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60 一服どうぞ



 目の前のテーブルには、クッキーやマフィンといった茶菓子と、少し冷めた紅茶が入れてあるティーカップが2つ。

 俺は、クッキーを一つ口に入れた。色味からチョコクッキーだと思ったが、チョコではない。この独特のにおいは黒糖だろうか?


 クッキーが甘すぎたのか、めまいがした。紅茶で甘さを流し込む。


「私は、魔王ではなかったの。」

 魔王はそう言って、同じようにクッキーをつまんだ。色はピンクなので、イチゴ味だろうか?俺はもう食べる気がしないので、その味を知ることはないだろう。


「・・・今でも、私は自分を魔王だなんて思っていないわ。ただ、強大な魔力を持って生まれただけ。それが、人間はもちろん、魔物や魔人すら凌駕する力だっただけなの。」

 俺とは正反対だ。力があるマリアと力のない俺。正反対なのに、周りは同じように勝手に決めつけた。マリアは魔王、俺は勇者と。


 勝手に決めつけて、俺が死ぬのを黙って見物していたのだ。

 吐き気がする。


「そうなんだ。マリアは僕と同じだね。」

「え?」


「僕だって、自分を勇者だなんて思っていないよ。だって、僕には何の力もない。君を守る力も君を倒す力もないんだよ。ただ、勇者と周りが言っているだけだ。」

「そうね。私も周りが言っているだけだわ。でもね、私は願いを叶えるために、魔王として行動したの。それが、人を苦しめ悲しませ、人の数を減らすことだと知ってやったの。あなたとは違うわ。私は、あなたのようにやさしくない。」


「ロウ、私はね。女神と契約したのよ。あなたを手に入れるために、人間を襲ったの。自分の理想を叶えるために、私は多くの不幸を生んだわ。でも、そのことをなんとも思えないの。だから、私は本当に魔王なのかもしれない。」


 悲しげな顔を浮かべてうつむくマリア。俺は、胸が痛い。俺は、マリアを騙している。こんなに素直に自分の悪い部分を告白するマリアを、自分の理想のために努力したマリアを、騙している。


「・・・悪い、マリア。」

 俺は、猫をかぶることを忘れて、今の自分の思いを伝えた。


「俺だって、優しくない。・・・俺は、お前のことを」

「いいのよ。」

 マリアのことを好きでも何でもない。ただ、この世界の平和のために、マリアと結婚する。それを俺は伝えようとしたが、マリアにさえぎられる。


「知っているわ。・・・でも、ごめんなさい。今は一人にしてくれる?」

「・・・わかった。」

 俺は立ち上がるが、なぜかふらついて歩くことができない。


「バスル」

 マリアがその名を呼ぶと、執事服に身を包む、角の生えた男がきた。マリアと違って、その角は一本だけだ。


「お送りして。」

「かしこまりました。」


 バスルに支えられながら、俺はその場を後にした。




 一人になったマリアは、クッキーを一つとる。そのクッキーは、異常なほど甘い香りを放っている。

「私って、本当にひどいわ。本心を望んでこんなものまで食べさせて・・・その本心を最後まで聞けないんですもの。」

 クッキーを口に入れて、目に涙を浮かべた。


「確かに、外見は好みだわ。でもね、寂しそうな瞳が鏡で見る私と同じで、放っておけないの。それに、私と普通に接してくれて、嬉しかった。だから、一目惚れという言葉が少しは本気だと・・・よかったのに。」

 マリアは、嗚咽を抑えて、一人泣いた。



 視界が歪んで、平衡感覚もなくなってきたようだ。何かの病気だろうか?


「一服盛られたんですよ。」

「え?」

 俺を支えるバスルの言葉を、俺は理解できなかった。


「マリア様は、あなたの本心をお聞きしたかったのですよ。あなたは嘘ばかり。肩書だけでなく、あなたの笑顔も言葉も行動も・・・嘘臭いのですよ。」

「・・・」

 言葉が出ない。確かに、俺は本心を言ったりしない。自分の心のまま行動することもない。いつも、自分がいいと思う方へことを持っていくために、本心とは真逆の行動をしたりする。


「あなたの望みは何ですか?マリア様と結ばれて、世界平和だけが望みなんて、言いませんよね?」

「・・・俺の望みは・・・人を助けたい。」

「嘘、ではないですよね。まさか、そんな嘘みたいな回答が出るとは。」

「だって、人を助けるのは当たり前だ。それに、マリアと結婚すれば、マリアと戦わなくて済む。」

「マリア様と戦えば、あなたが死ぬのは目に見えてますからね。なら、なぜあなたは決闘の場に姿を現したのですか?」


 いつの間にか俺の部屋についていた俺を、バスルはソファに座らせた。俺はソファに寄りかかって、答えた。

「だって、逃げ切れない。女神もそう言っていた。逃げきれないのなら、下手に逃げて、あの2人が傷つくような事態をおこさないために、決闘を受けた。」

「あの2人とは、あなたと同じように滞在されている、騎士と魔術師ですか?つまり、仲間のためだったと?つくづく変な人ですね。」


 がっと、何かに頭を掴まれ、無理やり顔を上に向かされる。バスルの顔が目の前にあり、驚いた俺だが焦った。

 何をする気だこの変態!


「あなたは、人を信用していないように見えます。あぁ、お仲間を除いてですよ?ですが、女神のことは信用なさっているようですね?なぜですか?」

「・・・別に、信用なんてしていない。」

「本当ですか?」


 女神なんて、性格の悪い女でしかない。人の不幸は蜜の味タイプだろうし、信用なんてしてしまっては、破滅の道へ進まされる。


「あなたは、女神から未来を教えられるそうですね。」

「なぜそれを!?」

 まだ誰にもそのことは話していなかった。もちろん、あの2人にも。


「おや、あたったようですね。お仲間があなたは未来が予知できると話していたもので、魔力もないあなたがそんな不思議な力を持っているとは思えなかったのです。だから、そうでないかと。」

「・・・俺、お前とは合わない気がするわ。」

「そうですか?私は合うと思いますがね。馬鹿は嫌いではありませんよ。」

「馬鹿!?」

「おや?自覚がなかったので?」

 殴っていいか?


「・・・ところで、いつまで俺の頭を掴んでいる気だ?」

「あぁ、これは失礼。」

 そう言って、バスルは俺の頭を離した。


「そうそう、今見て分かったことですが・・・あなた、女神に何かしらされているようですよ。何をされているかまではわかりませんが。」

「は?」

 もしかして、今まで俺の頭を掴んでいたのは、それを見るためだったのか?


「洗脳とかされていないといいですね。ま、洗脳されているならば、マリア様にべた惚れにでもなるはずでしょうから、安心してもいいと思います。」

「いや。安心できないんだが。俺、女神に何をされてるんだ!?なんかわからないのか!」


「流石に、女神ですからね。私の力ではどうにも・・・おそらくマリア様でも無理でしょう。」

「そんな・・・いや、そういえば、ロリが女神の祝福を俺が受けているとか言っていたし、その記憶なら俺にもある。だから、祝福されているだけじゃないのか?」

「いいえ。それとはまた別の力を感じます。祝福の方は私でもぱっと見でわかりました。でも、その祝福何の意味があるのですか?名前だけですよね。」

「・・・これは、ただの女神の嫌がらせだ。」

「女神からの嫌がらせって・・・」

 微妙な顔をされたが、俺だって同じ心境だ。


 人間に嫌がらせする女神がどこにいるんだよ。いたが。




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