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天使砲でビビらせて撤退させちゃおう大作戦

目を見開くと、風景の違いにすぐ気がついた。

視界から得られる情報は先ほどまでと変わらず、すこし暗闇に目が慣れたとはいえ範囲に限りがある。

だけどその視点に一枚レイヤーを重ねるように、世界を俯瞰するような視点が僕の脳裏に映り込んでいる。

これが天使の言っていた天の眼(エンテレケイア)なんだろうか。


「綺麗……」


後ろでカリンが感嘆の息を漏らしていた。


「その羽は飾りじゃなかったのね」


セレナが興味深そうに、僕の側頭部を眺めているようだ。

自分では見えないが、どうやら羽が光っているらしい。それに、僕の前に展開されている天使の輪も白く発光している。

天使スキルが有効化されているっていう印なんだろうか。


僕は第三の眼とも言うべき俯瞰視点に意識を集中した。まばらに人影が映るなかに、僕らを狙う賊の姿がはっきりと見える。


「右奥、街の障壁の向こうに二人、それから背後に距離を取って一人。それから左の塔の上に一人。この人がさっき魔法を撃ってきたんだと思う」


位置を伝えるやいないや、セレナは塔に向かって杖を掲げた。杖は甲高い唸り声ともつかない音を響かせて魔法陣を展開させる。


「”オルティリアの裁き”!」


セレナが叫ぶと、赤い閃光のような雷撃が放たれる。

僕は撃っていいなんて一言も言ってないのに!


「護って!」


僕の命令に従って、目にも止まらぬ速さで天使の輪が飛んでいく。

雷撃の直撃と、天使の輪が障壁を展開するタイミングがほとんど同時だった。二つが触れ合った瞬間、強烈な爆発音が夜空にこだました。


「貴方……」


「ダメだよ。殺しちゃ」


今度のセレナの睨みは、本気の睨みだった。

思わず腰が引けそうになる。

僕は奥歯をぎりっと噛み締めて、彼女に向き直った。

一度やると決めたなら通さなきゃ、かわいくない。


「殺すのはかわいくない。

セレナさんはかわいいんだから、そんなことしちゃダメだよ」


「貴方、気は確かなの?

命が狙われているのよ。独善が過ぎない?」


僕は彼女の言葉を無視して、正面の障壁に目を向けた。天の眼(エンテレケイア)で誰も映っていない射線を正確にイメージして、手をかざした。


「”天使砲”—ッ!?」


途中まで展開された魔法陣は、しかしバチリと弾けるように消えてしまった。強い静電気を受けたときのように手が弾かれて、僕は思わず右手を抑えた。


「えっ、あれ? なんで?」


どういうことだ?

昼間と同じように天使砲を撃とうとしたけど、発動途中で弾かれてしまった。困惑する僕の元に、まるでブーメランのように天使の輪が舞い戻ってくる。

僕はその軌道をぼうっと眺めながら、天使の言葉の意味がわかった。


「そうか、天使スキルでは人を傷つけられないって、こういうことだったのか……」


でも、それはおかしい……のか?

どういう仕組みになっているのかわからないけれど、僕は誰もいない場所に向けて放とうとしたはずだ。

いや、今はゆっくり考えている場合じゃない!


「とんだコケ脅しね」


セレナは鼻で嗤う。

彼女が誰かを殺す前に、僕が事態を収束させなければいけないのに!

でも彼女の攻撃を邪魔し続ければ、賊を追い払えないどころか、最悪彼女と敵対してしまう。

それは最悪のシナリオだ。かといって魔法が撃てないとなると、”天使砲でビビらせて撤退させちゃおう大作戦”が破綻してしまう……!


「ねえ、守羽ちゃん」


近くから声がして、驚いて振り返るとすぐ近くにカリンが立っていた。

彼女はすこし逡巡する素振りを見せたあと、意を決したように強く言葉を吐いた。


「あれ、守羽ちゃんの武器なんだよね?」


「う、うん」


「さっきから思っていたんだけど、あれは手に取るものじゃないの?」


「え?」


言われてハッとする。

もしかして、僕に触られるのを待っていたってこと?

これを展開すれば、何かが変わるかもしれない。僕は、まるで胎動するように一定周期で白い光を放つそれに手をかざした。


それは鉤爪のような、歪で鋭く白い羽が生えていた。

半分に分たれた輪っかは、光の粒子を収斂させ、僕のための持ち手を形作った。僕はそれをぎゅっと握って、両手を外に払った。

ふわりと羽が舞う。闇を寄せ付けないほどの輝きがいっそう強くなり、僕たちを照らした。


いやいや、格好いいけどさ。

メチャクチャ目立つだろ、これ!!!


「ッ!」


僕に魔力線が一斉集中する気配がして、ぞくりと身を震わせた。

きっと先に排除すべき対象として、敵に認識されてしまったんだろう。

しかしこの身の底を凍らせるような感覚は……

魔法を放つためのイメージが、僕に向けられているっていうのか。だとしたらこれは、殺意そのものが持つ寒さだ。


「僕はかわいい、僕はかわいい、僕はかわいい……

よし! かわいく生きるためには、やっぱ殺しはダメ!

今度はイケるはず! 根拠はないけど!」


気持ちで負けちゃダメだと思い、僕は半ば狂ったように自分のかわいさを反芻して、寒気を吹き飛ばす。

大丈夫。手も震えてない。イケる!

僕は思いっきり息を吸い込んで、恐怖を丸ごと吹き飛ばすように大声を吐き出した。


「”天使砲”!!!」


僕は叫び、両手の武器を思いっきり投げた。地平を掠めるように滑り、やがて空へと昇ったそれは、ぐるぐると円を描くように回転する。やがてその回転の中心から魔法陣が展開されて、鮮烈な輝きを放つ。

これ、絶対に街中で撃っちゃダメなやつだよね。ヤバいぐらい目立つし。

でも、今はしのごの言ってられないんだ!


「ブッ飛ばせ!!!」


おおよそかわいいと言えない物騒な掛け声に合わせて、パシュンという音と共に一閃の光が射線を駆け抜けた。

そして、その線を辿るように巨大な光線が、大地を震わせる轟音と共に照射された。


後に残ったのは、えぐれた街道とぽっかりと穴の空いた障壁だけだった。

冷や汗が僕の頬を伝った。や、やりすぎちゃったな、コレ。


「あ……」


あまりにも大きく声を発したからなのか、視界がぐらりと歪む。


「主ちゃん!」


倒れかけた僕の肩を、マリオンが支えてくれた。


「ちっと、やりすぎちゃったね……」


「うん。これは、やりすぎだ」


マリオンに肩を貸してもらいながら、ふと隣を見るとセレナが真剣な表情で跡形も無くなった障壁を見つめていた。

やがて彼女は杖で地面をトンと叩いて、プラウトラにしまった。

それからフードを被って、いつの間にか近くに立っていた騎士のような人と会話していた。

やがて話が終わると、真っ直ぐに僕を見た。


「……この惨状から察するに、賊も去ったようね。

守羽、と言ったかしら」


僕は無言で頷いた。彼女の意志の強い瞳に見透かされているようで、目線を外そうかと思う。

でも、目を逸らしたくなかった。

何故か彼女には、”目を逸らしたら負け”と思ってしまう。


「明日、ミリアの刻。

屋敷に来なさい。お礼はそこでするわ」


彼女はそう言うと、僕の耳元に唇を近づけた。

彼女の香りが鼻をくすぐる。ていうか近くて死ぬほど恥ずかしい!


「街を破壊した償いをしてもらわなきゃ……ね」


僕はぎょっとして目を見開くと、彼女はふっと力を抜いたようにくすりと笑ってみせた。

それからすんっと真顔に戻り、僕たちのことを一瞥した。


「皆、私がここにいたことは他言無用でお願い」


僕たちの周りにはちらほらと野次馬が集まっていて、それを諌めるように先程の騎士たちが場を収めていた。


「ご機嫌よう」


セレナは恭しくお辞儀をすると、人混みをものともせずするりと姿を消した。後に残された僕たちが、どうしたらいいかわからず動けずにいると、ぐいっとカリンが僕の袖を引いた。


「と、とりあえず逃げないと! 街を壊しちゃったんだよ!」


「た、確かに! でも、逃げるってどこに」


「もし」


「うわあっ!?」


急に声をかけられて、思わず叫んでしまう。


「上層街にお部屋を用意してあります。

そちらにご案内いたします」


声の主は、ちょうど僕とカリンの後ろに立っていた。

どうやらマリオンとミリーも気付いていなかったようだ。軽く飛び跳ねて、耳と尻尾をぴんと立たせている。

その人は長いスカート、所々フリルの付いたエプロンをしていた。

手袋をつけた左手と右手を重ね合わせて、一本筋が通ったようにぴしりと、銀髪の……これは、メイドさん? が立っていた。


「私はエミセレナ様にお仕えしております、フレイヤと申します」


よく見ると彼女の頭には耳が生えていた。姉妹よりも少し細長く、綺麗な三角形をぴんと立たせている。


「こちらへ」


彼女が先導するままに、僕たちは後ろをついていった。

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