ヒロインとの遭遇
セシリアの守護騎士としてアルヴィンの名が呼ばれると、彼はセシリアに小さく呟く。
「周囲の人間の反応を、よく見ておけ。それが、本来ならお前に向けられていたはずの感情だ」
そう言うと、颯爽と歩いて行く。
「アルヴィン……」
セシリアはその後ろ姿を見送り、ぎゅっと両手を握りしめた。
きっとあの水晶は、眩い太陽のように光り輝くだろう。
それを見た人々がどう反応するのか。
想像しただけで、胸が苦しくなる。
(アルヴィンをこんなふうに、晒したくなんてないのに……)
それなのに彼は、それをよく見ておけと言う。
今後、セシリアが学園でどう立ち回るか、誰に注意をすればいいかを見極めるために。
(わたしのためだわ。しっかりと、見届けないと)
後ろ姿まで完璧に美しいアルヴィンの姿を見つめていると、同じように、もしくはそれ以上に熱を込めて、彼の姿を目で追っている複数の人間に気が付いた。
なんとなくむっとして、彼女たちを見つめる。
アルヴィンは先ほどの自分のように、学園長と軽く言葉を交わし、水晶に向かって手を伸ばす。
その瞬間。
眩いほどの光が迸り、ホール全体を明るく照らす。
学園長は驚きのあまり目を見開き、騎士団長は王太子を庇うようにして前に出た。魔導師団長は、その強すぎる魔力から逃げるように目を閉じる。
王太子は警戒するようにアルヴィンを見つめ、王女はどこかうっとりしたような視線を彼に向けている。
それを見たセシリアの中では、王族のふたりは、どちらも警戒すべき存在になった。
公爵家の令嬢としてはあり得ない思考だが、この美しい少女の中身は過保護なアラサー女なのだ。
アルヴィンを利用しようとする者は許せない。
彼が手を離すと、まるですべてが幻だったように、光は消えてしまった。
痛いほどの沈黙。
周囲から向けられる畏怖と警戒の視線に、アルヴィンは少しだけ、寂しそうな目をする。それは、ずっと傍にいたセシリアしか気が付かないような僅かな変化だった。
でも、それを見た途端、ずきりと胸が痛んだ。
あんなところで、いつまでも晒しものにしておくつもりはない。
「アルヴィン」
思わず立ち上がり、彼の名を呼んだ。
その声にアルヴィンは振り返り、セシリアの姿を見つけると柔らかく微笑んだ。
見慣れているはずのセシリアでさえ、絶句してしまうほどの極上スマイルに、緊迫していた空気が一気に変わる。
(……うん。これでいい、のかな?)
意図していたものではなかったが、彼に対する恐怖や警戒の視線が減ったことに満足して、セシリアは笑みを浮かべた。
あの容姿に、あの笑顔だ。
女性なら、危険だとわかっていても惹かれずにはいられないだろう。彼女たちが味方につけば、学園の空気も変わる。
そう確信してにこにこと微笑む。するとアルヴィンはそのままセシリアのもとに歩み寄ると、その足もとに跪いた。手を取り、その甲に唇を押し当てる。
「!」
それは、守護騎士が女性の主に忠誠を誓う動作。
先ほど、王女殿下の守護騎士も同じことをしていたのを目の前で見ていたが、アルヴィンまで同じことをするとは思わなくて、動揺する。
(ア、アルヴィン!)
彼の唇が触れた手の甲が、とても熱い気がする。恥ずかしくて、顔を上げることができなかった。
でも少し冷静になってみると、これは彼の立場を明確にするために必要な儀式だ。
アルヴィンは、ブランジーニ公爵家の娘であるセシリアの守護騎士。だから彼を手勢に取り込むことも、危険だからと排除することも、容易にはできないのだ。
(わたしが守ってあげるからね)
セシリアもアルヴィンの手をしっかりと握り返して、その手に頬を寄せる。
自分もアルヴィンに守られている。
手首に揺れる繊細な細工の腕輪を見つめながら、セシリアはそう思う。
そのあとの魔力の測定は、順調に進んだ。
線香花火のような小さな光ばかりだったが、全員光らせることができたようだ。
白い光だったのはアルヴィンとセシリアだけで、あとは皆、王女と同じように暖色系の光だった。その違いが何なのかわからなかったが、学園長が綺麗な魔力だと言ってくれたので、あまり気にしなくても大丈夫だと思おう。
全員の測定が終わると、学園長は、入学試験を受けた全員が合格だったと告げた。最初に筆記試験をしたのは、今日のうちに合否を伝えるためだったらしい。
これで入学試験はすべて終わり、これから新入生だけの交流会が行われる。
学園長やゲストの面々、そして在校生は退出して、まだぎこちない空気の新入生たちはホールに残った。
兄はちらりと視線をアルヴィンに向けたが、何も言わずに立ち去った。
一応、アルヴィンが守護騎士として学園に通うことは報告しておいた。だが、彼がここまで強い魔力を持っているとは、兄も思わなかったのだろう。後で何か言われるかもしれないが、すべて父が許可したことだ。
セシリアはそのアルヴィンを背後に従え、少し離れてホール全体を見渡していた。
新入生たちの人間関係を把握するには、良い機会だ。
男爵、子爵家の者は守護騎士がいないのでひとりだが、他は皆、自分の守護騎士を従えている。そのまま経過を見守っていると、ばらばらだった新入生たちは、次第に人の輪を作っていく。
(あれは、ルース侯爵家の長女と、リーサリー伯爵家の次女ね。たしかふたりは縁戚だったはず。向こうにいるのは、ビリサ伯爵の嫡男。その守護騎士はゴーダ子爵の息子で、彼の傍にいるのは、そのゴーダ男爵の縁戚のラーラン子爵の娘かしら?)
縁戚関係や、守護騎士の縁で、その輪がどんどん繋がっていく様子を、セシリアは静かに観察していた。
「セシリアはいいのか?」
背後のアルヴィンにそう尋ねられ、こくりと頷く。
「ええ。ひとりの方が気楽だもの」
今のところ、仲良くなりたいと思うような人はいなかった。
それにブランジーニ公爵家の縁戚といえば、王太子とか王女になってしまう。先ほどの様子を見る限り、なるべく近寄りたくない。
「そうだな。俺も、ふたりきりの方がいい」
アルヴィンは耳もとでそう囁くと、セシリアの金色の髪に触れた。優しく撫でられて、思わず笑みを浮かべる。
これから嫌でも権力闘争に巻き込まれていくのだ。
学生の間くらい、静かに穏やかに暮らしたい。
そう思っていたセシリアの背後から、声を掛けてきた者がいた。
「あ、あの」
振り返ると、小柄な少女が頬を染めてこちらを見ていた。
守護騎士を連れていないので、子爵か男爵の娘だろう。彼女の視線は、まっすぐにアルヴィンに向けられている。
「魔力測定のとき、凄かったです。わたし、感動してしまって。あんなにすごい魔力、初めて見ました」
澄んだ高い声。
まっすぐな銀色の髪は、背中を覆うほど長い。
白い肌に、華奢な身体つき。
思わず守りたくなるような、可愛らしい少女だった。
だが、主を差し置いて守護騎士に話しかけるのは、とても失礼なことだ。
しかもセシリアは王家の血を引く、ブランジーニ公爵家の令嬢である。
まず主であるセシリアに挨拶をし、その許可を得てから、守護騎士に話しかけるのがルールだ。
でも守護騎士のいない彼女は、そういう貴族のルールに疎いのかもしれない。
もし彼女が無知のままで、他の人に同じことをしてしまったら、大変なことになる。
注意をしなければと思ったセシリアは、ふと思った。
(あれ……。この子、知っている気がする。どこかで見たような……)
前世で好きだったゲームの主人公に似ている。
そう気が付いた瞬間、セシリアは青ざめた。




