えっと、僕は元男で今女の子で記憶喪失なんですけど、これってかわいいですか?
僕は両腕を目の前で交差させ、不敵に笑ってみせた。
握られた剣は、淡い輝きをまるで鼓動のように一定のリズムで放っている。
でも、誰もかわいいと言ってくれなかった。
僕はかわいいに決まっているんだから、決めポーズを取ればよりかわいいはずだ。
高まっていた気持ちが急にさあっと冷めていき、僕は両手を下げた。
こちらに攻撃の意思が無いと伝わったのだろうか。
赤髪の男が、頭をガシガシと掻きながら隣の女の子に声をかけた。
「おい、ずらかるぞ。
こんなやつ相手してたら命がいくつあっても足りねえ」
「えっ!?
で、でもどうやって逃げるんですかぁ!」
「あれだよあれ! ドーンって!」
「ええー……
あれ、めちゃくちゃ痛いんですよ!」
「死ぬよりマシだろ! さっさとしろ!」
女の子は渋々といった感じに、ゆっくりと杖を構えた。
赤い魔法陣が、二人の足元に浮かび上がる。
「轟け爆炎! “ボカーンダ・コレ”!!!」
言い終えた瞬間、魔法陣が収縮し、そして爆発した。
「覚えてやがれよぉー!!!」
「そうだそうだ!」
捨て台詞が遠く、遠くへだんたんと小さくなり、やがて姿と共に消えていった。
めちゃくちゃ力技な飛行魔法……なんだろうか。
「お、おい、逃げるんじゃない!!!」
小太りの男は一人取り残され、ガタガタと震えていた。
「僕がかわいいって言ってくれたら、許してあげますから」
「こいつ、頭いかれてんのか!?」
「言ってください」
「くっそぉ、バカにしやがって……!」
彼は懐から玉のようなものを取り出したかと思うと、それを地面に叩きつけた。
先ほどとは違う、威力の小さい爆発が起こり、一帯が煙に包まれる。
「目くらましか」
近くからマリオンの声がした。姿は見えないが、そばにいるようだ。
「放っておこうよ。
追ってもしょうがないし。僕は殺すつもりないから」
煙が晴れると、先程まで男たちがいた場所には、僕が爆発を起こした跡があるのみ。
周りには、僕たち以外に誰もいなくなっていた。
「武器って、どうやってしまうの?」
「本当に何も知らないのか?」
彼女たちに、僕をどう説明したらいいのだろう。
“転生者”が当たり前に現れる世界なのかわからないから、正直に言ったところで伝わらないかもしれない。
それに、元々男で、天使の女の子に一目惚れして姿を変えて転生した……なんて自分でもバカらしい話のように思えて、口に出すのがはばかられた。
「あのー……えっと、記憶喪失かもしれないんだ。
何にも覚えていなくて」
結局、それらしい嘘をつくことにした。
この世界のことを知るのにも都合いいと思うし、我ながら悪くない発想だ。
「そうか。配慮が足りてなかった、済まない」
「でも、魔法は撃てたよね?
ほんとーに記憶喪失? 嘘ついてないよね?」
「いやいやいや! 本当! 何も知らない!」
「ほんとー?」
「ま、魔法だってなんとなくこうやれば出せるかなーって思ったら、本当に出ただけなんだって」
ミリーはしばらく疑わしそうに僕を見ていたが、やがて追求を諦めたのか、ため息を一つつき、弓を持った手を突き出した。
「見ててね。こうやってしまうの。
コツは、自分のプラウトラに吸い込まれていくイメージをして、こう!」
ミリーがくっと持ち手に力を込めると、弓がパッと輝いて細かな光に包まれる。そのまま光は軌跡を描いて、耳に付いているプラウトラに吸い込まれていった。
「おお……魔法っぽい」
「守羽ちゃん、ほんとに記憶喪失なんだね。
興味津々って感じだったし。嘘ついてたら、そんな反応出来ないよね」
守羽ちゃんが演技派だったらわからないけど、と言ってミリーは笑った。
僕はそれよりも、ちゃん付けされたことにくすぐったさを感じて、身をよじりたくなった。これが、ちゃん呼びのパワーか……いい……
「よし! 武器をしまうのをイメージして……イメージ……」
先ほどのミリーを思い出しながら、同じように武器が消えるようなイメージをする。
そのままぐっと手に力を込めると、両手の武器が光って、やがて粒子が元の天使の輪のような輪っかを形成し、僕の頭上に向かって飛んだ。
「うわっ」
「そうそう! 上手だね!」
ミリーがガッツポーズをしてくれた。
なるほど。これで武器の出し入れは問題なさそうだ。
「しかしどうしたものか。
どこから来たのか、どこに住んでいるのかも覚えてないのか?」
武器をしまいながら尋ねてくるマリオンの方を向いて、僕は頷いた。
彼女の耳がぺたんと座ってた。
あれは感情に応じて動くのかな。かわいいな。
「行き場がないのは、わたしたちも同じだけどねー……」
彼女たちは奴隷商から逃げていた。
これを僕のかわいさで撃退せしめたわけだけど、言われてみれば、彼女たちはこれからどこに行くのだろうか。
「故郷に帰るとかは?」
「いや、私たちの故郷はもう……
確認はしていないが、まともな状態じゃないだろう」
「ねえ、お姉ちゃん」
「何だ?」
「守羽ちゃんに、雇ってもらうっていうのは?」
「ええっ!?」
僕はオーバーに驚いてみせたが、これは単に声を上げてリアクションを取ってもかわいい声が出るのかの確認だ。ミリーの提案は、こちらにとって願ってもない話だった。
僕も一人ぼっちでこの世界をあてもなくさまようのは、あまりにも寂しい。
とはいえ、彼女たちにお金は払えない。お金持っていないし。
マリオンは目をぱちっと開いた後、僕を下から上へと舐め回す……ようには見ていないが、ひとしきり眺めたあとに呟いた。
「なるほど。君は見たところ身なりも綺麗だし、魔法も使える。
どこかの貴族のご息女かもしれない。となると、雇い主としては十分か
いや……」
マリオンは何か思うところがあるのか、途中で黙ってしまった。
いや、そもそもマリオン、その発想は希望的観測が過ぎるんじゃないか。
やがてマリオンは、僕をまっすぐ見つめて、力強く言い放った。
「私たちと隷属の誓を、交わしてくれないか」