偽装の恋人?
それから二か月。
セシリアは毎日のように勉強に励み、魔法の知識だけは完璧に身に付けることができた。
それに、今までならまったく制御できなかった魔力が、この腕輪のお陰で少しの間なら制御できるようになったのだ。
これで多少の魔法ならば、問題なく使えるかもしれない。
(やっぱり、マンガやゲームで魔法を知っていたからなんだろうなぁ)
しみじみと、そう思う。
そうでなければ百年前の彼のように、誰かを愛し、この世界に生きる覚悟が決まるまで、まったく使えないままだったかもしれない。
これで試験も大丈夫だと、ほっと胸を撫でおろす。
一応魔法学園にも試験があり、それに合格しないと入学することができない。
昔は試験などなかったようだ。
だがこの国では、年々貴族の持つ魔力が低くなっているらしい。
噂でしかないと思っていたが、詳しく調べてみると、それは事実らしい。
さらに、生まれは間違いなく貴族なのに、まったく魔力を持たない者も生まれるようになっていた。だからこそ試験で本当に魔力があるのか、たしかめる必要が出てきたようだ。
国としては、国力の低下に繋がる由々しき事態である。
そのため、魔力の強い者は愛人を何人も持つことが当たり前になっているらしい。そして生まれた子供はたとえ庶子であろうと、魔力があればすぐに本家に引き取られる。
セシリアの父も、かなり魔力が強かった。
それなのに娶った妻はふたりだけで、ひとりはもう亡くなっている。
周囲からは愛人を持つようにとしきりに言われているようだが、母一筋の父は相手にもしていないらしい。
子供の頃はあまりにも子供に関心のない父を恨んだこともあったが、父はああやって常に傍にいることで、母を守っているのだろう。
父親としてはともかく、夫としては誠実な人なのかもしれない。
国内がそんな状況なので、他国から魔力の高い貴族の子を嫁として、婿として受け入れている家も多数あった。
それを思えば、素性は不明だが、それでもこの国の王家に匹敵するほど強い魔力を持つアルヴィンなど、理想の婿候補だろう。
公爵家の守護騎士でなければ、在学中に縁談が山ほど持ち込まれていたに違いない。
(しかも魔法の天才で、剣技も優れているイケメンだからね……)
だが魔力が強いというだけでつらい思いをしてきた彼を、これ以上誰かに利用させるわけにはいかない。
セシリアは決意をあらたにする。
(大丈夫だからね、アルヴィン。わたしが守ってあげるから)
彼は何といっても、ブランジーニ公爵家の令嬢であるセシリアの守護騎士だ。そのセシリアを差し置いて、アルヴィンに手を出そうとする者はいないだろう。
(でも念のため、こうした方がいいよね?)
あることを思いついたセシリアは、隣で分厚い魔法書を読んでいるアルヴィンに声をかける。
「ねえ、アルヴィン」
「……何だ?」
魔法書から目を離さないまま、アルヴィンはそう返答した。
守護騎士ならば、主の呼びかけにはすぐさま答えて畏まるのが普通だが、こういう関係を望んだのはセシリアだ。とくに気にすることなく、言葉を続ける。
「もうすぐ学園に入学するよね。寮にも入るし、しばらくは学園での生活がすべてになると思うの」
「……ああ、そうだな」
「三年間、平穏に過ごすためにも、わたしたち、恋人同士って設定にしない?」
「……、……は?」
ブランジーニ公爵令嬢の守護騎士という立場は彼を守ってくれると思うが、それでも暴走する令嬢もいるかもしれない。
恐ろしいことだが、前世では既成事実を偽装してまで意中の恋人を手に入れようとした女性もいた。愛のために暴走する女性が、この世界にもいないとは限らない。
だがさすがにセシリアの守護騎士であり、さらに恋人でもあるなら、手を出そうとする者はいないと思いたい。
そう思ったからこその、提案。
よい考えだと思った。
でもアルヴィンはその言葉に絶句し、手にしていた魔法書を取り落とすほど動揺していた。
綺麗なスミレ色の瞳が、驚愕の色を浮かべている。
こんなにも動揺した彼の姿は、今まで一度も見たことがない。提案したセシリアも、つい慌ててしまう。
「もちろん偽装よ? そのほうがお互いに生活しやすいと思うから」
「偽装……。偽装か。いや、セシリアを守るためなら構わないが」
「わたしというより、むしろアルヴィンのためかな?」
「俺の?」
「うん。あれからわたしなりに色々と調べてみたのよ。今、この国ではね、貴族でも魔法を使えない人が増えているの。焦りもあるのか、ちょっとひどい有様みたいでね」
「ああ、知っている。だからこそセシリアの魔力を抑えなくては思った。あのままでは危険だと思ったからな」
「……うん。そうね」
本来のセシリアは、今のアルヴィンよりも強い魔力を持っているらしい。
国がこんな状況では、学園を卒業するよりも先に、結婚させられていたかもしれない。
「でもわたしは、この腕輪のお陰で大丈夫だと思う。でもアルヴィンは、わたしにこれを譲ってくれたせいで、他の令嬢から狙われるでしょう? だから、わたしの恋人だって言えば、手を出す人もいないかと思って」
「……」
「ご、ごめんね。嫌だった?」
「そんなことはない。ただ、色々と複雑なだけだ」
アルヴィンは大きく溜息をつくと、手を伸ばしてセシリアの金色の髪に触れた。
「それより、いいのか? 俺と恋人同士になってしまえば、もう学園で恋をすることはできないぞ?」
「うん。それは別にいいかなって。なんか、貴族同士の恋愛って打算的で、あまり楽しくなさそうだし」
前世が普通の一般人だったからか、窮屈に感じてしまう。
相手を好きになっただけではだめなのが、貴族同士の恋愛だ。
昔のように親が勝手に婚約者を決める時代ではなくなったが、それでも向こうの家柄、縁戚。さらに魔力の強さなどを考え、本人だけではなく周囲の人たちを納得させなくてはならない。
それに正直、前世だって恋人はいなかったけれど、毎日充実していた。学園を卒業するまでは、恋だの婚約だのは保留にしておいてもいいと思ったのだ。
アルヴィンは少しの間考え込んでいたが、やがて頷いた。
「わかった。学園に入ったときから、お前と俺は恋人同士だ。遠慮はしないから、覚悟しろ」
そう言って笑った彼の顔があまりにも綺麗だったので、どきりとする。
「もちろん」
反射的にそう答えてみたものの、なぜか胸の動悸はすぐに治まらなくて、セシリアは何だか落ち着かないような気持ちになっていた。
(え、覚悟って、何の?)
それだけが疑問で、ちょっとだけ不安だった。




