現状があった。

 この先、魔力を持つ人間は今以上に少なくなっていく。

 きっと厳しい時代に即位するだろう王太子には、もう少し覚悟が必要だ。それを進言してくれる人間がいなかったことは、彼にとって一番の不幸かもしれない。

 セシリアはアルヴィンとともに、儀式のリハーサルに参加していた。

 儀式は王城で執り行われる。

 国王陛下の代理として、王太子のアレクが壇上に立つ。セシリアはその彼に忠誠を示し、守護騎士であるアルヴィンに結界を張ることを命じる。

 儀式としては簡単なものだ。

 王都の結界に使う魔石は、台座に恭しく飾られていた。この魔石を使うことによって、アルヴィンは多大な魔力を使うことなく、結界を張ることができる。

 何度も練習と打ち合わせを繰り返し、とうとう儀式の当日になった。

 セシリアはこの日のために仕立てたドレスを着て、アルヴィンとともに王城に向かう。

 彼はもちろん、ブランジーニ公爵家の紋章が入った騎士服だ。儀式用だからか、いつもよりも煌びやかな装飾が、彼の美貌によく似合っている。

 思わず見惚れていると、緊張しているのか、と優しく聞かれた。

「……少しだけ。でも、アルヴィンと一緒だから大丈夫よ」

 綺麗に飾った髪が乱れないように気を付けながら、アルヴィンの肩に寄り掛かる。

 こうして寄り添っていると、とても心が穏やかになる。

 どんな困難が待ち受けていたとしても、ふたりならきっと乗り越えられる。

 そんな気持ちになれる。

 王城に辿り着くと、まず王太子アレクと王女のミルファーに到着の挨拶に向かった。

 王太子のアレクだけではなく、ミルファーも今日の儀式には参列するようだ。

(そういえば……)

 ふとセシリアは、彼女が自分の部屋を訪ねてきたときに見た、冷たい瞳を思い出す。あれは本当に見間違いだったのだろうか。

 こうして顔を合わせてみると、彼女はとても控えめで、優しい笑顔を浮かべている。

 緊張している様子の兄を気遣い、セシリアとアルヴィンに、王家の都合で仰々しい儀式にしてしまったことを詫びてくれた。

 非の打ち所がない、完璧な王女だ。

 セシリアは警戒を解いて、王女と会話を交わす。

 アルヴィンは何も言わず、ただその様子を静かに見守っていた。

 それから、控え室に案内された。

 ここで儀式の開始を待つことになる。

 連れてきた侍女とともに別室に移動して、軽く身支度を整えてもらう。

 いよいよ、儀式が始まる時間だ。

 アルヴィンの待つ部屋に戻ろうとしたセシリアは、ふと見覚えのある後ろ姿を見つけて、立ち止まった。

(……お兄様?)

 今日の儀式には参列しないはずの兄の姿が、王城の廊下の影に消えていく。

 何だか不吉な予感を覚えて、セシリアはその場から動けずにいた。同行していた侍女は、不安そうな視線をこちらに向けている。

「どうかなさいましたか?」

「あれってお兄様、よね?」

 たしかめるように尋ねたが、侍女は兄の姿を認識していなかったらしく、困惑していた。彼女が見ていたのは、大柄な男性が逃げるように走り去ったところだけのようだ。

 そう言われてしまえば、セシリアにも確信がなかったので、あれを兄と断定することはできなかった。

 アルヴィンに相談してみよう。

 セシリアはそう結論を出すと、控え室に急いだ。

 警備兵から、今日の儀式に使うはずだった魔石がなくなったと連絡が来たのは、控え室に戻ったすぐ後のことだった。

 ありえないことだ。

 ここは王城で、儀式に使う魔石は厳重に保管されていたはずだ。警備兵も配置されていた。それなのに、魔石だけが忽然となくなるなんて考えられない。

 しかも魔石が保管されていたのは、先ほど兄の姿を見た場所にとても近い。

(もしかしたらお兄様が? でもお兄様に、警備兵に咎められずに魔石を盗み出すなんて、不可能だわ)

 兄だけではない。他の誰にも不可能だろう。

 ただちに関係者が集められ、再度警備兵の事情聴取が行われた。

 そのとき、黒い瘴気のようなものが部屋を立ち込めていたと言う者がいて、セシリアは両手を強く握りしめる。

(まさか、これにも魔族が関わっているの?)

 ダニーの事件のときよりも大きな不安が、胸に沸き起こる。

 ここはもう、ゲームとは全く違う世界になってしまっている。どう動くのが正解なのか、まったくわからない。

「これでは儀式が……。どうしたらいいのでしょうか」

 セシリアの心と同じように、不安そうな声が聞こえてきた。

 顔を上げると、王女のミルファーが今にも泣き出しそうな顔で、立ち尽くしている。

 もう儀式に参列する高位の貴族たちは、会場である謁見の間に到着しているようだ。今さら中止だと告げるには、きちんと理由を説明しなければならない。

 もともとこれらは、ブランジーニ公爵家の忠誠は王家にあるのだと、彼らに示すための儀式だ。それが寸前で中止になってしまえば、期待した効果が得られないどころか、むしろ逆効果になるだろう。

 しかも理由は、儀式に使われるはずの魔石の紛失。

 それは国王にすべてを託された、王太子の評判にも関わる。アレクもそれがわかっているからか、思い詰めたような顔をして俯いていた。

「どうにか、ならないでしょうか……」

 ミルファーが、涙を溜めた瞳でアルヴィンを見つめる。

 青ざめた王太子も、縋るような視線を彼に向けていた。この儀式を成功させるために動いて来た宰相や、国王の側近たちも同様に。

(駄目!)

 セシリアは、アルヴィンが何かを言う前にその腕にしがみついた。

 きっと彼なら、魔石がなくても結界を張ることはできるだろう。でも、そのために消費する魔力は桁違いになる。

 先代の王妃陛下が視力を失い、ゲーム内のヒロインでさえ、瀕死の状態になったくらいだ。

 アルヴィンはきっと、大丈夫だと言う。心配するなと、いつものように優しく笑うだろう。

 でもセシリアは嫌だった。

 もう二度と、彼が苦しんだり傷ついたりする姿を見たくない。

(わたしの大切なアルヴィンを、そんな危険な目に合わせたりしない)

 最初は、保護欲だった。

 傷ついた子供を守らなければと思っていた。

 彼はまだ十歳の子供で、それに対してセシリアは二十九歳だった頃の記憶を持っていたから。

 でもこの五年の間に、その気持ちは少しずつ姿を変えていた。

 兄妹のように、気の置けない間柄になった。

 それから少しずつ、誰よりも信頼する大切な存在に変わっていた。

 セシリアは、彼に対する自分の気持ちがどんな種類のものなのか、ようやく少しだけわかったような気がした。

「ではわたしが魔石の代わりに、力を使います」

 きっぱりとそう宣言する。

「セシリア?」

 驚くアルヴィンに微笑みかけて、セシリアは呆然としている王女のミルファーと王太子のアレクを見た。

「わたしの魔力はそれほど大きなものではありませんが、アルヴィンの手助けをすることはできます。王都の結界はふたりで張ってみせますので、ご安心ください」


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