入学試験と兄
気合を入れまくって勉強をしたというのに、魔法学園の入学試験は、思っていたよりもずっと簡単なものだった。
筆記試験は教室で行われ、それが終わったあと、セシリアはアルヴィンとともに休憩室で待機していた。
高位貴族には個室が与えられていたが、下位貴族はひとつの部屋に集まっていたようだ。
「というか、筆記試験なんて簡単すぎて、何か裏があるのかと思ったわ」
深読みをしまくって疲れ果てたセシリアに、アルヴィンが呆れたように笑う。
「これから学園で勉強するのに、そんな難しい問題が出るはずがないだろう?」
「それは……そうだけど」
つい、前世の受験勉強なみに頑張ってしまった。
そのことに気が付いて苦笑する。
「まぁ、でも頑張った知識は無駄にならないし。むしろ三年分、先取りするくらい勉強したから、これからは実技に集中して頑張れるわね」
うんうん、と頷いてから、今後のことを考える。
「それで、筆記試験の次は魔力を測る検査よね。むしろこっちを先にするべきじゃない?」
本当に魔力があるかどうかを確かめるための、入学試験のはずだ。それなのに、先に筆記試験をするのはおかしいのではないか。
そう口にすると、アルヴィンは頷いた。
「その通りだが、試験があるというだけで、本当に魔力がないのなら諦めるだろう。それに、これからやる魔力の検査には、立会人がいる。後回しになったのは、その準備のためだな」
「ああ、そうだったわね」
入学試験なのに、なぜか騎士団長と魔導師団長、さらに在学中の王太子も見学に来るらしい。さらに、在校生や高位の貴族たちもわざわざ見に来ている。
どの貴族が強い魔力を持っているのか。
それを見定めるためだ。
それだけで、この国がどれだけ魔力の強い者を必要としているのかわかってしまう。
最初はセシリアもあまり知らなかったせいで、強すぎる魔力は目立ってしまうから厄介だとしか思わなかった。
この国の今の状況は思っていたよりもずっと緊迫しているようだ。
だからこそ、あの予知夢のセシリアは勘違いをしてしまった。
自分は特別な存在であり、手に入らないものはないと傲慢に振る舞い、他者を踏みにじった。
でもその先に待っているのは、破滅しかない。
力を持つ者が道を踏み外した場合、他よりも厳罰が与えられることになっている。
結果として断罪され、修道院に送られることになったセシリアを庇ってくれる人は誰もいなかった。
(大丈夫。今のわたしは、あんなふうにならないわ)
それなりの魔力しかないセシリアに追従する者などいないし、何よりも今のセシリアにはアルヴィンがいる。
彼がいれば、セシリアはけっして道を踏み外さない。
もし自分が何かをしてしまったら、守護騎士である彼も巻き添えにしてしまう。
そんなことは絶対にしない。
「セシリア、そろそろ時間だ」
「うん、今行くわ」
アルヴィンに促され、休憩室を出て会場に向かう。
途中で何人かの貴族とすれ違い、軽く挨拶を交わした。
彼女たちの視線はことごとく、背後に付き従うアルヴィンに向けられている。
(うん、わかる。わたしも知り合いじゃなかったら、そうしていると思う)
頬を染めて俯く彼女たちに心の中で同意しながら、セシリアは会場に辿り着いた。
アルヴィンが開けてくれた扉を通って、中に入る。
(わぁ……。思っていたよりも広い)
体育館くらいの大きさのホールに、椅子がたくさん並んでいた。後ろに受験生。右側に王太子や騎士団長、魔導師団長。それに高位の貴族たち。左側には在校生が並んでいた。
(あ、お兄様だわ)
その中に兄の姿を見つけて、セシリアは咄嗟に視線を反らす。
兄は貴族の中では珍しくがっちりとした身体をしているので、かなり目立つ。
背の高さはアルヴィンと同じくらいだが、身体の厚みは倍以上もある。
兄もまた、あまり貴族に見えない体格を気にしているようで、今も大きな身体を縮めるようにして、椅子に座っている。
(せっかく体格に恵まれているのだから、騎士団のほうが活躍できそうなのに)
そんな兄の姿を見て、そう思う。
むしろあの体格なら堂々としていたほうが、威厳があると思うのだが、そんなことを兄に言うわけにはいかない。
兄が魔法にこだわっているのは、母やセシリアの存在があるからだ。
それに貴族に生まれ、魔力を持っているにも関わらず、魔導師ではなく騎士団に入るのは、貴族にとっては恥だと考えられているようだ。
(魔導師も騎士も、どちらも大切な存在だと思うけど……)
セシリアはそっと息を吐いて、ホールの中央に視線を向けた。
そこには豪華な台座があり、緋色のクッションの上に大きな水晶が置かれていた。
あれに手を翳して、魔力を測るらしい。
(魔力が弱い人はぼんやりと、強いと眩しいくらい光るって聞いたわ)
セシリアを始めとした受験生たちも、他の生徒の成績が気になってそわそわとしていた。
トップバッターは、同い年の王女のようだ。
「ミルファー王女殿下」
学園長が恭しくその名を呼ぶと、一番前に座っていた少女が立ち上がった。
女性にしては背が高く、細身のすらりとした美人だ。
茶色の艶やかな髪は肩あたりで切り揃えられ、凛とした気品ある佇まいながらも、すでに大人の色気を漂わせている。
(本当に同い年? なんか、迫力が違いすぎる……)
セシリアも美少女のはずだが、中身は平凡な日本人だ。つい、そのオーラに圧倒されてしまう。
彼女はゆっくりと中央に歩み寄り、その水晶に手を翳した。淡い光が宿り、周囲を優しく照らしている。
「おお……」
「何とすばらしい……」
周囲はざわめき、口々に王女を讃えている。
同じ受験生たちも感嘆の声を上げていたが、もっと光り輝くと思っていたセシリアは、思っていたよりも地味な光り方に少し戸惑っていた。
(なんというか、常夜灯みたいな感じね)
自分なら、この会場を照らすほどの光を灯すことができる。
そんな予感があった。
おそらく魔力を抑えていないセシリアなら、それくらいの魔力を持っている。
だがそんな王女の魔力でも、この国では最上級の魔力の持ち主らしい。
次は王女殿下の守護騎士である、侯爵家の次男だった。
金髪碧眼の儚い系の美少年だったが、それなりに魔力はあったらしく、水晶はぼんやりと光った。
王女よりも背の低い小柄な少年は何とも可愛らしい。
だが幼年期のアルヴィンを見ているセシリアには、魔力と同じくそれなりの美少年にしか見えない。
そんなことを思った瞬間に名前を呼ばれ、少し上擦った声で返事をする。
「は、はい」
どうやら身分が高いから呼ばれているらしく、セシリアは王女に続く立場のようだ。
(うう、緊張する……)
この腕輪がある限り大丈夫だと信じているが、それでも緊張してしまう。
「セシリア。大丈夫だ」
震える手がしっかりと握りしめられ、顔を上げるとアルヴィンが、泣きたくなるくらい優しい顔で微笑んでいた。
「俺がついている」
「……うん」
少し頬を染めながら、セシリアはしっかりとした足取りで歩き出す。
(わたしにはアルヴィンがいる。だから、大丈夫)
そう自分に言い聞かせながら、水晶の前に立った。
「大丈夫ですよ。落ち着いて」
黒縁の眼鏡をかけた白髭の学園長が、優しくそう言ってくれた。
「は、はい。頑張ります」
深呼吸をしてから、そっと手を翳す。
王女のものより小さいが、鮮明な白い光が水晶に宿った。
「おお、これはとても綺麗な魔力です。まだ光は小さいですが、これから伸びる可能性もありますよ」
「ありがとうございます」
学園長にお辞儀をして、席に戻った。
王女のような暖色系の光ではなく、真っ白い光だったことが少し気になるが、周囲がざわめくほどではなかったので安堵する。ちらりと兄を見ると、驚いたような顔をしてこちらを見つめていた。
セシリアの魔力は、兄が思っているよりも小さかったようだ。これできっと、兄の敵意は軽減されるはず。
ほっとして、隣のアルヴィンを見上げる。
次はいよいよ、セシリアの守護騎士である彼の出番だった。




