魔法商店の店主に笑われました
僕はカリンにおぶわれて、足をぷらぷらさせていた。
僕は辺りを見回して、建物のかたちや行き交う人々を観察していた。カリンはそのうちピタリと建物の前で立ち止まった。
「すっかり来てなかったから、道を覚えていないかも……って不安だったんだけど」
着いたよ、とカリンがしゃがんだ。
「ここは?」
彼女の背中から降りながら尋ねると、カリンはすこしばかり頬を上気させ、楽しそうに話した。
「ここは友達のお店なんだ」
ぐいっと首を上げると、入り口上に看板らしきものが打ち付けられていた。
しかし、あれは文字……なんだよね? 僕が見たこともない文字で書いてある。
プラウトラには、言語の翻訳機能があるとミリーが言っていた。でも、文字には効果がないようだ。解読魔法がないと今後不便かもしれないな。
存在しているのかもわからないけれど、当たり前に魔法が使われている世界なら、そういう便利なやつもあるんじゃないか?
「どうかした?」
ぼおっとしていた僕の様子を確かめるように、カリンは膝を曲げて目線を合わせてきた。僕は気恥ずかしくなって、思わず顔をそらした。
「ううん、大丈夫だから。
で、あの、ここに用事があったの?」
カリンはウインクして、扉を開いた。
しかしどうしたものかな。僕は無一文だ。後はカリンに「文字が読めない」ことを説明してもいいのか迷っていた。
読めなくても変じゃないと思うけれど、なんとなく言うのがはばかられた。
それに根掘り葉掘り聞かれたら困るから、適当にやり過ごそう。
カリンに続いて中に入ると、そこは物のぎっちり詰まったおもちゃ箱のような空間だった。
棚には本やら薬品の入った瓶、箱や光を淡く放つ宝石のようなものから壁には地図やら武器やらが立てかけられている。
物が多くて光が上手く当たらないのか、店内は暗めだ。
僕たちは棚のあいだを縫うようにしてそろりと通り、奥のカウンターに向かった。
そこでは、女性がどでかい椅子で顔に本を乗っけて寝ていた。
「パイネ!」
「んぁ? あれー、カリンちょだぁ」
彼女は本をどけて、こちらを見た。
目元がたるんと垂れていて、その奥には眠そうにどんよりとした紫色の目があった。
彼女の身長は僕と同じぐらいな気がするが、胸は僕よりもだいぶ大きい。
いいもんね。僕は今の自分が一番かわいいと思っているから、羨ましくないし。
……そもそも男だったときなら、羨ましいなんて思わなかったよな。
転生してこの身体になってから、当然のように女の子目線でモノを見ていた。
よく考えてみたら、ちょっと奇妙だと思った。
でもまあ、僕がかわいければそれでいっか。
彼女は白髪をかきわけ、頬杖をついた。
「久しぶりぃ。珍しいね。巡礼祭以来?」
「あー、確かにそうかも。
でもパイネは全然変わらないから、久しぶりに会った気がしないなあ」
カリンがそう言うと、彼女はすこし尖った耳をぴくりと動かした。
「まあねえ。君たち人間と違って、私みたいな妖人は数年ぐらいじゃ変わらんもんね。
……で、こっちは?」
パイネは顎で僕を指した。
「あの、さっきカリンに助けてもらって。それで、だから、付き添いです」
そう言うとカリンは一度首を横に振ってから、僕の足を見た。
「助けたといえば……そうなるのかな? でも、私は守羽ちゃんに似合う靴があるかもしれないから、ここに案内したんだよ。だから、メインは守羽ちゃんの靴」
パイネは身を乗り出して僕の足元を見ると、嘲るように鼻で笑った。
「なんで裸足なの」
「ちょっと、履くのを忘れちゃって」
僕の上ずった声色にこらえきれなくなったのか、パイネは噴き出した。
「どんだけアホなの、君」
うわっこの人、思った以上に辛辣だ!
ゆったり喋るから、てっきりのんびりした人なのかなと思っていた。けれど違った。
くすくすと不敵に笑うさまがハマりすぎている。どことなく”魔女”のような、暗がりと湿気が似合うような人だ! この人は!
僕がどう返すべきかわからないでいると、カリンがぐいっとパイネの身体をカウンターの向こうに押し戻した。
「もう、言い過ぎだよ。パイネだってあるでしょ?
考えごとしたりして、いつもなら忘れるはずないことを忘れちゃったり」
「そういう言いかたならさあ、否定はできないよー
でも、靴はねえ……」
そう言ってパイネはまた笑った。
ひとしきり笑ったあと、彼女は落ち着きを取り戻したのだろう。
真面目な顔をして、僕のほうをじっと見た。
「君、守羽ちゃんだっけ」
「あ、そうです。
あなたは、パイネさんですよね?」
「パイネ・サルバトール。
ここサルバトール魔法商店の、て・ん・しゅ」
彼女は最後を強調してから、にたりと笑う。
パイネの瞳が、妖しく光った。
「君さあ、人間?」