恋と魔法の関係性
「そんなことは……」
いくら何でも、それはあり得ないと思った。
アルヴィンの魔力は、もしかしたらこの国の王族よりも高いくらいだ。
公爵家とはいえ、ただの貴族の令嬢でしかないセシリアが、それよりも高い魔力を持っているなんて考えられない。
(でも……)
それでも、以前のアルヴィンから魔力をまったく感じなかったのは事実だ。
セシリアは手首に嵌めている腕輪を見つめる。
「これは、本当にアルヴィンが付けていたものと同じなの?」
「もちろんだ」
「今まで魔力は高いかもしれないと言われてきたけど、そこまで高いとは言われなかったわ」
「それは、魔力の制御がうまくできなかったからだ。あの家庭教師もそうだが、他人の魔力の強さを、成功した魔法でしか測れない者は多い」
「魔法がほとんど成功したことがなかったから、漠然とした評価しかなかった、ということ?」
「ああ、そうなる」
「……」
セシリアは混乱したまま、両手を頬に押し当てて考え込む。
いくら強い魔導師が優遇されるとはいえ、さすがに王族よりも高い魔力を持っているのは厄介でしかない。
過ぎた力は、恐怖となる。
忌避されるか、利用されるか。
そのどちらかだ。
アルヴィンも、強すぎる魔力のせいで疎まれたと言っていた。
その言葉以上の扱いだったことは、初めて会ったときの様子から想像することができる。
痛々しいほど痩せた身体。
天使のように美しかったまだ十歳の子供を、あんな状態にするなんて信じられないと思っていた。
でも、今となっては他人事ではない。
あのまま学園で魔法を学んでいれば、いずれセシリアの魔力が尋常ではないと知れ渡っていただろう。
そうなったら、どうなっていたか。
(……恐れられていた。誰もが遠巻きに見ていて、けっして近づこうとしなかったわ)
いつもの予知夢のようなものが、頭に浮かぶ。
その中では、セシリアはあまりにも強すぎる魔力のせいで、王太子の婚約者となっていた。
でもそのセシリアは高慢で、自分よりも魔力の低い者を見下していた。
自分の兄や、王太子の妹である王女に対しても、ひどい態度をとっていたくらいだ。取り巻きのような者はいたが、当然のように友人と言えるような者は、ひとりもいなかった――・
「ありがとう、アルヴィン」
自然と、彼に対してそう言っていた。
この腕輪がある限り、そんな未来はこないと確信することができる。
「お陰で、普通の学園生活を過ごすことができそうだわ」
アルヴィンはセシリアの感謝に笑顔で答えたが、ふとその表情が曇った。
「……少し、気になることがある」
「え?」
首を傾げて尋ねると、アルヴィンは複雑そうにセシリアを見つめる。
「セシリアの魔力は強すぎるほどだ。制御も、そのうち覚えるだろう。魔法を理解していないわけでもない。それなのに魔力が馴染んでいない」
「……なんとなく、言いたいことはわかるわ」
思えば、セシリアも不思議だった。
どんなに魔法の知識を積み重ねても、魔力の制御を覚えようとしても、なぜか実践することができない。
自分の魔力を感じることはできるが、それを自分自身のものだとなかなか実感することができなかった。
「わたしには、魔法の才能がないってことかしら……」
「いや、そんなことはない。セシリアには間違いなく、魔法の才能がある。だが、違和感があるのもたしかだ。……以前、似たような症状を訴えている者の手記を読んだことがある」
「手記? どんな?」
「自分を、異世界からの転生者である、と語っていた男のものだ」
「!」
セシリアは驚いて、アルヴィンを見つめた。
(まさかわたしの他にも、この世界に転生したひとがいたなんて)
その驚きのまま、質問を重ねる。
「どんな人? どこに住んでいるの? その人も、魔力が馴染まないと言っていたの?」
「……百年ほど前に書かれたものだった。もう亡くなっている」
「あ……」
同じ転生者に会えるかもしれない。
そう思っていたのに、叶わない夢だったようだ。俯くセシリアを慰めるように、アルヴィンがその背に手を添える。
「彼もまた、強い魔力を持っていたようだ。だがそれを使いこなすことができずにいた。それがなぜなのかというと、彼曰く、魔法を信じられなかったそうだ」
「信じられない?」
「そうだ。彼が以前生きていた世界には、魔法というものがなかったらしい。その記憶があまりにも鮮明だったせいで、魔法という力を信用できなかった」
「魔法がない世界に生まれた……」
それはセシリアも同じだった。
ただ百年前と違い、マンガやゲームなどを通して、魔法は身近なものになっている。
(その人よりはマシだと思うけど、でも心の底では信じ切れていないのかな……)
だからこそ、魔力がこの身に馴染んでいないのかもしれない。
「えっと、その人はずっと魔法を使えないままだったの?」
「いや、何年か後には使えるようになったらしい。手記によると、この世界の人間を愛し、ここで生きる決意をしたら、自然と魔力が身体に馴染んでいったと記録されていた」
「この世界の人間を、愛する……」
アルヴィンは、そんなことで魔法を使えるようになるのかと、疑っている様子だった。
でもセシリアにはわかる気がする。
だって今でも、前世で暮らしていた日本が懐かしい。
戻れるのなら、戻りたい。そう思っている。
それでも百年前の彼のように大切な人ができたら、この世界で生きる覚悟も決まるだろう。
(そうしたらわたしも、魔法を自在に使えるようになるのかしら)
いつか、そんな日が来るといい。
そう思っている自分に気が付いて、セシリアは微笑んだ。
(もちろん、破滅するのは嫌だから、王太子殿下以外の人よね)
もうあの予知夢の通りになるとは思えないが、避けられるものなら避けたいと思う。
魔力も抑えているし、おとなしくしていればきっと大丈夫だ。
「セシリアには異世界の記憶なんてないと思うが、症状はほぼ彼と同じだ。だから、もしかしたら彼のように、恋をすれば変わるかもしれないな」
前世の記憶があることを知らないアルヴィンは、そんなことを言う。
「そうね。期待しておくわ」
「誰か、心当たりはいないのか? 気になる相手とか」
からかうように言われて、セシリアは笑う。
「いないわよ。だって今のわたしが知っている年の近い異性なんて、お兄様とアルヴィンくらいよ?」
「……」
「アルヴィン?」
「いや、それならそれでいい。まだ勝負はこれからだ」
何の勝負か気になったが、彼があまりにも決意に満ちた顔をしていたので、何も言えなかった。
(とにかく、今は勉強のほうを頑張ろう。魔法は、これから徐々に頑張っていくしかないわね)
百年ほど前に、この世界に生きた彼のことを思いながら、セシリアは教科書を開いた。




