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白桜詩音のノベル研究会活動報告  作者: 篠宮かんな
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序章~プロローグ~ 「ノベル研究会」

~プロローグ~


「は~い、ちゅ~も~く!」


水性の黒マジックペンを走らせ、ホワイトボードに勢いよく何かを書き始めた少女。学年が一つ上の先輩であり、我が部の部長でもある『篠雪黒那』は作業を終えると、ホワイトボードを豪快に叩いて部室に居合わせている現在四名の後輩部員たちの視線を一点に集めた。


私――――白桜詩音はそこに書かれた内容の意味を理解すると、その言葉を復唱する。


「えっと、今日のお題は『教師』ですね、黒先輩」


「ええ、そうよ。キーワードは『教師』。ここから想像を膨らませて各自の特性を活かした全く別口で面白い作品造りを期待するわ」


「ほうほう、教師かぁ。黒先輩にしてはすごく身近なワードチョイスですね」


 敬語を交えながらも軽い口調で答える少年――――赤土紅葉は案外真面なお題が挙げられたことにひと息吐き、ひとまず安心した様子を見せる。


「いいえ、あれは単に昨晩見たドラマの内容が熱血教師物だったからよ。ほんとお姉ちゃんは影響されやすいんだから」


 紅葉の対角線上の席で自前のノートパソコンを机に広げながら、スチール製のヘッドフォンを首から提げた少女――――『篠雪黒那』の義妹であるところの篠雪海色は紅葉の発言に対し、淡々とした口調で指摘をする。


 すると、黒那は図星だったようで一瞬言葉を詰まらせてから口を開いた。


「し、仕方ないじゃない! それだけ印象に残る良い作品だったのよ!」


「あ、私もそれ昨日見ました。主人公教師であるところの『暁 仁義』が屈折した生徒たちを先生という立場から時に強く叱りながらも、ピンチの時にはヒーローの如く即座に駆けつけて生徒たちの盾となり剣となる威厳さえ感じさせる彼の立派な雄姿。王道な展開ながらも、息もつかせぬ躍動感溢れる俳優さんたちの演技にも圧倒されっぱなしでした!」


「おお! さすが詩音ね! 好きなジャンルは恋愛物ながらも大した洞察力だわ。よく分かってらっしゃる!」


「えへへ~、それほどでも~♪」


私は、黒先輩から褒められて素直に頬を緩ませる。


「詩音先輩や黒那先輩の意見には賛同できますが、アオバ的にはもう少しホラー的な要素を所望したいところッスね。こういった熱い学園教師も良いですが、もっとヒステリックなのも悪くないと思うッス」


 詩音の対角線上、海色の隣でもある席に行儀よくちょこんと腰を落ち着けていたノベル研究会唯一の一年生部員の少女――――夏影青葉は詩音の発言に乗っかり、昨日のドラマに関する自分の意見を吐露する。


「殺戮学園物ってのも、たしかにドキドキハラハラで面白いよな。俺たちの年齢だとさすがに規制レベルの物は見れないけど」


 元々、スポーツクラブに通うほど運動が好きだった紅葉は、基本的に本もスポコン系や熱血系といった所謂『燃える展開』を軸としたものを嗜んでいることもあり、ホラーのような『衝撃的展開』を含んだ物にも興味があるらしい。


 しかし、恋愛物という明るくほわほわした作品を中心に嗜んでいる私には――――


「うぅ~。私は出来れば、ホラーとかグロテスクなのは遠慮したいかな……血とかがドバッとなる感じがどうも苦手で……」


「詩音先輩、それってもしかしてこういうのを言うッスか?」


 いつの間にか詩音の後ろに移動していた青葉がちょんちょんと詩音の肩を突く。


「え?」


 私がふと振り返ると、そこには大小様々な釘が顔のいたる所に突き刺さり、真っ赤な血が顔面にべったりと広がったゾンビの頭部が視界に飛び込んできた。


 私の意識がしばらくの間停止した後、冷静になって眼前に迫る物体が何なのかを理解すると、顔色を真っ青に染めて反射的に隣の席に座る紅葉の腕に抱きつく。


「きゃああああああああああ! ぞ、ぞぞ、ゾンビ!?……いや、釘がいっぱいで血がドロドロの……えっと、あれ? ……やっぱりゾンビ!? こ、紅葉! ゾンビが、血だらけのゾンビがそこに……って、きゃあああああああああああああああああ!」


「お、おい詩音、大丈夫だからちょっと落ち着けって!」


 詩音に突然抱きつかれた紅葉は、幼馴染ながらも異性が腕に密着しているという現状に少し慌てながらも悲鳴を上げる詩音を諭す。


 しかし、私は低い声を上げながら手を前に突き出して迫ってくるゾンビに涙すら浮かべてひたすら声を上げ続けていた。


 すると、それを見兼ねた黒那がやれやれといった様子で息を一つ吐く。


「青葉~。悪戯好きな性格をとやかく言う気はないけど、さすがに詩音が可哀そうだからその辺にしといてあげて」


「へ? 青葉ちゃん?」


 私が素っ頓狂な声を洩らすと、青葉は頭に装着していたゾンビマスク(お手製)を外して、悪戯が成功したときの無邪気な子どものように満足そうな笑みを浮かべた。


「いやぁ~。やっぱり詩音先輩のリアクションは見事ッスね。実に驚かし甲斐があるッス」


「はぁ……毎度毎度アナタもよくやるわね。元を正せばこんなことを仕出かす青葉が一番の問題ではあるけど、詩音ももう数十回は経験してるんだから、そろそろ慣れなさいよ」


 海色は、日常茶飯事である青葉の幼稚とも取れる行為に苦い溜息を吐くと、パソコン画面から未だにきょとんとした顔を浮かべている詩音に視線を移して言葉を発する。


「いやぁ、分かってはいるはずなんだけど、突発的に視界に入ってこられると頭が真っ白になっちゃうんだよね。でも、良かったぁ。なんだかホッとしたよ」


「あぁ……俺はなんかすごいドキドキしたけどな」


「ん? 紅葉何か言った?」


「いや! 別になんでも!?」


「コホン! みんな~、話が逸れて来てるから、そろそろ本題に戻るわよ。今日のお題『教師』これで一つ短編を仕上げて頂戴! それぞれの持ち味をちゃんと活かしてね。後、著者である自分たちが楽しいと思える作品に仕上げること。オーケー?」


 黒那先輩がそう言うと、一同は首を縦に振ってそれぞれの持ち場で『教師』を題材とした作品造りに取り掛かる。


 ちなみにノベル研究会の各部員が主に担当しているジャンルは以下の通りである。



・白桜詩音【担当ジャンル・恋愛】

・赤土紅葉【担当ジャンル・スポコン】

・篠雪黒那【担当ジャンル・ファンタジー】

・篠雪海色【担当ジャンル・戦略型ゲーム】

・夏影青葉【担当ジャンル・ホラー】



 それぞれが『教師』というお題からどのようなシナリオを作り上げるのか、私は自分の頭の中に浮かぶイメージを文章にして書き起こしながら、楽しみで仕方がなくついつい頬が緩んでしまっていた。


 程なくして、部員全員が書く手を止め、それぞれが考えた短編作品が出来上がった。


 紅葉は頭を掻き毟りながら少し苦戦していたが、なんとかやり終えたことで脱力するように机に突っ伏している。


 黒那先輩はというと、満足のいく話が書けたのか、自信あり気によしよしと頷いた様子を見せていた。


 その妹である海色は使い慣れたノートパソコンのキーボードを尋常ではない速度でカタカタと打ち、一番早くに文書を完成させると、他の皆が作業を終えるまでの暇つぶしとしてマインスインパーに興じている。


 運悪く爆弾があるところをクリックすると、『ちっ』と周囲に聴こえない程度に短く舌を打ち、また再度挑戦してを繰り返しているようだ。


 一方、青葉はギラギラと眼を輝かせて、どこか息も少し荒いような様子で時間いっぱいまで使って書き上げた後、額に浮かぶ汗を拭ってやりきった(ちょっと不気味?)表情を浮かべて椅子の背もたれに身を預けていた。


「よし! みんな書けたようね。じゃあ、まずはそうね……。紅葉から聞いていこうかしら」


「えっ!? 俺が初っ端ですか!? 俺、文才とかあんまりないんで、下手に期待しないでくださいよ?」


「紅葉はやっぱりスポコンだよね。スポコン×教師ってのは結構ありがちじゃない?」


「まぁな……。だからこそ、こう余計にプレッシャー的なものもあったりでな……」


「紅葉先輩、大丈夫ッスよ。全然期待してませんから!」


 青葉は紅葉を元気づけようとしてくれたのか、ビシッと親指を立てながら言う。


「たしかに期待しないで、とは言ったけど、そこまで頑なに期待されないのもなんか虚しいから少しで良い! 興味くらいは持ってくれ!」


「まぁ、なんでもいいから早く読みなさいよ」


「海色……お前も割と俺に期待してないよな? 興味すらないから、とっとと話して流れてくれって内心思ってるよな?」


 眼前のパソコン画面に視線を向け未だマインスイーパーと格闘していた海色が横槍を入れるように発言する。


 紅葉は明らかに興味のない様子を見せる海色に対して質問を投げかけるが――――


「じー」


 海色は『ごちゃごちゃ五月蠅い』とでも言うかのようにやたら高圧的なジト目を紅葉に向けて、早急に進行するように訴えかけた。

 

 そのなんともいえない威圧感に紅葉は圧倒され、ごくりと唾を飲み込む。


「……あ、はい。……すんません。潔く読まさせて頂きます……」


「ふふ、よろしい♪」


 紅葉が諦めた姿勢を見せると、海色は満足そうな笑みを浮かべて再びパソコン画面に視線を戻す。


「うぅ……なんか理不尽だ」


「まぁまぁ。私がしっかり聞いてあげるからそう落ち込まない、落ち込まない」


「あぁ……ありがとな詩音。やっぱ持つべきものは信頼できる幼馴染だよな」


 意外と単純な紅葉はそう言うと、自分の書いた作文用紙数枚を手に持ち整え始める。


「じゃあ、紅葉。準備が出来次第、朗読をお願いね!」


「よ、よし! じゃあ、いいか? タイトルは『熱血教師マサカズ』だ! 心して聞けよ!」

 そして、間もなくして紅葉は自分の書いた作品を涼しげに(読んでいく途中で気分が乗ったらしい)朗読し終えた。


「ふぅ、我ながらいい話が書けたんじゃないだろうか。なぁ、みんなはどう思った――――って、えええええ!? なんで、みんなしてそんな冷たい視線を俺に向けてる訳っ!? え? もしかして良くなかった? マサカズが不良たちに絡まれた自分の教え子たちである野球球児たちを必死に庇い、相手の不良野球球児たちを叱咤しながらも拳で懸命に語りかける姿はタイトルにも恥じぬ見事な熱血っぷりじゃなかったか? 詩音もそう思うよな?」


 紅葉は周囲の反応が自分の想像していたものと大きく違ったためか、首を傾げることも忘れて物凄い勢いで私に詰め寄ってくる。  


 なんと言葉を返したらいいのだろうか……?


 幼馴染だし、ここは私だけでも紅葉のことを立てておいて上げた方が良いのかな……?


 いや、でも……これはさすがに……。


 詩音は言葉に困った様子で、適切な対応を求めて懸命に思考回路を巡らせる。


「詩音。別に俺に気を遣おうとしてくれなくても良いんだぞ? 俺たちは幼馴染だ。正直に思った事を口にしてくれ」


「……えっと、じゃあ言うね?」


「あぁ、どうだった?」


 そう言って再び問い掛ける紅葉の瞳はどこか幼馴染の言葉に期待を寄せているように光輝いていた。


 だが――――詩音は理解している。


 こういう時の紅葉は下手に一度持ち上げると、後で真実を知った時にとてつもない面倒臭さを発揮して――――教室の隅っこの方で古典的な拗ね方をしてしまうことを!


 そして、恐らく何度もこちら側をちらちらと慰めてほしさに振り返り、しばらくの間あやしてやらねばな

らない羽目になるには実に明確だ。


 だからこそ、ここは真実を告げてあげるべきだろう。


 それが彼のため――――いや、私のためでもあるのだから!


 詩音は呼吸を一つ整えると、しっかりと紅葉の眼を見詰めてゆっくりと口を開く。


「紅葉。これって――――まんまパクリだよね?」


「……え?」


 詩音が正直にそう答えると、その幼馴染の予想外の言葉に紅葉は間の抜けた声を洩らす。


 すると、黒那先輩は紅葉の肩に右手をそっと置き、非常に残念そうなため息を零すと、何とも言えない重たげな様子でこの場に置いて最も適切な言葉を口にする。


「盗作。ダメ、絶対」


「いやいやいや、黒先輩! 俺は盗作だなんてそんな事してないですよ?」


「自覚なし……か、我が妹よ。この青坊主にズバッと言ってやりなさい!」


 黒那先輩は自分の口からはこれ以上言えない、とだけ言い残し、妹である海色にバトンを渡す。


 すると、海色は深刻な問題について語り始めるように机に肘をついて手を組み、声のトーンを低くしてから淡々と言葉を発していく。


「紅葉さ。その設定、どこかで聞き覚えあると思わない?」


「え? いや、別にないと思うんだけど……」


 海色に質問を問われた紅葉は首を傾げながら率直に答える。


 それに対して海色は微かに眉根を寄せると、呆れた物言いで言葉を続けた。


「……そう。じゃあ、アナタはついさっきまでしていた会話をこの短時間で忘れたということになるのだけど、そうなのね?」


「……ん? つまり、どういうことだよ?」


「……まったく。みなまで言わせる気なの? 私たちがお題に沿った短編を書く前に話してた事があったでしょう? お姉ちゃんから始まり詩音、青葉、そしてアナタが触れた話よ」


「う~ん、短編を書く前ねぇ…………ん? あ、あれ? うんんんっ!?」


「……さすがにもう気付いたみたいね」


「もしかして、昨日見た……黒先輩がこのお題に決めた理由の一つでもある熱血的な教師がとても印象的だったドラマ……か?」


「いやぁ、紅葉先輩。もしかしなくても、十中八九その昨日見たドラマのことッスよ」


「……なんて、こった……」


 紅葉は膝から崩れ落ちると、自分の手に握られた作文用紙に目を通し青ざめた表情を浮かべ始める。


 物凄い勢いでページを捲っていくと、自分が完全に作品をパクっていたという事実が明らかになった。


 紅葉が朗読を始めて数分後、すぐにそれを悟ってしまった面々は困惑に満ちた表情を浮かべ、海色に至っては首から提げていたヘッドフォンを耳に装着からのゲームの世界へと逃亡。青葉にしても、既に結末が知れていると感じたのか部室の本棚にあったホラー小説に手を伸ばし、自分好みのホラーな世界へとどっぷり浸透していった。


 一方、その傍ら私と黒那先輩は冷や汗を浮かべながらも、中盤からの軌道修正という僅かな希望に賭けて静かに最後まで聞き届けていたのだが――――案の上な結末にぐうの音も出なかった次第である。


 これはもうどの道、介抱しなくてはならない感じかな……。


 詩音は幼馴染のあまりにも悲しげな背中を見て、なんだか少しやりきれない気持ちはあるものの傍まで近づいていき、慰めの言葉を掛けてあげる。


「紅葉、傷は深いよ、がんばれ~」


「まったく……無自覚とはいえ、よりにもよってそこから搾取するなんて文才以前の問題だわ」


「まぁ、紅葉も悪気があった訳ではないんだし、このくらいにしておきましょう。とにかく、気を取り直し

て今度は青葉お願いできる?」


「了解ッス!」


 黒那先輩に促され、ビシッと敬礼をする青葉。


 青葉の担当はホラーであるため、ホラー×教師という少し奇妙な組み合わせとなる訳だが、先程話題にも上がった殺戮学園物を書いている可能性が非常に高い。


 そのため、ホラーが大の苦手である詩音にとってはなかなかに厳しい状況とも言える。

だが、詩音は紅葉を慰めつつ、折角可愛い後輩の考えた話なんだから、と自分自身を懸命に鼓舞してしっかりと聞く体勢を取った。


「詩音先輩、そんなに強張らなくても大丈夫ッスよ。アオバの中で微ホラーくらいに留めて書いたつもりッスから、安心してくださいッス!」


「い、いやぁ……その割にはなんだか怪しげなオーラが全身から漂って見えるような……?」


「青葉の中での微ホラーか……それって、俺たちから見たらどうなんだろうな」


「はぁ……まぁ、微ホラーかグロ系かはさておき、全員分の朗読を聞くことになっているのだから、潔く覚悟を決めることね」


「……うぅ」


「じゃあ、読んでいくっスよ~!」


 青葉はそう言うと、意気揚々と自分の原稿用紙を広げて朗読を始める。


 また、雰囲気を出したいという本人の強い希望もあって、部室の電灯を消したり、窓周辺のカーテンを全て閉じるなど、まだ陽の高い時間帯ではあったが、部室内は非常に薄暗く本格的だ。青葉の眼前にちゃっかり火の灯った蝋燭が立てられているのも、それっぽいというか拍車を掛けている。


 青葉が不適な笑みを浮かべながら稲川○二風に語る中、詩音はわなわなと肩を震わせ、隣に座る紅葉の腕にそっとしがみ付いていた。


 一方、紅葉はどこか落ち着かない様子で青葉の話を真剣に聞きながらも、小鹿のように震える詩音の姿が気になってしまい、ちらちらと視線を泳がしている。


 それを対面から眺めていた海色はどこか不機嫌そうに顔を顰めると、青葉の話を聞いているのかいないのか、精一杯足を伸ばして机下から紅葉の足をげしげしと蹴りつけていた。


 そして、ノベル研究会部長の黒那はというと、紅葉のところまでなかなか足が届かないながらも足をパタパタと動かしながら奮闘する可愛い妹の姿を見詰めながら、だらしなく頬を盛大に緩めていた。


 しばらくして、青葉の朗読が終わると、机上に灯していた蝋燭の火はそれとほぼ同時に消える。

部屋が真っ暗になったところで黒那が部室内の電気をつけると、青葉は渾身の朗読劇を終えたと言わんばかりに「ふぅ~」と汗を拭う。


 そして、青葉は親指をグッと立てて無邪気な表情を浮かべると、感極まったかのように声を張り上げた。


「アオバの朗読どうだったスか? 平凡なクラスに突如赴任してきたゾンビ教師が生徒を一人また一人と手に掛けていき、ここで「ラスボス降臨か!」と思わせておいてからの主人公がまさかの「ラスボスゾンビ」だったという衝撃な展開! 主人公ゾンビはゾンビ教師を闇に葬ると、仲間を増やすために次々とゾンビを生み出し、クラスひいては校内全ての人間がゾンビ化、最終的には世界を巻き込んだバイオテロに発展するという壮大な物語――――正直、痺れましたか? アオバの血みどろでダイナミックな「ホラー×教師」作品に度肝抜かれちゃったスか?」


 あの短時間で考えたにしては上出来過ぎるだろうと、先輩たちが関心して驚く姿に期待を膨らませながら、「ドヤァ」と平坦な胸を大きく張る青葉。


 詩音は作品を読む時に感情移入しやすいこともあって、青葉の話を聞いているうちに頭の中でゾンビが血を噴きながら校内を闊歩する姿を鮮明に想像してしまったのだろう。

元々、ホラー系(特に血が出てくる描写)に耐性がない詩音は我を忘れて力いっぱい紅葉の腕にしがみ付いたまま、若干涙ぐんだ状態で身体を硬直させていた。


 対して、他の面々はというと――――


「え……? あぁ、なんていうか……良かったと思うぞ! ホラーがほんと良いスパイスになってて、うん、感動した! (実際はそれどころじゃなかったけど……「密着し過ぎ!」とか、「蹴られて痛い!」とか、ほんと色々……)」


「反旗を翻す主人公ゾンビ、決して敵の暴挙を許さないその姿勢は信念のようなものすら感じたわ。等しく身内に敵は潜んでいるもの……激しく同意できるわ」


「おまえ、青葉の朗読中ずっと人の足を蹴っておいて、何が同意――――」


 ガツンッ!


「――――お、おおぅふ!」


「紅葉は一体、何を言っているのかしら? 冗談は顔だけにしてくれない?」


「ぐふ……お、おまえ、なぁ……」


 海色は紅葉が発言を終える前に弁慶の泣き所を容赦なく思いきり蹴って呟く。


 紅葉は素っ頓狂な声を上げると、あまりの衝撃に悶絶しながら机に顔を埋めた。


「ツンツンした棘のあるうちの妹も最高に可愛いわね~。あ、青葉の作品もすごく良かったわよ。あれね、仲間の死を乗り越えて強くなる主人公的な熱さが私的には堪らなかったわ! 後輩ながらよく頑張った、お疲れ!」


 未だに妹の姿を眺めながら頬が緩みっぱなしの黒那だったが、それでも青葉の話はしっかりと聞いていたようで、後輩の期待に答えるように青葉と同様、親指をグッと立てて賞賛の思いを伝える。


「アオバ的にはもっとホラーな面での評価が欲しいところスけど、黒那先輩にそう言ってもらえると素直に嬉しいッスね! 良かったッス!」


「まぁ、ホラー面での評価なら、詩音の状態を見れば一目瞭然じゃないかな。しがみ付いてる相手が悶絶しながら震えてることすら気づいていないくらいだもの、十分じゃないかしら?」


「う~ん、たしかにそうッスね。朗読中も怯えた小動物のように小刻みに震える詩音先輩を見ては気分も高まってましたし、それで納得することにするッス!」


「うんうん、君は将来有望な部員に育つこと間違いなしだね~」


「えへへ~、それほどでもないッスけど。でも、そうッスね……。次の朗読もあることですし、詩音先輩をあの状態のままにもしておけないので、アオバは最後まで責任を果たすことにするッス!」


「……はい?」


 ――――コツコツ。コツコツ。


「詩音せんぱ~い。しっかりするッスよ~! もうアオバの朗読は終わったので、戻ってきてくださ~い」

 青葉は詩音の肩をそっと揺らして、軽い口調で呼び掛ける。


 すると、詩音は寝起きのように静かに目を開いて、ふと曖昧な言葉を洩らす。


「……あう?」


「お帰りなさい、詩音先輩」


「……え、えっと、ただいま~、青葉ちゃ――――って、ひぃっ! ゾゾ、ゾンゾン……」


「ひっひっひ~。オマエもゾンビにしてやろうかぁ~!」


 意識を取り戻した詩音の眼前に迫るのは可愛らしい後輩の顔ではなく、釘やら斧やらが頭に刺さった肌がひどく腐敗した血塗れのゾンビだった。


 正確には青葉特製のゾンビ風加工を施したマスクだが、怖がり且つまだ少し意識が朦朧とした状態の詩音に分かる訳もない。


 青葉は小学生を脅かすお化け屋敷のお化け役程度のつもりで、非常にふざけた声色で詩音を脅かしたが、どうやら詩音の問題はそこではなかったようで――――


「……ゾン、ゾゾ、ゾンビーーーーーーーーーーッ!?」

 詩音はまたしてもあっけなく意識を失い、紅葉の肩に体を預けるように倒れ込んで再び夢の世界へと戻っていった……。


「うおっ! なんだ、どうした!? ……って、また近いっ!?」


「まぁ、青葉の性格上そうなるわよね……これは、違う意味でも大物になりそうだわ……」


「にしし~、いやぁ、やっぱり詩音先輩はこの中で一番脅かし甲斐があるッスね~♪」


「……って、痛い! おい、海色頼むから弁慶だけは勘弁してくれ……まじで、冗談抜きで痛いから……」


「むす~、裏山な上に贅沢言わない」


「はぁ~、我が妹はほんと膨れ顔も最高にチャーミングねぇ~♪」


「いやいや、黒那先輩っ!? そんな悠長なこと言ってないで、助けてくださいよ!」



 これが私たちの日常――――木枯中学ノベル研究会のいつもの活動風景。


 賑やかな部室の喧騒は毎日のように夕焼けの淡い光が差し込む放課後まで響いている。


 部員のそれぞれが強い個性を放つ中、同じ目的や趣味を持ち、私たちは運命に導かれるように一つの場所に集まった。


 運命……というと、少し照れ臭いけれど、この出会いは必然的なものだと信じている。


 最初は黒那先輩、紅葉、私の三人で始まったこの部活動だけど――――今では五人に増えてより一層賑やかになり、私にとってもこの場所は掛け替えのない大切なものであることは間違いない。


 この場所は、お互いの「好き」を共有し合える、お互いの「好き」を正直に曝け出すことができる。そして、何よりここはみんなの「夢」が詰まった始まりの場所でもある。


 私たちはこれからもこんな楽しい「夢」のような時間をたくさん共にしていくんだろう。


 新たな季節を迎え開花を始める花々の香りもほんのり暖かい春風に乗って、私たちの気持ちを穏やかにしてくれる。


 また明日も明後日も、その次の日も、こうした当たり前の日常を綴っていこう。

ノベル研究会での楽しい活動はまだまだ始まったばかりなのだから――――。



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