お風呂って裸にならなきゃ入れないんですよ。知ってましたか。
僕たちはフレイヤの案内で宿にたどりついた。
そこは僕たちが昼間に回っていた位置から上層の、より街並みがキレイに整ったいわゆる”上層街”と呼ばれる場所だった。
フレイヤは、一般市民よりも上流の人々が暮らす階層だと説明してくれた。その中心にはカーリオ家のお屋敷があるという。
しかし……ここまではっきりと階級が見える形で分かれていると、それこそ一般市民から反感をかいそうだと思った。
けれど警備が厳重でないところを見ると、案外平和にやっているのかもしれない。
「じゃあ……私はこれで」
「あ、そっか。
カリンは家があるんだったね」
「うん。と言っても、親戚のところだけどね。
アルトラに来たときは、いつもお世話になってるの」
「では、そこまで私がお供いたしましょう」
フレイヤがそう言うと、カリンは遠慮するような素振りを見せたものの、フレイヤは送ると言って譲らなかった。
エミセレナ様の友人に何かあっては申しわけが立たないので……と。
僕たちは友人ではないんだけど、そこは何も言わずにおいた。
最後にカリンは、僕の手をぎゅっと握って微笑んだ。
「守羽ちゃん、すごく強いんだね。
天使様みたいで格好よかったよ」
障壁を壊したのは……と苦々しい顔をしてから、パッと顔を上げて不可抗力だったからしょうがないよね! と明るく笑ってくれた。
ホント、カリンは優しくていい子だなあ……
「じゃあ、またねー!」
カリンはフレイヤに付き添われて、下層へと続く階段を降りていった。その姿が見えなくなるまで見送ったあと、僕たちは顔を合わせた。
「ここ、勝手に入っちゃって大丈夫なのかな?」
「フレイヤさんの名前を出せば大丈夫だって言ってたし、平気じゃない?」
ミリーが率先して中に入り、僕たちは後ろからついていく。
そこは建物自体がかなりの大きさを誇っていて、どうやら貴族などが泊まる場所としても使われているようだった。内装は決して豪華絢爛というわけではないけれど、丁寧さが隅々まで行き渡ったような清潔感がある。
間違いなく、普通の旅人が泊まるような場所ではなかった。
「あの、フレイヤの紹介で……」
「存じ上げております」
耳の尖った受付の人が頷いて、ランタンを一つ持って僕たちを案内してくれた。通路が暗いわけではなかったから、案内するときの作法なんだろうか。
部屋に通されてすぐ、ミリーが顔を輝かせていた。
「見てー! ベッドがある!」
はしゃぐミリーはベットに思い切りダイブし、マリオンはそろりと布を撫でたあと、ちょこんと腰掛けた。
「まさかこんな場所に通されるとは……
私たちが稼いだ金では、到底泊まれないだろう」
「私たちが自由なのも、こんないい場所に泊まれるのも、全部守羽ちゃんのおかげだね」
そう言って姉妹は笑った。
ストレートに好意を向けられて恥ずかしくなって、思わず顔を背けた。
「僕、先にお風呂入ってくるね」
そう言って更衣室に入ってから、僕は愕然とした。
そっか。脱ぐのか。
……脱ぐのか!? 裸になるのか!?
えっ? でも、えっ?
僕は気が動転してしまって、思わず更衣室を飛び出した。
「あ、あのさ!
僕、裸にならないといけないんだよね!?」
二人とも僕がなぜ焦っているのか、全く理解していなかったんだろう。
マリオンは困惑し、ミリーは笑いながら
「当たり前だ」
「当たり前でしょ」
って言うもんだから、僕はその場に立ち尽くすしかなかった。
いや、だってさあ……
これが男に転生していたら、全然気にしなかっただろう。
けれど、僕はいま女の子なんだ。ろくに見たことのない女の子の裸を、僕はまじまじと見れる権利を有してしまっている。
しかも、どれだけ見たって触ったって怒られない。
だって、それは僕の身体だからだ。
いやいやいや、違うんだ。
これは僕だけの身体じゃない! って言うとメチャクチャ気持ち悪いな!
天使と全く同じ身体ってことは……
「ひ」
「主ちゃん……とんでもない顔になってるぞ」
「……ヘンタイみたい」
二人の言葉が、グサリと胸に突き刺さる。
じゃ、じゃあどうしたらいいって言うんだ。
彼女たちは僕がなぜこんなに動転しているのかわからないだろう。
だって、僕が好きな女の子の姿で転生しているって知らないんだから!
僕が動けずにいると、突然マリオンが閃いたとばかりにポンと手を打って、僕の手を引いた。
「なるほど。私たちは盟友だ。共に汗を流すのも悪くないかもしれないな」
いや、どういう方向からの”なるほど”なんだよ!
ずるずると手を引っ張られてどうしようもなくなった僕は、ミリーに助けを求めるように目線を向けた。
「あー、仲間ハズレにしないでよぉ。
あたしも入る!」
姉妹に連れていかれる中、僕は心の中で天使に謝り続けた。
ごめん……
でも、見たくないかと言われるとさ……それは嘘なんだよね。
だから、ごめん……