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抜け出す。

 

 一限目、二限目の講義中、俺の隣には一郎太が肩を寄せ合うように座っていた。


「……すー……すー……」

「……」


 というより眠っていた。

 俺の肩を枕代わりにして睡眠学習をしている一郎太に内心イラついていたが起こす気にはならない。

 横を見ると、長い睫毛に触れたら柔らかそうな唇。ストレートでクセのない茶髪と全ての男性が好きそうなものを掛け合わせたような姿。そして俺の体に触れる女性特有の柔らかい感触。

 一郎太が男だったのならば叩き起こしてやろうと思ったが、相手は異性だ。ドキドキするほかない。

 その全てがバランスよく内包している一郎太は神に与えられたものといっても過言ではなかった。


 俺はため息を思わず漏らした。

 理由は一郎太が俺の肩を枕代わりにして眠っているから、そしてクラスメイトたちが俺たちを見ているからだ。


 あの子見たことない、知らないという目。

 あの子可愛いけどいつからいたんだろうという目。


 それぞれが講師の言葉を無視して奇異の目を向けてきていた。

 そしてその視線の中にはあいつの視線もまじっている。

 チクリチクリと針を刺すような視線が不気味に感じた。

 それは嫉妬に近いものだろうか。

 それとも、憎悪か。

 しかしなぜ俺を捨てたくせにその感情を持っているのだろう。ゴミのように捨てたくせに。


「……今更それか」


 俺は吐き捨てた。不燃ゴミを捨てるように。

 講師がチョークで黒板に汚い字を書いていく。ピントを合わせるように眉間にしわを寄せながら、ぼそりとだれにも聞こえない程度に呟いた。


「では、今日はここまで、出席票は提出箱にいれておくように」


 講義の終わりを知らせる講師の言葉と同時に一郎太は目を開け、あくびを漏らしながら背伸びをした。


「ふぁぁ……。よくねた……。あ、おはようー。雄一」

「おはようじゃないだろ。お前人の肩を枕代わりにしやがって。もっと何かいうことないのか?」

「んー……ご馳走様でした?」

「そのネタのくだりはもういい!」


 あー、首が痛い。と呟きながら肩を抑えながら横に捻ると関節が鳴り響いた。

 その関節の鳴る音に一郎太はびっくりしたあと、すぐに嫌そうな顔をした。


「でもまんざらじゃなかったんでしょ?」

「……まぁ、そうだけど」


 ほんの少しだけ、女性との触れ合いができたと思えば……。いやこいつは男だから。男だから。

 そんな煩悩を振り払っていると、一郎太は手で口元を隠して笑っている。

 その一挙一動に俺はドキドキするばかりだ。

 反抗する暇もなく、反論するタイミングもずれた俺は一郎太から視線を外し、バツが悪そうに舌打ちをした。


「ふふふ、じゃあ出席票のやつ……よろしくね」

「……へーへー」


 俺は一郎太から出席票を受け取り、講師がいた場所の出席箱に乱雑に入れる。

 そして振り返ると、一郎太がいた席は人ごみに囲まれていた。


「ねぇねぇ、あなた名前なんでいうの? いつからいるの?」

「留年した人?」

「どこにいた人なの?」


 などなどさまざまな言葉が飛び交っており、まるで封を切ったばかりの新品のおもちゃを取り囲む子どものようだ。

 俺はその輪の中におらず俯瞰的にその光景を眺めていた。

 一向にクラスメイトの波は引かず、一郎太は困り始めている。


「……まぁ、もう少し後にしよう」


 とぼそりと呟いた。あの渦中に混ざり込むと主に男共から痛い目に合うかもしれない。

 どこで手に入れた。だの、お前だけ羨ましいぞだの。

 全寮制特有の嫉妬に焼かれてしまう。

 少し離れたところで様子を見よう。

 そう思いながら背を向けると同時に俺の腕を掴む者がいた。誰でもない、一郎太の手だ。


「私、雄一さんの()()なので、ごめんなさい」

「……はっ!?」


 突然の発言にクラスメイトは唖然としていて、俺は素っ頓狂な声をあげた。

 クラスメイトの視線が一郎太の腕を伝って俺へと向かう。

 やめてくれ、視線が痛い。


「ね? 雄一。今日も家まで送って行ってよ。それよりまたデートしよう? それとも、……()()()()()()?」

「え、ちょ……」


 一郎太が一度言葉を止めたところで激しく動揺をした俺。

 それを楽しむように一郎太は言い寄ってきた。

 これ以上にないくらいに俺の腕に絡みついてきた一郎太の腕に大人のエロさを感じた。男のくせに。

 渦を大きくして、満足した一郎太は、駆け落ちをするかのように一郎太は俺の腕を引っ張り講義室から抜け出した。

 講義室からはきゃーきゃーと、年甲斐もなく騒ぎ立てる黄色い歓声が響き渡る。

 俺は講義室を見た後、一郎太の方を見ると一郎太はしてやったりな顔をしていた。




「お前なぁ、何考えているんだよ」


 俺と一郎太は珈琲店にいた。店内はかすかに聞こえるクラシックな音楽がながれ、コーヒー豆の煎った香りが充満していた。

 周りには社会人と思わしきスーツ姿の人がノートパソコンを開いて黙々と仕事をしていたり、高校生のカップルがお洒落な飲み物を頼んでドヤ顔をしていたりとしており、俺と一郎太以外大学の関係者はいなかった。

 俺は一頻り周りにあいつがいないかとか、大学の関係者がいないか確認した後、一郎太の元まで戻り、コーヒーを持ってきて前に置く。

 俺は座り様にコーヒーを一口含んでから一息ついた。


「んー? 別に? 私と雄一が付き合っているという現状をみんなに見せつけただけだよ?」

「だからといってクラスを巻き込む必要はあったのか?」

「多分ないよ」


 即答だった。てかないのかよ。

 てへぺろという感じの表情をした一郎太はコーヒーにガムシロップをたくさん注ぎ込んでからストローをマドラーがわりにコーヒーをかき回す。


「でも、これで証拠はできたわけじゃない? 私と雄一は付き合っているというのが認知されたから、あのクソ女が介入してくる余地はなくなったんだし」

「まぁ、そうはそうなんだけどさぁ」


 もっとマシなやり方はなかったのだろうかと呟く。

 でも現時点で一郎太はクラスの中の時の人だ。その注目度は凄まじい。

 そしてその時の人が付き合っているといえば信憑性が高いわけで。


「めんどくさいのならばさっさと片付ける。それが一番いいと思わない?」

「もっとめんどくさいことを引き起こしていると思わないのか」

「思わないよ。むしろこっちの方がやりやすい」


 一郎太は何か考えている様子だった。


「雄一は分かっていないなぁ。私たちが本来やっていることはマイノリティの人がやることなんだよ?」

「弱者とか社会的少数派……まぁたしかに復讐なんてしないわな」


 でしょ? と一郎太は言う。


「そして大学の大部分っていうのは女性の会話で情報が形成されていることが多い。一人の女性に話したとしたら大学のネットワークに情報を流したと言っていい」

「……なんでそれ知ってるの?」

「そりゃ私が女性だからだよ」


 さいですか。


「まぁ、あとは私の言う通りにしてくれたらいいよ。安心して」


 自分の胸を張って自信たっぷりという態度をとる。

 だけど、それでも、不安はあった。

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