53 けんか
宿に併設された酒場で、ロジは一人カウンターで酒を飲んでいた。そこへ、サウスが宿の部屋から出てきた様子で、階段を下りてきて、ロジを見つけるとその隣に腰かけた。
「また酒か。好きだな。」
「お主こそ、また小僧の尻を追っかけていたのじゃろう?物好きじゃな。」
「・・・心配でな。」
「過保護すぎじゃ。そこまでくると気持ち悪いぞ。」
「だが、心配なんだ。勇者様は何の力も持たないのだぞ。それに、世間知らずだ。お金だっていまだに間違えるし、今日は皿を20枚割ったと言っていた。不器用な人だ。」
「20枚・・・流石にそれは、ないの。店はクビかの?」
「いいや。どうやら店主は人がいいようでな、明日もまた来いと言われていた。」
「それは、良い店を見つけたの。それとも、それも勇者の才能か。」
ロジは透明の酒を、コップをまわして眺めている。
「ロジ。」
サウスは、少し緊張した様子で、注文した酒のコップを手に取った。
「勇者様は、召喚される前に亡くなっていたそうだ。」
「・・・それは、どういう意味じゃ?」
「それ以上の意味はない。勇者様自身、刺されて亡くなったことしかわからないそうだ。」
「そうか。・・・一度死んだという意味では、お主と同じじゃな。」
「そうだな。」
サウスは、酒を一口飲み、軽く深呼吸をした。
「なぁ、ロジ。」
「ワシには無理じゃ。」
何かをサウスが聞く前に、ロジは答えを出した。
「ワシには、死んだ人間を生き返らせる魔法なぞ使えん。また、そんなものは人間が手を出していい領域ではないと思っている。神の領域じゃ。」
「・・・だが、このまま勇者様を死なせてもいいと思うのか!?あの人は何も悪いことをしていない。ただ、勇者と呼ばれて、強くもないのに強いことを求められて、挙句の果てに魔王と戦わなければならない。おかしいだろう!」
「そうじゃな、その通りだと思うぞ。でも、そんなことわかりきっていたことじゃろう。」
「そうだ。わかっていた。だから、俺とお前で、勇者様を守ろうと最初から決めていたじゃないか。なのに・・・いたっ」
熱くなるサウスを、ロジは持っていた杖で殴る。
「声が大きいわい。・・・ワシもお主と同じ気持ちじゃ。考えは変わっておらぬ。しかしな、それを勇者が望まぬのならば・・・どうしようもないじゃろ。」
サウスとロジは、死ぬつもりだった。どこか強い魔物がいる場所に行き、死ぬ。2人が死んだとなれば、一緒にいた勇者も死んだと思われる。
だが、勇者は死なせない。勇者はこれから一人で平民として生きてもらうつもりだった。顔があまり知られていない勇者なら、それが可能だと思った。
結局は、勇者の意志によって、その計画は実行できなくなったが、今すぐにでもサウスはそうするべきだと思っている。
なぜなら、勇者が死ぬのは間違っているから。
「現実的に考えて、難しいことじゃ。それを、勇者の協力なしでやればどうなる?失敗するのが関の山じゃな。」
「だからと言って、勇者様が魔王に倒されるのを見ていろと言うのか!」
「・・・」
「せめて、生き返らせることができれば・・・なぜ、俺を生き返らせたんだ。勇者様が魔王に倒された後、勇者様を生き返らせてくれればよかったのに。」
「終わってしまったことを嘆いても仕方がないのじゃ。それに、お主が生きることは小僧の望みじゃ。」
「お前は、勇者様が死ぬことに対して、なんとも思っていないのか。」
サウスの言葉に、ロジのコップが飛び、サウスの顔に当たりそうなところで、サウスはコップを叩き落とした。
「いい加減にせい!なんとも思わないなんてこと、あるわけなかろう!だが、どうしようもないことなのじゃ。あやつの意思を無視することはできん。たとえ、それが間違っていようとも、そう思うのはワシらの勝手でしかないのじゃから。」
「間違いは正さねばならないのではないか?間違いを正すことが、俺たちの役目だとは思はないのか!」
「言ったじゃろう!間違いと思うのは、ワシらの考えでしかないと。それを押し付けるのは、ワシらの自己満足でしかないのじゃ。」
「それでもっ!・・・後悔したくない。押しつけだっていい。自己満足の何がいけない。そんなことを言っていたら、何もできないじゃないかっ!」
ヒートアップする言い争いを、周りの客たちは黙ってみているが、2人はそれに気づかず争いを続ける。
2人とも勇者には生きていて欲しいと思っているが、サウスは例え勇者に憎まれたとしてもその命を助けたいと思い、ロジは勇者の考えを大切にしたいと思っている。
その違いで争っているのだ。そんな2人を止められるのは、一人しかいない。
「いい歳して、喧嘩するなよ。みっともないぞ。」
2人の間に割って入ってきたのは、喧嘩の理由でもある勇者だった。
「小僧・・・」
「勇者様。」
勇者の登場に2人の頭は一気に冷えて、気まずい空気が流れる。
「全く、何で喧嘩していたか知らねーが、落ち着け。お互い酒のせいだと思って忘れろ。わかったな。わかったら、今日は部屋に帰るんだぞ。」
「いや、まだまだ飲み足りんのじゃが。」
「俺なんて一杯しか飲んでいませんよ。」
「だめだ。どうしてもっていうなら、ノンアルにしろ。」
「「のんある?」」
疑問符を浮かべる2人を置いて、勇者はマスターに声をかけた。
「騒がしくしてしまって、すいません。これでお詫びとして、何か皆さんに作ってあげてください。」
そう言って、金貨の入った袋をマスターに渡した勇者は、一人で自分の部屋へと戻ろうとした。すると、客から称賛の声が上がった。
「太っ腹だな、にーちゃん!ありがとな!」
「逆に得しちまったな。」
「俺は、貴族は嫌いなんだが、にーちゃんのことは好きだぜ!護衛のおっさんたち、あんまりにーちゃんを困らせんなよ!」
次々と声をかけられた勇者はうろたえて、何とか頭を下げると逃げるように部屋に戻っていった。
そんな勇者を見て頬が緩んだ2人だが、すぐ悲し気に眉をさげた。魔王との決闘が近いことを思い出したからだ。
「サウス。ワシだって、こんな日々が続けばいいと思うのじゃ。」
「わかっている。悪かった。お前が勇者様を大切に思っていることは知っている。だから、その八つ当たりだった。すまん。」
「わかっておるよ。さて、今日はもう寝るかの。」
「だな。」
ロジは部屋に戻ろうとして、思い出したように振り返って、サウスに聞く。
「そうじゃ、あれはもうできたかの?」
「まだ連絡は来ていませんが、そろそろできると思いますよ。」
「そうか。完成が楽しみじゃの。小僧の奴、喜んでくれるといいが。」
「喜ぶかどうかはわかりませんが、あのまま魔法袋の肥やしにしておくよりはいいでしょう。」
勇者は気づいていないが、魔法袋から2人はあるものを取り出していた。それを素材に使って、勇者にプレゼントするために。




