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転機

 セシリアの母は、身体は弱いが魔力は普通の侯爵家の者よりも強く、父はこの国で一番の魔導師だ。

 ふたりの血を受け継いだセシリアの魔力は、同い年の王女と同じくらい強いと言われていた。

 魔法以外に興味を持たなかった父は、セシリアの母と出逢って変わった。今では、母を何よりも大切にしている。

 その母の具合が悪いと聞けば、娘の誕生日を忘れてしまっても仕方がないと思うくらいだ。

(あれ、何だかこの設定、どこかで見たような……)

 ふと蘇った記憶があった。

 異母兄よりも魔力の強い公爵令嬢は、とても大切にされ、甘やかされていた。

 でも十歳の誕生日を家族に忘れられてしまい、寂しさから屋敷を抜け出し、町に出る。

 そこで幸せな家族を見つけた令嬢は、妬ましさと寂しさから魔力を暴走させ、その家族を傷つけてしまう。

(これって、わたしのこと? 待って、これは誰の記憶なの?)

 たしかにセシリアは強い魔力を持った公爵令嬢であり、今日は十歳の誕生日だ。

 それを家族に忘れられてしまい、町に出たのも同じ。楽しそうな家族連れを見て、羨ましいと思ったことも事実だ。

 でも――。

「大丈夫か?」

 心配そうに言われて、我に返る。

 顔を上げると、アルヴィンがこちらを覗き込んでいた。

(う、うわぁ……。美少年ヤバい。ものすごい破壊力……)

 セシリアから見ても人形のように整っていた顔立ちの少年は、日本人の目線からだと、もう言葉にできないくらいの美しさだった。その美貌の威力で、前世のことばかり考えていたセシリアの思考は現実に引き戻される。

 そんな美少年が、心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 もし、彼に出逢わなかったら。

 セシリアは、アルヴィンが語った衝撃的な話で前世を思い出すこともなく、その不可解な話のように、魔力を暴走させてしまっていたかもしれない。

 たしかに強い魔力を持っているが、まだ子供のセシリアには、それをうまく制御することができないのだ。

「ありがとう、アルヴィン。あなたのお陰で助かったわ」

 まだ詳細は思い出せないが、いくら公爵令嬢でも、魔力で人を傷つけて無事ですむとは思えない。

 あのままだとよくないことが起こっていた気がする。

 そんな思いで感謝を告げるが、事情をまったく知らないアルヴィンは戸惑うだけだ。

「えっと、お父様とお母様は誕生日を忘れてしまっていても、わたしを大切にしてくれているってわかったから。だから、ありがとう」

「……そうか」

 苦し紛れの言い訳だったが、アルヴィンはそれを聞いて柔らかく微笑んだ。

 美少年の微笑みはあまりにも威力が強くて、美少女セシリアの中にいる、平凡な日本人である上嶋蘭が衝撃を受ける。

(神々しい……。こんな美少年が虐待されているなんて)

 よく見れば彼は痛々しいほど痩せている。

 こんなに美しい少年を虐待するなんて、許されることではない。セシリアは思わずアルヴィンの手を、両手でしっかりと握りしめる。

「だから今度はわたしが、あなたを助けてあげる」

「セシリア?」

「痛いこととか、つらいことなんか我慢しなくてもいいの。だから、わたしと一緒に行こう?」

 見た目は同い年くらいだが、こっちの中身は二十九歳だ。虐待されている子供を見つけたら、保護しなければならない。

 だが、アルヴィンは首を横に振った。

「俺と一緒にいると、お前も危険かもしれない。どこかのお嬢様なのだろう? 早く戻ったほうがいい」

「危険って……。誰かに追われているの?」

 思わず彼の手を握りしめたまま、周囲を見渡した。

「ここにはいない。大丈夫だ」

 そんなセシリアに、アルヴィンは優しく言い聞かせるように言った。

 たしかに、彼の敵がすぐ傍にいるのなら、こんなふうに座り込んでいるはずがなかった。早とちりしてしまったのが恥ずかしくて、セシリアは照れ笑いを浮かべる。

「だったら今のうちに逃げましょう。大丈夫、わたしが守ってあげるから」

 そう言って、手を差し伸べる。

 だが、アルヴィンは承知しない。

 セシリアの身を案じて、早く逃げろと言うだけだ。

 自分だって大変な状況だろうに、偶然出会った身なりの良い子供を利用しようなんて考えずに、ただ案じてくれる彼の優しさと強さに、胸がじんとする。

 どうやったら彼を保護できるのか、セシリアは必死に考えた。

 まだ幼い子供ながら、彼は逃げることをよしとせず、自分の敵に正面から立ち向かおうとしている。子供らしい表情をすることができないくらい、傷ついているにも関わらず。

「実はわたしも、そんなに安全な身じゃないの」

 しばらく考えていたセシリアは、彼の手を握ったまま、そう言って溜息をついた。

 よくよく考えてみれば、嫡男である兄よりも魔力の強い妹なんて、兄からしたら邪魔者でしかない。しかも十歳だったセシリアは両親の愛を強く信じていたようだが、二十九歳の上嶋蘭からしてみると、あまり両親はセシリアに興味がなさそうだ。

「……困っているのか?」

 予想通り、アルヴィンはすぐに反応してくれた。その優しさを利用するようで心苦しいが、彼を助けるためだ。

「ええ。お兄様のことで」

 セシリアは頷いた。

「わたしとお兄様は、お母様が違うの。そのせいで、わたしのほうがお兄様よりも少しだけ魔力が強くて。だからお兄様にとって、わたしは邪魔なのよ」

 兄に疎まれているかもしれない。

 それが不安だと言うと、アルヴィンは憂い顔で頷いた。

「そうか。お前にも、敵がいるのか」

アルヴィンはそう呟くと、決意したように頷いた。

「わかった。困っているのなら、俺が傍にいて守ってやる」

 守ると言われても頷かなかったアルヴィンは、セシリアが頼るとすぐに頷いてくれた。

 そんな彼だからこそ、守ってあげるなんて言ってはいけなかった。

むしろアルヴィンは、まだこんなに小さいのに、誰かを守るために戦う人だ。何だか感動してしまって、胸が熱くなる。

(守ってやるなんて、初めて言われたかもしれない……)

 ようやくその言葉を引き出したのだから、彼の気が変わらないうちに屋敷に連れて行かなければ。

 そう思ったセシリアは、この場で詳しい話をするよりも、そのままアルヴィンを連れて帰ることにした。

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