王家の提案と迷い
それから数日は、平穏な日々が続いた。
セシリアは毎日のように魔法書を開き、ときどきはアルヴィンのために料理を作る。
寮の食事は、一流の料理人が作るものだ。
とてもおいしいと思うが、アルヴィンはセシリアの料理の方が好きだと言ってくれる。そう言われると嬉しくて、ついはりきってたくさん作ってしまう。
まるで公爵家で過ごしていたように、時間はゆっくりと穏やかに過ぎていく。
いつもの日常は、イベント続きで少し疲れていたセシリアの心を癒してくれた。
こうしてアルヴィンと静かに過ごしているのが一番幸せだと、しみじみとそう思う。
ダニーは学園を退学処分になったらしいが、実害を受けた者がいなかったことから、地方の領地で謹慎することになったようだ。
本来なら反逆罪に問われ、貴族籍をはく奪されてもおかしくないほどの事件だ。
それなのに王太子は、彼が追い詰められてしまったのは自分の責任だからと、謹慎ですませてくれるように懇願したらしい。
悪い前例を作ったな、と言ったのはアルヴィンだったが、セシリアも同感だった。
ここは王太子として、側近だろうが幼い頃からの友だろうが、公私混同したりせずにきっちりと罪を償わせるべきだった。
優しいことは悪いことではないが、将来の国王としての素質が問われる場面で、彼は致命的な間違いを犯した。
しかも、それを指摘して諫めてくれる者が周囲にいないということが、露見してしまったのだ。彼はこれから先、その間違いに気付き、挽回することができるだろうか。
でも、あのときアレクを慰めずに送り返した自分には、関わりのないことだ。
アルヴィンは自分が不在のとき、王太子が訪ねてきたと聞いてから、セシリアの傍を離れなくなった。
何もなかったのだから大丈夫だと告げても、駄目だった。
さらには学園の方に掛け合って、セシリアの身の安全のために、個人的な部屋に結界魔法を使う許可までもらってきたらしい。
それは特殊な結界で、セシリアとアルヴィン、そしてセシリアに仕えるふたりの侍女以外は、アルヴィンの許可した者しか入ることができなくなる。
もし彼が今回のように何らかの理由で不在になってしまうときは、この部屋に逃げ込んでしまえば安全のようだ。
(すごい魔法よね……)
この国では聞いたことがなかった魔法で、その効果を知ったときは驚いた。
でも寮の部屋に結界を張るなんてよく許可が下りたものだと思うが、セシリアが実際に襲撃を受けたことを踏まえて、父であるブランジーニ公爵の名で許可を申請したらしい。
「お父様が、私の身の安全のために?」
「ああ。この魔法について聞かれ、教えると言ったら、すぐに許可してくれた」
「……お母様のためね」
父にしてみれば、自分が許可した者しか母と接触できないこの魔法は、とても魅力的だったのだろう。
もしかしたら、一番うまく父を使っているのは、国王陛下ではなく、このアルヴィンなのかもしれない。
「俺は、セシリアを閉じ込めたいわけではない。ただ、守りたいだけだ」
「うん。わかっているから大丈夫よ。アルヴィンはお父様と違うわ」
アルヴィンが一番大切にしてくれるのは、セシリアの意志だ。
セシリアが自分の意志で決めたことなら、多少危険が伴っていても、彼は黙って傍にいて守ってくれる。
信頼していると伝えると、アルヴィンは目を細めて頷いた。
「それと、もうひとつ。結界の許可と引き換えに、王家からブランジーニ公爵家に要望があった」
「要望?」
「ああ。王都に結界を張る件についてだ。向こうとしては、一連を儀式として行いたいようだ。ブランジーニ公爵家の、王家に対する忠誠を示す良い機会だと思ったようだな」
「そうね。お父様はあまり、国の行事に参加することはないから」
国一番の魔力を持つ父の忠誠が王家にないということは、王都の結界と同じくらい、国王を悩ませてきたと思われる。
だが今回、ブランジーニ公爵令嬢であるセシリアの守護騎士が、王都に結界を張ることになった。国王はそれを儀式にすることで、ブランジーニ公爵家の忠誠は王家にあると示したいのだろう。
「その儀式には、お父様も?」
「いや、公爵は体調不良のため、参加しないとのことだ」
「……そう。いつもと同じね」
体調など崩したこともないのに、父は公式な行事もすべて、体調不良で欠席をしている。代役に兄を立てるのならまだよかったのかもしれないが、今まで、それさえもしたことがない。
原因は、父がまだ兄を正式な後継者として指名していないことである。
だからこそブランジーニ公爵は、子爵家の妻が産んだ長子を後継者に指名するつもりはないのではないか、と言われ続けている。
ゲームの世界では、そのことが兄を追い詰めていた。
「じゃあアルヴィンがひとりで行くことになるの?」
もちろんセシリアも、会場でしっかりと見届けるつもりだ。
でも、ブランジーニ公爵の名をアルヴィンひとりに背負わせるのは、さすがに申し訳ない気持ちになる。
心配そうに言ったセシリアに、彼は複雑そうに答えた。
「いや。ブランジーニ公爵は、代理としてセシリアを出席させると言っていた。俺は、お前の守護騎士だから」
「……お父様が?」
たしかに父の言うように、アルヴィンはセシリアの守護騎士だ。
セシリアの政略結婚を防ぐために王都に結界を張ると言ってくれたし、それを儀式として行うことも、セシリアの安全のために承知してくれたことだ。そんな彼を、ひとりで王家の権威を示すような舞台に立たせたくないと思う。
だが今回は、ブランジーニ公爵家が王家のために力を使う儀式だ。
そこにセシリアが父の代理として参加することに、意味を見出そうとする者もいる。周囲の者達は、先妻の息子ではなく、今の妻との娘に公爵家を継がせるつもりだと思うかもしれない。
少なくとも兄は、自分はもう後継者から外されたと思うに違いない。
(そうなったらお兄様はゲームのときのように、わたしに対する憎しみを募らせるでしょうね……)
できるなら、あまり目立ちたくない。
必要以上に兄に憎まれたくないし、王家とも関わりたくない。
(でも……)
迷いがあった。
まるでそれがわかったかのように、アルヴィンは提案する。
「セシリアは、身体が弱くて気弱だという設定になっている。リハーサルや準備には参加して、当日は具合が悪いと言って、倒れてしまえばいい」
「……でも、アルヴィンをひとりにするなんて」
「俺は大丈夫だ。魔石を使って結界を張るだけだからな。セシリアの安全の方が大切だ」
安全を確保しなければと彼が思っているのなら、やはり危険な目に合うかもしれないということだ。
「やっぱり、わたしが参加したらお兄様は……」
「間違いなく、自分が後継者から外されたと思って、セシリアを恨むだろう」
「……」
俯くセシリアの肩を、アルヴィンは抱き寄せる。
「心配するな。すべて俺に任せておけ」
「アルヴィン……」
彼を、傍で見守りたい。
何度も心配ないと言われたが、先代の王妃は視力を失ってしまうほどの魔力を使ったのだ。自分のために、それほどの大きな魔法を使ってくれるアルヴィンの傍にいたい。
そう思うが、やはりゲームでセシリアを殺したのは兄だ。そのことが、気に掛かる。
(あれは悪役令嬢だったセシリアよ。今のことではないわ)
心が揺れていた。
「まだ、考える時間はある」
俯くセシリアに、アルヴィンは優しく言ってくれた。
「急いで結論を出す必要はない。セシリアがどちらを選んでも、俺が必ず守るから心配するな」
「……うん。ありがとう」




