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【書籍化】最強守護騎士の過保護が止まりません! ~転生令嬢、溺愛ルートにまっしぐら!?~  作者: 櫻井みこと
魔法学園一年生

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真実の愛

 ふとセシリアは、前世のことを思い出す。

 自由に生きてきた。

 毎日のように大好きなゲームをして、自分で選んだ土地に住み、それなりに楽しい仕事。

 充実していたし、幸せだったと思う。

 でも、人との繋がりはあまりない人生だった。

 両親のことは好きだったが、年に数回会うだけ。先に死んでしまったのは申し訳ないし親不孝だと思うが、しっかりとした兄がいるので、そんなに心配していない。

 仲の良い友人やゲーム仲間もいる。でも、それも職場や好きなゲームが変わると、だんだん疎遠になっていく。

 恋人もいない。好きな人さえ、いなかった。

 恋をしたこともない。

 それでも楽しかった。

 とても充実していた人生だと思う。

 でも離れたくなくて、会いたくて苦しくなるくらいの人はいなかった。愛しくて、切なくて、泣きたくなるような人もいなかった。

(でも、今は違う。アルヴィンと離れたくない。離れるなんて、考えたくもない。アルヴィンはわたしの大切な……)

 大切な――何だろう。

 ふたりの関係について、セシリアは初めて深く考えた。

 身内のように近しいが、兄妹のような関係ではない。友人とも違う。

 もっと近くて、離れがたい。

 魂さえも共有しているかのような、親密な間柄。

 目を閉じて、真剣に考えてみる。

 それなのに、適切な言葉がどうしても見つからない。

「……守りたいと思っているのに。今日の俺は、セシリアを泣かせてばかりだ」

 ふと、そんなアルヴィンの声が聞こえてきた。

 目を開くと、アルヴィンは困り果てたような顔をして、セシリアを見つめている。

「もう泣かないわ。だから、そんな顔をしないで」

 にこりと微笑んでみせると、アルヴィンは安堵したように手を伸ばした。髪を撫でられ、心地良さに目を細める。

「ドレスが皺になってしまうな。着替えをしたほうがいい」

「あ、そうね」

 王女を迎えるために、正装したままだったことを思い出す。

 立ち上がろうとしたセシリアは、もうひとつ、気になっていたことを思い出して、アルヴィンの手を掴む。

「待って。結界のことを聞いていなかったわ。本当に危険はないの?」

 王都に結界を張るためには、かなりの魔力を必要とする。でも、父ならできるのではないかと思っていた。それなのに、どうして断っていたのだろう。

「お父様は五年前、どうして結界を張ることを拒んだの?」

「それは結界を張っていた先代の王妃陛下が、魔力を使い過ぎて視力を失ってしまったからだ。公爵夫人は夫を心配して、辞退してほしいと言ったそうだ」

「視力を?」

 母が父に、危ないからやめてほしいと言ったのなら、どんなに国王に懇願されても頷くはずがなかった。

 父は王都に住んでいるたくさんの人々を守るよりも、母の心を守ることを選んだ。

 それでも、単純に母を責めることはできない。

 セシリアだって、もし危険があるのなら、アルヴィンにもしてほしくないと思っている。

「そんなに危険なの? アルヴィンは、大丈夫?」

 ゲームの中では、ヒロインだって、魔力を使い過ぎて昏睡状態になってしまっていた。

 心配でたまらなくなって、アルヴィンの手を握りしめて、彼を見上げる。

「ああ、もちろん。それに普通に結界を張ることも可能だが、今回はこれを使うつもりだ」

アルヴィンは、三角形の石のようなものを取り出した。大きさは、手のひらよりも少し小さいくらい。漆黒で、表面がつるつるしている。

「これって、魔道具なの?」

 セシリアはそっと、それに触れた。

 魔道具は、この国ではあまり発展していない。アルヴィンにこの腕輪を贈られるまで、実際に見たことがないほどだ。

 それなのに、王都に結界を張れるほどの魔道具を、どうやって手に入れたのだろう。

「どうやって手に入れたの? 結界が張れる魔道具なら、とても高価では……」

「いや、これは結界を張る魔道具ではない。使った魔法の威力を保つものだ。公爵家の屋敷にある、冷蔵室に置いてあるようなものと同じ効果だ」

「え?」

 たしかに冷蔵室には、一定の温度を保つための魔法を掛け、それを維持するために魔石を使う。でも魔石は、小石ほどのとても小さなものだ。

「もしかして、魔道具じゃなくて魔石なの?」

 アルヴィンは頷いた。

「そうだ。結界を張るにはかなりの魔力を使う必要があるが、起動してしまえば、もう魔力を使う必要はない」

「そうだったのね」

 それにしても、こんなに大きな魔石は見たことがない。

 でも結界で一番大変なのは、その威力を保つことだ。それをこの魔石が担ってくれるのなら、安心かもしれない。

 セシリアはほっとして、力を抜く。もし危険があるなら、何としても止めなくてはと思っていた。

「結界を張るときは、わたしも立ち会うわ」

「……ただ魔石を使って結界を張って、それを維持させるだけだ。見ても面白くないぞ」

「アルヴィンは、お父様の代わりに王都に結界を張るのよ? わたしはきちんと見届けないと」

「わかった。必ずそうする」

 強い意志を込めた瞳でそう宣言すると、アルヴィンは困ったように笑いながらもそれを承諾してくれた。

「今日はもう着替えをして、ゆっくりと休んだほうがいい。明日から授業だ」

「うん。わかったわ」

 その提案に、素直に頷く。

 もう当分イベントは発生しないでほしいが、これから三年間、ヒロインと同じクラスだ。

 何が起こるかわからない。

 今日のところは休息して、明日に控えたほうがいい。

 それからセシリアは別室に控えていた侍女を呼び、着替えを手伝ってもらった。アルヴィンも、自分の部屋に戻ったようだ。

「ふぅ……」

 綺麗に巻いていた髪も解いて、広い寝台の上に横たわる。色々とあったせいで、思っていたよりも疲れが溜まっていたらしい。

 ゆっくりと意識が途切れていく。

 セシリアによって、救われた。

 アルヴィンがそう言ってくれたことを思い出すと、切ないほどの幸福感が胸を満たす。

大切な人を守れたということは、とてもしあわせなことだ。

「アルヴィン」

 小さく名前を呼びながら、セシリアは眠りに落ちていた。



◇◇◇



 守護騎士として宛がわれた部屋に戻ったアルヴィンは、重厚なマントを脱ぎ捨て、煌びやかな装飾の上着も脱いで、白いシャツ姿になる。

 ほとんどは主であるセシリアの傍にいるため、ここは休むだけの部屋であり、物もほとんど置かれていない。

 アルヴィンはそのまま寝台の上に座り、シャツのボタンを外しかけて――。急に面倒になり、仰向けに転がった。

(とりあえず、最初の危機は脱したか)

 深く、溜息をつく。

 セシリアの守護騎士を辞めることもなかったし、何よりもセシリアが王太子と婚約することも避けられた。アルヴィンは彼女に予知夢の話を聞いてから、王太子との婚約だけは、絶対に避けなければならないと決意していた。

 こちらの申し出に対する国王の返事を聞いていないが、恐らく断ることはないだろう。いまだにブランジーニ公爵に、国王から王都に結界を張れという命令が下るくらいだ。

 それだけ切望しているだから、国王がこちらの提案を断ることはないという確信があった。

 達成感が、少しずつ疲労に変わっていく。

 目を閉じると、先ほどまでこの腕に抱きしめていたセシリアの顔が浮かんだ。

 フィンという男に激高した姿。

 自分の過去を聞き、助けたかったと涙を流してくれた姿。

 彼女が浮かべる感情のひとつひとつに、こちらに向けられた深い愛情を感じることができた。

 まだ、恋ではないのだろう。

 それでも、愛してくれている。大切に思ってくれている。

 そう思うと、心が満たされていく。

 セシリアに愛を告げるのは、簡単だ。

 溢れそうになっているこの想いを、ただ愚直に告げればいい。

 でも、自分の壮絶な過去を知ってしまった彼女は、恋という感情を知らないまま、その告白を受け入れてしまうだろう。

 誰にも愛されなかった自分を、愛に飢えていた過去を知ってしまった今、突き放せるはずがない。セシリアはそれだけ優しく、慈悲深い女性だ。

 だが、それでは駄目なのだ。

 アルヴィンは辛抱強く、セシリアが恋に目覚める日を待っていた。その前に強引に行動してしまって、自分の言葉が、言動が、もしセシリアを傷つけたらと思うと、恐ろしい。

 父と母はたしかに愛し合っていたが、今思い返してみれば、その愛は独りよがりなものだった。

 どちらも自分の愛に夢中で、お互いが傷つくかもしれないとは考えなかったのだろう。

 愛を恨み、疎んじていた自分に、真実の愛を教えてくれたのはセシリアだった。

「セシリア。愛している……」

 アルヴィンはそっと目を閉じて、まだ告げることのできない言葉を呟いた。


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