波乱の学園生活
「……うん」
セシリアは鏡の前に立ち、制服姿の自分を眺めていた。
学園の中では、身分や貴族同士の確執などを持ち込んではいけないという規則がある。そうはいっても実際は色々あるだろうと予想しているが、建前はそういうことになっている。
だから学園の中では全員が平等だと示すように、同じ制服を着用することになっていた。
(でもこの制服って、乙女ゲームの主人公たちが着るから、やたらとかわいいのよね)
制服というよりも、ゴスロリ系だ。
丈の短い上着に、膨らんだ袖口にはたっぷりとレースが使われている。胸元にある大きなリボンは学年別に分けられているらしく、セシリアは赤だった。きゅっとしまった細い腰に、膨らんだスカート。スカート丈は動きやすさを考慮してか、ドレスよりは短めになっていた。
もう一度鏡を見つめると、金色の巻き毛をした美少女が、にっこりと微笑んでいた。
(さすが悪役令嬢セシリア。見た目はなかなかよね)
まさか、ゴスロリが似合う日が来るなんて思わなかった。
「セシリア、そろそろ行くぞ」
アルヴィンに声を掛けられて、返事をして振り返る。
「うん、今行くわ」
守護騎士は、学園でも守護騎士の制服を着用することになっている。
セシリアとしては男性の制服を着ているアルヴィンも見てみたかったが、ブランジーニ公爵家の紋章が入った騎士服が一番、彼に似合っていると思う。
ふたりの侍女に見送られて部屋を出た。途中、数人の学生と会ったが、互いに軽く会釈をするだけで通り過ぎた。
学園寮から校舎までは、徒歩で十分ほどの距離だ。わざわざ馬車を使う必要もない。セシリアはアルヴィンと並んで、学園までの道を歩く。
生徒の通学のための通路は、学園や寮と同じように、部外者は入り込めないように警備されている。多くの生徒がゆったりとした速度でその通路を通り、学園に向かっていた。
上級生たちにはすでに派閥ができているようで、親しげに挨拶を交わす者、影でこっそりと悪口を言うもの。挨拶をされたにも関わらず、無視をして通り過ぎる者など、さまざまな光景が繰り広げられていた。
(貴族社会の縮図っていうわけね。……面倒そうだわ)
いずれセシリアたち新入生にも、こうした流れに巻き込まれていくのだろう。
ふたりもその人の群れに加わって、学園を目指す。
(うーん、見られているなぁ……)
周囲から、痛いほどの視線を感じる。
原因はもちろん、守護騎士のアルヴィンだろう。
初対面で彼に見惚れない女性なんかいない、とセシリアは断言することができる。
「どうした?」
急に立ち止まったので、人の流れに巻き込まれそうになっていたらしい。アルヴィンはさりげなく肩を抱いて、そこから助け出してくれる。
「忘れ物か?」
「ううん、大丈夫。少し緊張しているのかも」
我ながらコミュ障気味かもしれないと思うが、初対面の場は苦手だ。しかも最初の交流会のときに倒れてしまい、ヒロインとしか接触することができなかった。
「俺の後ろに隠れていれば大丈夫だ」
「まだ、世間知らずで気弱な公爵令嬢って設定、使えるかな?」
王太子の側近候補を、平手打ちしてしまったのだ。さすがにあり得ない。
「いや、問題ない」
でもアルヴィンはそう言って笑みを浮かべた。
「自分のことでは何を言われても怒らない気弱な令嬢が、標的が守護騎士になった途端、激高した。むしろ、勇気を振り絞って俺を守ったようにしか見えなかったな」
「そう……かな?」
アルヴィンを守りたかったのは事実。
でも、勇気を振り絞るどころか、かっとして。ついやってしまったという方が正しい。
「事実ではなくとも、そう見える余地があれば充分だ」
「まあ、あの場には四人しかいなかったからね。うん、これから気を付ければ大丈夫かな?」
そういうことにしよう。
ふたりでそう結論を出して、セシリアは言われた通りにアルヴィンの背後に隠れて、学園に向かう。
もう二度と、攻略対象とは関わらない。
そう決意したのに、なぜか校舎の前に立ち塞がる、ひとりの男の姿。
思わず足を止め、深く溜息をつく。
「あれは……」
「脳筋の方だな」
アルヴィンもうんざりした様子で、そう言った。
セシリアが望んでいるのは、平穏な生活だった。
目立たないように、攻略対象とヒロインに近寄らないように、ただ静かに過ごしたい。
それなのに昨日に続いて今日もまた、イベント勃発なのか。
(ゲームだったらイベントが起こらないとつまらないし、待ち望んでいたけど……。でも、現実では日常は平穏が一番だわ)
しかも今日は、たくさんの生徒が周囲にいる。今日こそは、何とか目立たないようにしたい。
「セシリア」
ふと、耳もとで囁かれて顔を上げた。
「関わると面倒そうだ。裏口に回ろう」
「うん、そうね」
彼の提案に、セシリアも頷いた。
回避できるイベントなら、できるだけそうしたい。
人の流れからこっそりと抜け、裏道を通る。
(王太子とか、ヒロインを待っている、というわけではなさそうね)
遠目から見ただけで、近寄りたくないと思わせるほどの威圧があった。
見えなくなる寸前、思わず振り返って彼の姿を見つめる。
何だか、その姿に違和感があった。
彼の周りに、黒い瘴気が漂っているような気がする。
(あれ、何かしら?)
よく見ようと、思わず歩みを止めた瞬間。
ダニーがこちらを見た。
裏道に反れたふたりを見つけたらしく、猛スピードで駆け寄って来る。
「アルヴィン!」
あまりの剣幕に恐ろしくなって、先を歩く彼の名を呼ぶ。アルヴィンはすぐに状況を察し、セシリアを背に庇った。
ダニーは、帯剣していた。
警備兵がいることもあり、学園内ではたとえ守護騎士であろうと、生徒が帯剣することは許されていない。
王族もいるのだ。それが当然だろう。
その規則を破った場合には、国家反逆罪に問われる場合もある。
それなのに、王太子に痛いほどの忠誠を捧げていたあのダニーが、それを破っているなんて。
(どうしてこんなことに……)
ダニーは何かを喚きながら、とうとう剣を抜いた。
周囲の生徒たちから悲鳴が上がる。
こんなふうに大勢の前で剣を振り回してしまったら、もう王太子の傍にいられないどころか、学園さえも追放されてしまうだろう。
「セシリア、大丈夫だ」
動揺しているセシリアとは裏腹に、アルヴィンは冷静だった。
彼が軽く手を翳すと、ダニーは急に力が抜けたように、地面に跪いた。その手から剣が転がり落ちる。
「なっ……。身体が……」
魔法によって自由を奪われたダニーは、殺意を込めた視線をアルヴィンに向ける。
「……き」
何か叫ぼうとしたらしいが、次の瞬間には意識も奪われて、完全に沈黙する。
「アルヴィン」
セシリアはアルヴィンの背に庇われたまま、小さく彼の名を呼ぶ。
ダニーが剣を持って追いかけてきたとき、多少は小競り合いになるかもしれないと覚悟していた。だが実際には、アルヴィンはその場から動いてもいない。
敵の動きを止め、意識を奪う魔法を使っただけだ。
「セシリア、大丈夫か?」
「うん。少し驚いただけ。でも、彼はどうして……」
昨日、王太子の提案をすべて退けてしまったが、こちらはそれを上回る提案をしたはずだ。
王都の結界が復活することは、王家の悲願。それを持ちかえった王太子を、国王が責めるとは思えない。
ならば、彼が暴走した理由は何なのか。
セシリアは先ほど見えた、あの黒い瘴気のようなもののことを思い出していた。
どこかで見たことがあるものだ。
そう、ゲームの中で――。
(もしかしてあれって、魔族に操られた悪役令嬢セシリアが、一般人を操って配下にするときの……)
ヒロインに対する嫉妬に狂い、とうとう魔族に魅入られた悪役令嬢。彼女は学園の生徒を操り、王都を攻める。
そのときに操られていた生徒たちの身体は、黒い瘴気を放っていた。
でもそのイベントは、ゲームの第二部で起こるはずのもの。今はまだ、ゲームもスタートしたばかりのはずだ。
すでに魔族に魅入られた者が、この学園の中にいるのだろうか。
セシリアはアルヴィンの背に隠れたまま、俯いた。
ゲームの内容を知っているが、この世界はもう、あのゲームから大きくかけ離れてしまっている。
むしろこれから起こるだろう悲劇を知っているだけに、不安だけが募っていく。
騒ぎを聞きつけた警備兵が、走り寄ってきた。もしかしたら誰かが通報してくれたのかもしれない。ダニーが拘束され、連行されていくのを見ても、安堵することはできなかった。
彼を操っていた真犯人は、まだ学園の中にいる。そう思うと、恐ろしい。




