異なる未来
よくよく考えてみれば、今のセシリアは「悪役令嬢」だったセシリアとは、大きくかけ離れている。
両親や兄に愛されていないことなど、もう知っている。
それでも傍には常にアルヴィンがいてくれるから、孤独を感じることはない。
あの悪役令嬢は桁外れの魔力のせいで増長し、婚約者である王太子や王女にまで傲慢に振る舞っていた。
でも今のセシリアはアルヴィンの腕輪のお陰で魔力も小さく、そのため、おそらく王太子の婚約者になることはない。
考えてみれば、すべてアルヴィンのお陰だ。
まるでセシリアが悪役になって破滅してしまうことを防ぐために、彼が手を貸してくれているようだ。
(どうして、わたしを助けてくれるの?)
不思議に思って彼を見上げると、アルヴィンはその視線に気が付いて、笑みを浮かべる。
「少し、落ち着いたようだな」
「ごめんなさい。急に泣いたりして」
慌てて涙を拭う。
「謝る必要はない。ただ、何がセシリアをそんなに悲しませた?」
労わるような表情が、急に鋭さを増す。
もし、誰かがセシリアを泣かせたのなら容赦はしない。そう言いたげな様子に、慌てて首を振る。
「違うの。誰かのせいってわけではなくて。ええと……」
さすがに、今思い出したばかりだ。
すべてを打ち明けるには、まだ心の整理がついていなかった。
少し考えてから、今は、予知夢のように脳裏に浮かぶ記憶のことだけを話すことにした。
「何だか最近、変な夢を見てしまって。それは予知夢というか、これから起こることのようなの」
「予知夢……」
「ええ。さっきアルヴィンに声を掛けてきたあの子も、わたしの夢に出てきたわ。夢の中のわたしはとても性格が悪くて、自分の婚約者がその子を好きになったからと言って、ひどい嫌がらせを……」
「婚約者?」
立場の弱い下位貴族の令嬢に嫌がらせをしていたなんて言ったら、さすがに嫌われてしまうかもしれない。そう思っていたのに、アルヴィンが反応したのは婚約者という言葉だった。
「セシリアに婚約者がいるのか?」
「その夢の中では、いたわ」
「それは、誰だ?」
「王太子殿下よ。夢の中では、わたしは魔力を隠していなかったから、強い魔力を見込まれて王太子殿下の婚約者となったの」
アルヴィンはそれを聞くと、目を伏せる。
「俺は……。その夢の中で、どうしていた?」
「アルヴィンはいなかったわ。その夢はきっと、アルヴィンと出逢わなかったわたしが辿っていた未来よ」
自分が傍にいないと言われて、アルヴィンは切なそうに目を細める。
「その夢の結末は?」
「我ながら、自業自得としか言えない最期だったわ」
王太子の想い人を嫉妬から殺害してしまい、修道院に護送される途中で殺されたことを伝えると、アルヴィンは怒りを抑えるように、両手をきつく握りしめる。
「俺が傍にいれば、セシリアをそんなふうに死なせたりしなかった」
「アルヴィン?」
まさか彼がそんなことを言うとは思わず、セシリアは驚くよりも戸惑って、そっと握りしめられているアルヴィンの手に触れる。
「夢の中のセシリアは、罪人だったのよ。ひとりの女性を殺めているわ」
「たとえどんな罪を犯そうと、セシリアであることに変わりはない。むしろ王太子ともあろう者が、婚約者がいるにも関わらず、他の女性と懇意になるなど、許されることではない」
「それは……。たしかに」
恋愛ゲームだから仕方がないと言っても、アルヴィンには通じないだろう。だからセシリアは、今の価値観に合わせて頷いた。
人の心を縛ることはできない。
王太子がヒロインに惹かれた心を咎めることは、誰にもできないことだ。
だが彼は王太子という立場にも関わらず、表立ってヒロインと交流し、好意があることを隠そうともしなかった。
それがセシリアの嫉妬心を煽り、暴走してしまうきっかけとなる。
「俺には、そのセシリアだけが悪いとは思えない」
その言葉を聞いて、思う。
きっと今のセシリアは大丈夫だ。何があっても道を踏み外すことはない。
(だって、こんなにもわたしを信じて、大切にしてくれるアルヴィンがいるもの)
どんな目に合っても、この先にどんな困難が待っていたとしても、希望を失うことはないだろう。
「どうしてアルヴィンは、そこまでわたしを信じて、助けてくれるの?」
気が付けば、先ほども思っていたことを口にしていた。
「何を言っている」
アルヴィンはセシリアの金色の巻き毛に指を絡ませて、笑う。
「最初に俺を助けてくれたのは、セシリアだろう? 忘れてしまったのなら、何度でも言う。あのときからずっと、俺はお前のものだ」
耳もとで囁くように言われてしまえば、さすがにセシリアも頬を染める。
「ありがとう……」
そんなに綺麗に笑わないでほしい。セシリアは赤くなった頬を隠すようにして、俯いた。
「もう五日後には学園生活が始まるのね」
何だか恥ずかしくなって、話題を変える。
「そうだな。おそらく魔力の強さでクラスが決められているだろうから、セシリアが王女と同じクラスになることはないだろう」
「ええ、王女殿下ならAクラスでしょうね。わたしはBかしら?」
守護騎士は個々の実力に関係なく、主と同じクラスになる。一番強い魔力を持っているアルヴィンが、セシリアと同じBクラスというのも申し訳ないような気持ちになるが、当の本人はまったく気にしていなかった。
それに王女と関わりがないのなら、王太子と会うこともないだろう。
妹想いの王太子は、学年が違うのによくAクラスに様子を見に来ていた。
(もっとも、セシリアが王女殿下を見下していたから、心配で通っていたのだと思うけれど)
今思えばいくら王太子の婚約者とはいえ、王女に対して許される態度ではない。
セシリアは本当に思い上がっていた。
そして、それを許してしまったのは、この国の魔力至上主義だ。
セシリアが変わったことで、これから先の未来も変わる。
そう信じているけれど、心配でもある。
「不安か?」
「……少し。夢の中に出てきた人と接触するのが、怖くて」
正直に打ち明けると、アルヴィンは頷いた。
「そうか。これからのことが心配なら、ずっと俺の後ろに隠れていろ」
「え?」
「世間知らずで気弱なお嬢様になって、誰とも接しなければいい。俺がすべて対応する」
「そんなこと、できないわ。あなたを盾にするなんて」
「俺はお前の守護騎士だ。それに、セシリアも俺を守ってくれると言っただろう?」
「え?」
「恋人が常に背後に寄り添っている男に、近寄る女はいない」
「あ……」
アルヴィンを令嬢たちから守るために、恋人同士という設定にしたことを思い出す。
たしかにヒロインはセシリアではなく、アルヴィンに声を掛けてきた。
でも彼は、乙女ゲームの攻略対象ではない。だから近寄らないでほしいと、強く思う。
「互いにそれが一番……なのかしら?」
「ああ、そうだ。だからセシリアは絶対に、俺から離れないように」
彼はそう言うと、まだ涙の跡が残る頬に触れる。
「俺はただの守護騎士だが、学園内では身分は不問という規則がある。たとえ王太子が出てきても大丈夫だ」
「……うん。でも、無理はしないでね」
こうなったら誰も近寄れないくらい、ぴったりと寄り添っていようと思う。
それが互いを守ることにも、繋がるのだから。




