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6.紫式部に託された「文化革命」――清少納言の影を打ち払え――

 私的な同人小説であり、ただ仲間内で回覧して楽しむだけの「道長様との恋愛妄想物語」であった『源氏物語』。ところが、筆者の思惑を大幅に裏切り、物語は一人歩きを始めた。そして、とうとう主人公のモデルであり、時の最高権力者でもある藤原道長の目にとまり、紫式部自身の運命までもが、大きく変転する。

 今までに何度か説明したが、平安中期、内裏は、中宮・皇后と、その御殿を中心に一種の「サロン」を形成していた。自らの御殿を「かっこよく」「楽しい」場所にするため、天皇の后たち、そしてその父親である有力貴族たちは、こぞって有能な女性を集め、女房として仕えさせたのだ。

 道長によって中宮彰子付きの女房――それも、教師役も兼ねて――に任ぜられた、ということは、紫式部自身が「才能ある」「かっこよい」女性である、と認められたということである。

 だが、その一方で「彰子付きの女房」になった、ということは、非常に重要な「ミッション」を任されたことをも意味する。貴族社会の「文化革命」である。


 紫式部が彰子に仕えるようになった1006年頃、道長の「実社会における」権力は、すでに揺るぎないものになりつつあった。だが、「精神面における主導権」=「かっこよさの基準」は、おそらくまだ、彼の手中にはなく、中宮定子派のものであったと思われる。

 言わずと知れた、清少納言の復讐――『枕草子』の流布の結果である。

 枕草子がほぼ完成した、とされるのが、1001年頃。紫式部の「内裏デビュー」のわずか5年前に過ぎない。マスメディアと広告代理店の手により、次々に流行が作り出され、めまぐるしくトレンドが移り変わっていく現代とは違い、流布する情報量がごく少量に制限されていたこの時代、流行はずっと長続きしたはず。一昔前に内裏の――貴族社会全体の評判であった「伝説のトップレディ」清少納言の書いた「かっこよさ指南書」である『枕草子』は、清少納言本人のもくろみ通り、いまだゆるぎなく貴族社会の「かっこよさ」の基準であり続けていたはずだ。

 面白くないのは、藤原道長である。いかに実社会の実権を握ったとはいえ、「かっこよさ」の基準――すなわち精神世界での主導権を中宮定子派に握られたままでは、片手落ちというもの。いや、それどころか、「実社会でどれほど隆盛を誇ろうとも、精神的には、私たち中宮定子派には及びもつかない。どれだけえらそうな顔をしたところで、私たち定子派の猿マネをするしか能がない、無粋な男なのよ、あなたは」と、背後から清少納言に嘲笑され続けているような気分――自らが身につけた「かっこよさ」も、定子一派から学んだ部分が大きかったがため、余計に――だったのではないか。

 さらに、気分的に面白くない、程度で済めばよいのだが、貴族社会では、「かっこよさでは敵にかなわない」ことは、実社会の権力にも影響を及ぼす。

 中宮彰子の「サロン」もいいが、かつての中宮定子の「サロン」の格調高さ、教養の深さにはかなわない、と天皇が感じ、定子本人を懐かしむあまりに、娘の彰子が生んだ皇子ではなく、定子の忘れ形見である皇子を次期皇太子に推す、などということになれば(実際の歴史でも、それに近い形になった)、せっかく苦労して手に入れた権力が、自分の手からすり抜け、再び政敵の手に渡ることにもなりかねない。

 そのような状況を避けるためには、なにより天皇にかつての愛妻である中宮定子の思い出を――この時期、定子はすでにこの世を去っている――薄れさせ、できることなら忘れさせることだ。それには、かつての定子以上に娘である彰子を寵愛させればよい。そのためにも、彰子の「サロン」を充実させ、貴族社会の「精神的主導権」を手中にすることで、天皇を彰子の御殿に足繁く通わせなければならない――道長が中宮彰子の女房として、紫式部をはじめとする当時の著名な「女性文学者」を集めたのには、このような思惑があったはずだ。

 深い洞察力の持ち主であり、また当時の女性としては飛び抜けて教養があった――漢文の素養を活かし、漢詩のみならず『史記』のような歴史書まで読みこなしていたらしい――紫式部は、おそらく、この「道長のねらい」を正確に理解していたはずだ。そして、中宮彰子付き女房であると同時に、彼女の教師役をおおせつかった――中宮の「第一秘書」という、清少納言と同じ立場になった――ということは、道長が自分を、この「文化革命」――定子派、特に清少納言の形成した「かっこよさ」基準を、新しいものへと塗り替える――の総責任者に抜擢してくれた、ということを他ならない、と考えたのではないだろうか。

 妄想小説の主人公にしてしまうほどの「憧れの存在」であった男にそこまで見込まれ、信頼された、と思い込み、紫式部は、天にも昇る心地であったに違いない。ぜひとも道長の期待に応え、文化革命を成し遂げてやろうと奮い立ったはずだ。

 だが、彼女はここで、大きな困難に直面することになる。

 清少納言の名が高まったのは、その教養の深さもあったが、何よりも、頭の回転が速く、機転が利いて、どんな相手でもやり込めてしまうような当意即妙のやりとりができたことにあった。

 ところが、同じように知的な才媛であったにもかかわらず、紫式部には、この種の「タレント性」が、全くなかったようなのだ。

 「サロン」にやってきた貴族男性にからかわれても、顔を赤くして黙り込んでしまうだけで、ろくに返答もできない。中宮彰子に漢文の講義を行う場合も、人目をはばかり、こっそりと行う。これでは、評判の上がりようがない。

 明るく開放的で、積極的な清少納言と、思慮深く内省的で、どちらかというと引っ込み思案な紫式部。二人の元々の性格の違いが、ここで大きな差となり、障壁となって、紫式部の前に立ちはだかったのである。

 

 貴族社会の「かっこよさ」基準を一新するには、貴族女性のみならず、貴族男性にも一目置かれなければならない。しかしながら、自分の持って生まれた性格では、どうあがいても内裏の中で高評価を得るような行動を取ることはできない。では、一体どうすれば「かっこよさ」革命を起こすことができるのか……紫式部は、持ち前の思考力を働かせ、自分の持てる能力で可能な「革命」の方法を、必死に考えたことだろう。

 その結果、彼女が戦略として選んだのが「長期戦」だったのである。


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